行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ
『バレンタインの残骸』
元治2年2月23日。教科書に載っている歴史では、山南敬助が脱走に失敗して切腹しているが、そういう史実は
(※【土方】 だってこれは殺新選組なんだもん(抑揚なし)
【山南】 歳江さん、似合わないよ。
【島田】 台詞棒読みですし。もっとこう、かわいらしくですね・・・
【土方】 山南、島田。ちょっと大津までおつかいに行ってくれないか?
【山南】 おやすい御用だ。
【島田】 ・・・何か、凄く嫌な予感がするんですが・・・)
昨年は様々な出来事があった。池田屋事件に端を発する蛤御門の変では、負けた長州が藩邸に火をつけて逃げた為、京都が焼け野原になってしまった。街は徐々に復興に向かいつつあるものの、これを機に長州の間者が多数潜入。また盗人の類いも多かったため、新選組では市中見回りを強化していた。
今日は相棒の斎藤はじめと組んでの見回りである。決まった順路を一周して、問題があれば叩き斬る。
「きゃー!!!」 問題が奇声と共にやってきた。
「島田っ!」
斎藤が前に出て白刃を一閃させた。斎藤の刀は円を描くように軌跡を残し、そのまま元の鞘に収まった。
「きゅう」
頭に巨大な鈴をつけた巫女さんが、その場に崩れる。
「おまちちゃん、しっかりするんだ! 斎藤、無闇に市民を斬るな!」
「大丈夫。峰打ちだから」
舌打ちする斎藤。つい峰打ちにしてしまった。相手がおまちちゃんだと分かっていたら容赦なく真っ二つにしていたところだが、とっさに判別がつかなかったのだ。
「おまちちゃん!」
「は・・・島田さん☆ こんな所で巡り会えるなんて、これはまさに仏様の導きですわ」
「おまちちゃんって巫女さんじゃなかったっけ?」
「そうなんです。このあたしの背後には日本古来の
もう絶対無敵、驚天動地、天下御免の酒池肉林なのです☆」
「あ、そう」
「今、さらっと流しましたね!
あたしは今日この日が来る事を一日千秋、千差万別の思いで待ち焦がれていたというのに」
「今日、何かあったっけ?」
「おまちちゃんの通夜かな?」
斎藤がさりげなく恐ろしい台詞を吐く。手は刀の柄にかけたままだ。
「今日はぁ〜、あたしが島田さんに愛の告白をする日なんです☆」
「
「あ〜、あ〜っ、無理やりボケようとしてますね。
今日は島田さんにあたしの愛の籠もったプレゼントを渡そうと今朝から徹夜して待ってたのに。
そうやって一途な恋に生きる乙女の思いを踏みにじるなんて。
もうこうなったら責任を取ってもらうしかありません。で式はいつにします?」
「今朝から徹夜するのは無理だと思うけど・・・」
斎藤が口を挟む。
「お姉様のおもちゃは黙っていて下さい。
だいたい、斎藤さんは男のくせに、あたしの島田さんを狙おうなんて言語道断、空前絶後、森羅万象。
斎藤さんは陰間茶屋で春でも売ってれば、それで全然OKなぴー野郎なんですから。
要するに井の中の蛙大海を知らずなんです」
おまちちゃんの口撃により斎藤が撃沈する。まさに言葉の機関銃だ。
「え、えーと。俺にプレゼントって」
「そうなんです。これをもらって下さい。いえ、お礼なんていいんですよ。
たとえば給料3カ月分のダイヤの指輪とか、教会での豪華な結婚式とか、新婚旅行はグアムとか、
プールつきの豪邸でのリッチな生活とかぁ、そんなの全然期待してませんから」
おまちちゃんが、大きな紙袋を差し出す。中には赤いラッピングをされたハート形のチョコレートがぎっしり詰まっている。リボンには『St.valentine’s』の文字がある。
「あのー、おまちちゃん? バレンタインは10日前なんだけど・・・・」
「これぞ日本の誇る時間差戦術。東洋の魔女。それに、今は旧暦だから10日遅れは当たり前なんですよ」
「何か、無理がない?」
「というわけで、島田さんにはあたしの愛がたくさん籠もったチョコレートの絨毯爆撃。
産業革命は質より量。このチョコを食べるたびにあたしの事を思い出して下さい☆」
「もらわなきゃ駄目なのかな?やっぱり」
「ひ、ひどい。乙女の純な気持ちを裏切るなんて、あの日、暗がりに連れ込んで
『おまち好きだよ、愛してるよ』って言ってくれた島田さんはどこへ行ってしまったの?」
「言ってないぞ」
「その言葉に騙されて連れ込み茶屋で一夜を明かしたあたしが馬鹿だったのね。
そーよ、そーよ。このキュートで可憐なあたしの体だけが目当てだったんだわ!」
「島田、今の話は・・・・」 斎藤が復活してきた。
「事実無根」 おまちちゃんに釣られたか、こっちも四文字熟語になってしまう。
「いま、あたしのおなかには島田さんとの愛の結晶が宿っているというのにぃ〜!」
「島田・・・・」
斎藤の眼つきがこわい。まずい。このままおまちちゃんにしゃべらせてたら俺が斎藤に斬られてしまう。
「えーと、じゃ、じゃあこのチョコレートはありがたくもらっておくから」
「あっ」
おまちちゃんは短く叫ぶと、俺にチョコレートの大量に入った紙袋を押し付けて風のように去って行った。
「何だ? ま、甘い物は好きだから別にいいけど・・・・多すぎるな。斎藤、半分食え」
「おまちちゃんを押し付けるきじゃないだろうね?」
「ぎ、ぎくっ。俺がそんな
「じ、じゃあ、これは島田から僕へのバレンタインプレゼントなんだね?」
「安心しろ、バレンタインは10日以上前だ」
「島田〜(泣)」
「島田も買ったの? ホントに甘いものには目がないんだから」
向こうの辻から沙乃と永倉が、でかい紙袋を持ってやってくる。よく見るとおまちちゃんからもらったのと同じ店の紙袋だ。
「沙乃、ひょっとして、それ全部チョコレートか?」
「ええ、そうよ」
「バレンタインが終わったから安売りしてたんだ。やっぱ時期だよなあ」
そう言うと、永倉は無造作に1個取り出し、パッと銀紙を剥いて一口で食べてしまう。
「そうよね。チョコレートは今買うに限るわよね」
「・・・・・」
どうやらバレンタインが終わってバレンタインチョコの大安売りをしていたらしい。ということはおまちちゃんからもらったこの大量のチョコレートも・・・・
「斎藤? 俺、ちょっとおまちちゃんを追いかけるから。お礼をしないとな」
「島田、その笑顔、恐いよ」
「あの
「こら! なにキンノーみたいな事を言ってんのよ!」
「馬鹿言ってないで、さっさと屯所に帰るぞ」
永倉が俺の襟首を掴んでずるずると引きずる。
「待ってくれ、せめて一太刀! 武士の情けでござる〜」
「やれやれ、どうせそんな事だとは思ったけどね」
斎藤が呆れたようにつぶやく。
それからしばらく、新選組のおやつはハート形のチョコレートになったのだった。
そして今も昔も、この時期になると、バレンタインの残骸が大安売りされているのである。
(おしまい)
(あとがき)
買い物に行ったら、バレンタインチョコが暴落していました。ワゴンに積んで百円均一。そこまでは毎年の光景なのですが、今回ネタにしてみました。
初めておまちちゃんを書いてみました。おまちちゃんらしくなってるでしょうか? 基本的にデタラメなようでいてそれで意味のある日本語を使うおまちちゃんは苦手です。おまちちゃんの台詞を考えてると頭痛がしてきます。さて、バレンタインの残骸を食べるか。