『#NAME?』
小春日和。京の町も寒くなり始めたが、今日はお日様ぽかぽかな一日である。こんな日には当然のように山南と島田がサボってひなたぼっこしながら縁側で囲碁を指してたりするのだが・・・。
新選組副長 土方歳江が縁側を通りかかった。案の定、角の先から話し声が聞こえて来る。現場を押さえるのは後からでも良いので、角から自分の影が出ないように気を付けて、気配を消したまま話に聞き耳を立ててみた。
「・・・ところで、
「いや、本当は『さんなん』と読むのだ」
“ほほう、それは良いことを聞いた。何かの
「それは初耳ね」 とこれは原田の声か?
「うむ、僕も初言いだ」
「じゃあ、皆して、
「これから改めないといけませんね」
「いや、これまで通り、『やまなみ』で構わない」
「なぜです? 名前を間違えて読むのはとても失礼な事だと思うのですが。というか、知らないこととはいえ、これまで失礼しました」
おそらく島田が頭を下げている。あいつはそれなりに礼儀を重んじる奴だからな。
「言ってなかったからね。それに『さんなん』だと『三男』みたいで格好悪いじゃないか」
「そうですか? 気にし過ぎだと思いますよ」 そーじ(※沖田鈴音)までサボっているのか・・・。
「僕は次男だ」 そーじの言葉にボソリと応える山南。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」(気にしてたんだ・・・)全員が無言で同じことを思った。
“次男なのに三男とは・・・ふっ” 盗み聞きしている土方の顔に邪悪な笑みが浮かぶ。
「で、でも確かに名前でイメージが変わりますよね」
「そうよね。島田なんか『誠』だもんね。新選組の代表みたいじゃない」
「おう、新選組の旗印は俺の名前なのだ」
「そこは謙遜する所だよ」 斎藤が苦笑している。
「そういう斎藤だって、名前は『はじめ』じゃないか。一番という意味だぞ」
「男衆の名前は立派ですね」
「そーじだって、『
「『名前だけ聞くと』って何ですか! 実際はそうじゃないみたいじゃないですか!」
「だって、そーじは新選組一の剣豪じゃん」 と永倉。
「清らかな乙女は刀を振るったりしないわ」 同じく原田が島田の肩を持つ。
「
「何よ、それ。実物は可愛らしくないっての!?」
「いや、沙乃は可愛い。可愛い」“かわいいの意味が違うだろう”
「頭をなでるなあ! 子供扱いするなあ!」 ブンブンと原田が槍を振り回しているらしい音が聞こえて来る。
「だが、そう言われてみると、新選組の女の子達は名前と外見が一致しないかな」
山南がううむと
「近藤さんは『勇子』ですね」
「確かに普段のゆーちゃんは勇ましいというイメージじゃないよなあ」
「へーは『
「島田、へーに聞かれたら笑顔で惨殺されるわよ」
「芹沢局長は『カモミール』だね」
「変な名前ね。『かもめーる』みたい」
“うまいことを言うな、原田” 後で芹沢をからかってやろうと心のメモ帳に書き付ける土方。
「ああ、カモちゃんさんは江戸に出る前は『下村継美』と名乗っていたらしい」
「苗字が違うわよ」
「と、いうことは実は芹沢くんは人妻なのか?」 結婚すると苗字が変わる。
「いや、俺の調べではカモちゃんさんは独身ですよ」
「じゃあ、何で苗字が下村から芹沢に変わったのよ?」
「天狗党に入った時に改名したそうだから、芹沢家に迷惑がかからないようにしたんじゃないかな?」
「芹沢家って何よ?」
「カモちゃんさんの実家で、本家が水戸家の家臣らしい。カモちゃんさん
「なるほど、アタイと同じだな」 と永倉。
「アラタも苗字を変えたの?」
「おう。アタイの家は『長倉』なんだけど、親父に迷惑がかからないように一文字変えて『永倉』にした」
「安易な改名ね〜」 きっと沙乃は
「だって、呼び方が変わったら、自分の名前じゃないみたいじゃん」
「ふむ、話を元に戻すが、芹沢くんは何で苗字を『芹沢』に戻したんだ?」
「俺の調べによると、カモちゃんさんは『下村継美』の名前で多額の借金をしたらしいです」
「借金?」
「天狗党の攘夷の活動資金として」
「今とやってる事はあまりかわりませんね」
「で、『下村継美』から『カモミール芹沢』と名前を変えたら、別人なのでそんな借金は知らん・・・と」
「なるほど、借金を踏み倒したわけね!」
「うまい手だな」
「そこは感心して
「あと『下村継美』の名前でカモちゃんさんは水戸藩のおたずね者になってるらしい」
「何をしたのよ、芹沢さんは」
「酔っ払って、部下を3人斬ったらしい」
「うーん、今と全然変わらないわね」
「でも、島田、良く調べたね」
「監察方だからな。カモちゃんさんに関しては特に念入りに調べるように土方さんから通達があったし」
「じゃあ、『カモミール』は何なの?」
「さあ・・・髪を金髪に染めたから異国風の名前にしたんじゃなかろうか?」
「えっ! 芹沢さんの髪って染めてたの?」
「あんな髪の日本人は居ないと思うのだが・・・」
「まあ、それはそうよね」
「名前が変と言えば、土方さんも変じゃないか?」
“どこがだ!” 風向きが変なふうになってきた。
「確かに『歳江』って田舎のおばあちゃんみたいです」
“そーじ!” まさかそんな風に思われていたとは!
「だよなあ。そう思ってたのは俺だけじゃなかったんだ」
“島田ッ! 貴様ッ!”
「沙乃も『ダサッ』って思ってたけど、そんな失礼な事は口に出さなかったわ」
「アタイも〜」
“おのれ、原田、永倉!”
「それを言うと、苗字もだろう」
“山南ッ、
「
「文字まで見事に
「聞かないと『ひじかた』って読めません」
“・・・・”
「じゃあ、新選組変な名前王者決定戦のチャンピオンは土方さんで決定だな」
「2位が芹沢さんね」
「そういう話をしてたんでしたっけ?」
心に
翌日の朝礼。広間はシーンと水を打ったように静まり返っている。
座敷の正面に局長2人と副長2人が座しているのだが、その内の一人、土方さんの姿が尋常ではなかったからだ。長い黒髪をピンクに染めてウェーブを掛け、服装もゴスロリ風のエプロンドレスのメイド服に変えている。更に胸元には『綾小路れいちぇる』と名札が留めてある。
「あ、あの、トシちゃん?」
「私は『トシちゃん』ではない。『レイチェル』と呼べ」
「歳江ちゃん、日本人で『レイチェル』は変じゃない?」
「カモから言われたくないな」
「略された〜(泣)」
「副長、五稜郭はまだ先ですが・・・」 と俺。
「島田、意味不明な事を言うな」
「トシさん、何で綾小路なの?」
「何となく高貴っぽいだろう?」 そ、それだけ?
「じゃあ『レイチェル』は?」
「『歳江』だと田舎の婆ちゃんみたいだからな」 この言葉を聞いて、昨日雑談をしていた面子(含む俺)は凍りついた。“聞かれてたのか!”
「イメチェンするついでに改名する事にした。皆、今日から私の事は『レイチェル』と呼ぶように」
「歳江ちゃん、親からいただいた名前を軽々しく変えるもんじゃないわ!」
おお、珍しくカモちゃんさんが正論を吐いてる。だが、
「継美」
ピクッとカモちゃんさんの頬が引きつる。
「と、歳江ちゃん、どこでその事を・・・」
「・・・・」 これ以上、何か言ったら全部バラす。という無言の脅しを込めてカモちゃんさんを見返す土方さん。
「れ、レイチェルかぁ〜。歳江ちゃんっぽくっていいんじゃないかなぁ」 カモちゃんさんが寝返った。
「カーモさん!?」
「ゆーこちゃん、女には名前を変えねばならない時があるのよ!」
「お嫁に行ったときとか?」
「えー、いや、まあ、うん、それもあるけど」
「ともかく! 今日から私は『綾小路レイチェル』だからな。皆、そのように!」
俺たち雑談してた面子は黙っていたし、それ以外の連中は怪訝な顔をしていたが、土方さんが本気っぽいので皆黙って従った。
数日後、黒谷を訪れた土方さんは、綾小路レイチェルと名乗って、けーこちゃん様から大笑いされた為、名前と姿を元に戻したのだった。
(おしまい)
(おまけのSS)
【原田】今日からあたしはエリザベス原田よ。
【永倉】じゃあアタイはジェニファー永倉。
【島田】おはようジェニファー。
【永倉】・・・。やっぱ変だから止めとく。
【島田】おはよう、ベス。
【原田】略すなあ!
(あとがき)
アイデアの神様が降りて来たので、久々に新作が出来ました。
山南さんが『さんなん』と呼ばれていたのは、現存する手紙類などにも書いてあるので史実みたいです。
また、土方が『どかた』と呼ばれて怒ったという話が早乙女貢の『新選組銘々伝』に出て来ます。
あと、芹沢鴨の本名は『木村継次』と子母澤寛の『新選組始末記』に書いてあるのですが、いつものように、これは誤りらしく本名は『芹沢継次』で一時期『下村継次』と名乗ってたみたいです。
さらに『永倉』の苗字の由来は、史実そのまんま。です。
また、タイトルですが、これはExcelの関数を使ってるとちょいちょい出て来るエラーメッセージです(選択セルを間違えたら出て来る)。