『近江屋異聞』


慶応3年11月15日、
新撰組の原田沙乃が近江屋において
キンノー首領、坂本龍馬を暗殺したことは
知られているが、実は原田沙乃は
もう一人斬り殺していたということを知る人は少ない。



「・・・う・・う・ッ・・・・」
血だまりの中、彼女に意識が戻った。
うつぶせに倒れている彼女には
一体何がどうなったのかまったくわからなかった。
頭の芯に激痛が走り、整理がつかない。
彼女は懸命に記憶の糸をたどる。



そうだ、私はお兄ちゃんと

この近江屋で一緒にお酒を飲んでいた・・・

するとあの段だら染めの羽織を着た

ちびが部屋に入ってきた・・

そいつが槍を繰り出してきて、私は懐刀を抜いたけど・・

そのあとが・・・・・・駄目だ、まるで覚えていない・・・




とりあえず体を起こすため彼女は腕を動かそうとした時、気づいた。


懐刀を持っていた右腕の肘から下が無くなっていることに。





瞬間、彼女の脳にあのときの光景がよみがえった。
懐刀を抜いたその直後、
ちびの持った槍が白い閃光を放ったかと思うと次の瞬間、
右腕の肘から下が血とともに宙に飛んだことを。
そしてその槍の先端が自分の胸に突き刺さり、
視界が暗転したことを。




あのちびめ、よくも私の腕を

畜生、どこだ

私の腕はどこにいった




切られた腕や刺された胸からは血がどんどん流れ出し、
もはや上半身を起こすのさえ無理だった。
彼女は這った、虫のように。
その形相は般若の如く歪み、
まさに怒りと痛みに狂った野獣のよう。


部屋中を見回したが腕はなかった。
さては隣の部屋か
切断され、肉と骨が丸見えになった右腕と、
穴のあいた胸で血の軌跡を書きながら、
彼女は離ればなれになった腕をみつけようと必死に這った。



まさに「腕を訪ねて三千里」



息を切らし、血を流しながらも
彼女は何とか隣の部屋までたどり着いた。
そして目にした。
飛んでいった自分の腕を。
そしてそのすぐそばで絶命している
愛しき“お兄ちゃん”を。


頭の中は真空になった。
ただひとつの単語だけが脳裏を幾度無く反芻する。

      死んでる

切られた腕と刺された胸は熱を帯び、
次第に頭の中をぐちゃぐちゃになっていく。
恐らくそのためかどうか彼女の頭には
今まで生きてきた中での積み重ねた記憶が
意味不明のノイズと共に吹き荒れる。

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彼女の意識は再び闇へと落ちた。








夢を見た。
内容は思い出せない。
ただ、これだけは覚えてる。
お兄ちゃんの声だ。

本気マジぜよ」








「・・・司令・・・中岡司令!」

彼女はっと目覚めた。
同時に感覚の機能も蘇った。
布団のぬくもり
知らない部屋の天井
襲いかかる嘔吐感
燃えるような高熱
聞き慣れた部下達の声
障子の向こうから差す陽光

「・・・ここは・・・・・地獄・・・?」
「いえ、土佐藩邸でございます。」

首を動かして周りを見渡すと
そこには彼女の率いるキンノー集団、陸援隊の部下達が勢揃いしていた。

「・・私・・助かったのね・・・。」
「はい、あの血の海を見た時には、これはもう駄目だと観念致しましたが、
 一命を取り留められ、我ら一同安堵致しました。」

部下の口から語るところに寄ると、何でも近江屋の主人が勇敢にも
陸援隊の隊士達に二人が襲撃されたことを全速力で走って伝えにいき、
隊士達が現場に駆けつけて応急処置を施し、この土佐藩邸に彼女を
運び込んだらしい。

聞くと今日の日付は11月の16日。



彼女はふとポツリと訪ねた。
「・・・・お兄ちゃんは・・・?」


部屋の中の空気が変わった。
ある者はむせび泣き、
またある者は床を拳で殴り、
またある者は目を見開いて天井を見上げた。

「我々が来た時には・・坂本先生は・・・もう・・・・・。」

その先を言おうとした時、彼女は静かに制した。

「もういいわ、みんなありがとう。」




そして彼女は全ての部下達を下がらせた。
彼女とてキンノーとはいえ一部隊を率いる司令官。
これくらいは知っている。



部下に弱いところを見せてはならない。






彼女しかいなくなった部屋の中で
彼女は頭から布団をかぶる。
声は出せない。
出したらまた一つ大切な物を失う気がする。
もうこれ以上失いたくない。



泣いた。
声を出さずに、いや出せずに。
それは魂の慟哭。

その姿は未来の土方。












太陽が山の彼方に隠れた頃、片腕の亡くなった彼女には
更なる獄苦が訪れていた。


まるで炭火で全身を焼かれるような焦熱地獄。
平衡感覚の一切が無くなって世界が歪み、
猛烈な吐き気とめまいが脳に直接伝わる幻想地獄。
菌が入って化膿した肉と黒く変色した骨が
痛覚神経を容赦なく刺激する針山地獄。




部下達は懸命に介護をして助けようと計る。
針麻酔から濡れ手ぬぐいまでありとあらゆる手を尽くす。

しかし、この症状の大元は出血多量と傷口からの感染症の為に
これらの手段はM−1エイブラムス戦車に47mm対戦車砲で
攻撃を加えている様なものであった。
特に出血多量への最善策は輸血なのだが、
この時代に輸血技術を要求する方に無理がある。
結果、症状はひどくなる一方である。
それでもこの地獄に夜の11時近くまで耐えきったのは、
さすが陸援隊司令とでも言うべきか。



しかし、ここまで粘っていた彼女もうっすらと悟っていた。


もうすぐだ








日付が変わってまもなく、彼女は部下達を部屋に集めた。


意識ははっきりしているが体から感覚はなくなり、
もう症状すらも感じることが出来なくなっている有様である。




もう時間がない





「いいことあなた達、私の遺言よ、しっかり聞きなさい。」






彼女はこの世への最後の言伝を部下達に託した。



後任人事に死体の秘密埋葬、
今後の時勢予測に対新撰組への注意点。



そして今まで尽くしてきてくれた部下達へのねぎらい。






全てを伝え終わったその時、部下の一人が尋ねた。



「司令、あなたにとって人生とはいったい何だったのですか?」


人生・・人生か・・・
私の人生・・・・お兄ちゃんがいなかったらどうなってたんだろう・・・
でももういいや・・・・
もうすぐお兄ちゃんと一緒に過ごせるから・・・













記憶が突然浮かび上がった。








                    本気マジぜよ











これが彼女のこの世での最後の言葉となった。




「・・・・・・・・本気マジぜよ・・・・・・・・・。」








ごめんね、お兄ちゃん
お兄ちゃんの言葉、そのまま使っちゃって・・・
わたしの最初で最後の勝手、許してね・・・・




今いくよ・・・・・・・お兄ちゃん・・・・・・・・・・・・・・


















この場に居合わせた当時の部下は後に語る。

「(中岡司令にとって)人生とはいったい何だったのかという質問に対して
 中岡司令は小さいながらもはっきりとした口調で一言こう申されました。
  『本気マジぜよ』と。
 そう言うと中岡司令はゆっくりと、まるで眠るように目を閉じられました。
 我々が『それは一体どういう意味なのですか?』と中岡司令に問いましたが
 返事は無く、我々が側に寄ってみました時には既に息を引き取られておりました。
 その死に顔はとてもあの苦しみがあったとは思えないほど安らかなお顔で、
 同志の中には『坂本先生の魂があの世から光臨し、中岡司令の魂を苦しまずにあの世へと
 導いてくださったのだ。』と言う者もおったほどでした。」



 劇終


(おまけのSS by 若竹)
【原田】 さあ、坂本と中岡を暗殺に行くわよ!
【島田】 何をそんなに張り切ってんだよ?
【原田】 中岡って、沙乃と同じぐらいなのに、坂本と同じ部屋に泊まってるのよ!
【島田】 坂本が保護者なんじゃないか?
【原田】 鬼畜な坂本の事だから、幼い中岡にあんな事やこんな事をさせてるに違いないわ! 許せない!
【島田】 あ〜、俺と沙乃がいつもやってる事だな。
【原田】 ご、誤解を招くような発言をするんじゃなーい!
【島田】 ぐはあっ!(吹っ飛ばされた)


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