「コドモなオトナのあやしかた」


「あ〜ひまだなぁ」

 空の徳利を指先でぶらぶらさせながら新撰組局長カモミール芹沢はぼやいていた。
 小池屋の店先でちょ〜っと騒いでしまったため副長土方に謹慎を申し付けられてしまったのである。
 いつもならそんな処分など意に介さない芹沢だが、今回はまずいことにケガ人を出してしまった。
 今回ばかりはさすがにおとなしく言うことを聞いておいた方が良いと悟ったらしい。
 飲ん兵衛で隊務もそっちのけに茶屋に入り浸ってはいるが、土方が懸命に隊の知名度と実績を築き上げようとしていることは分かっている。
 そのためには隊士の処断にも鬼となれるのは、おもしろくはないが評価はしているのだ。

「でも部屋から一歩も出るなってのはあんまりよぉ。退屈で死んじゃう〜」

 そこへ障子の向こうに人が来た気配がした。
 「入りますよ、カモちゃんさん」と断って障子を開いたのは、平隊士島田誠だった。
 局長近習を務める島田は謹慎時の見張り兼世話役としても働いている。

「島田く〜ん、お・ね・が・い☆ちょっとでいいから外に行こ?」
「駄目です!一日くらいはおとなしくしててくださいよ」
「ぶぅ・・・島田くんのケチ!」

 頬を膨らませ、そのまま畳の上にごろんと寝そべる。
 徳利の中を覗き見るも無いものはない。

「しっかし毎回よく懲りないですよねぇ」
「だぁってしょうがないじゃんさぁ。カモちゃん砲だってたまには使ってあげないと、いざと言うときにへそを曲げられたら困るでしょ?」

 芹沢の言い訳に溜め息がこぼれる。

「でしたら黒谷の会津中将様のところへ行けば良いでしょう?町中で試し撃ちなんてすることじゃありませんよ」
「島田くんてホント優等生くんだよねぇ」

 今度は芹沢が溜め息をつく。

「入隊したときはなぁんも考えて無くて、食いっぱぐれないために手っ取り早く入ったってだけの微笑ましい男の子だったのになぁ」
「……人が忘れたがっている過去をほじくり出さんでください」

 ぶすっとそっぽを向く。
 そんな島田の様子はどうしようもなく疼くものがある。

(こういうところはまだまだ可愛いわねぇ)

 聞こえないように呟いてみる。
 そしてせっかく来てくれたのにご機嫌斜めのまま帰すのも可哀想だと思い直し、思いっきり猫撫で声で呼び掛ける。

「ねぇ、島田くん?」
「なんですか?」

 こちらを見ないままつれない返事を返してきた。
 目の下あたりがほんのり赤いのが分かる。

「ごめんね?機嫌を悪くしたのなら謝るから」
「え?あ、いや、別に怒ってなんかは……」

 予想外に素直に謝罪の言葉を発した芹沢に面食らったのか、意地を張る姿勢をあっけなく崩す。
 逆に決まりの悪そうな顔をして、言葉に詰まった。

「ね?こっちにおいで」

 寝ころんだままおいでおいでと招く。
 一瞬その手の動きにつられそうに島田の身体が傾きかけたが、日頃の経験からか警戒心を露わに踏みとどまる。

「何もしないってば」

 苦笑混じりにもう一度手招きする。
 きっとまだ半信半疑なのだろうが、芹沢の言葉を受けて重い腰を上げた。

「これでいいですか……って、うわっ!」
「島田くん、つ〜かまえたっ!!」

 そろそろと近づいてきた島田が手の届く距離まで来たのを見計らって抱きつく。
 重力に任せ、抱きついたまま再び畳に寝転がる。
 自然、島田が芹沢に覆い被さる恰好となった。

「カ、カモちゃんさん!?何もしない約束でしょう!!」
「何もしないわよぉ。ただくっつきたかっただけ♪」
「な、なんなんですか、それは……」

 力で振り払えるほど芹沢は甘くはない。
 軽率な自分を反省しつつも、身体から力を抜いて芹沢に身を任せた。

「うん、いい子だねぇ、島田くんは」
「カモちゃんさんに逆らうなんて出来ませんよ」

 呆れを交えた降伏の意思表示をする。
 島田が逃げない事を確信すると、絡めた腕をゆるめて改めて背中に回した。
 甘える猫のように首筋にすり寄る。
 くすぐる髪の毛がこそばゆいが芹沢の為すがままに任せる。

「島田くん」
「なんですか?」
「このまま、さ」

 背中に回したうち片方の手を島田の身体に這わす。

「えっち、しない?」
「え゛?」

 動揺して顔を向ける。
 島田の目の前に妖艶な笑みを浮かべる芹沢の顔があった。

「……駄目ですよ、カモちゃんさん」

 スッと芹沢の身体を押し返して離れた。
 芹沢の顔が落胆に曇る。
 それを見て心がちくりと痛んだが、あえて無視をする。

「退屈だからって身体を重ねても、俺は嬉しくありません」
「あたしは気持ちいいのが好きだもん。島田くんだってそうでしょう?」
「そりゃ俺だって男ですからね。女が抱けるなら金払ってでも抱きますよ」

 実際遊郭で女郎買いになけなしの給料をつぎ込む隊士も少なくはない。
 ましてやここは京の都。
 遊女を含む芸妓の質の高さは全国でも有数である。
 目当ての芸妓を射止めようと破滅する輩は後を絶たない。

「でも…」

 そこで一端途切れる。

「カモちゃんさんとは、そんないい加減な関係にはなりたくないんです」

 最後の方は尻すぼみになってしまったが、そう言い切った。

「島田くん、耳まで赤いよ」

 くすくすと笑う。

「……茶化さないでくださいよ、恥ずかしいんですから」
「ごめんごめん」

 それでも芹沢は笑うのをやめない。

「勝手に笑っててくださいよ、まったく、人の一大決心を……」

 ふいっと反対側を向く。
 そんな背中ににじり寄り、ぺたっとくっついてみる。

「芹沢さん、いい加減にしないと俺でも怒りますよ」
「違う違う、もうえっちしょうなんて言わないよ。でもさ……」

 よいしょ、と島田をこちらに向き直させる。
 まだ赤い顔を気にしているのか、芹沢と視線を合わせようとしない。

「お昼寝なら付き合ってくれるでしょ?」
「昼寝?」
「そ、あたしに添い寝してよ」

 まるで子供みたいだ。
 そうなのかもしれない。
 新撰組で芹沢の味方といえる存在と言えば、厳密には少数派だ。
 圧倒的大多数が日頃の横暴に眉をひそめている。
 まるで手に負えないガキ大将を見るような視線ばかりが芹沢に突き刺さる。
 屯所内に限らない。
 町に出ても、茶屋にいても、黒谷の本陣に赴いたときでも。
 自業自得と言えば確かにその通りかも知れない。
 でも一人くらい、そんな横暴を許す馬鹿がいてもいいんじゃないだろうか。

「ふぅ……分かりましたよ、おつき合いします」
「えへへ、ありがと。お礼にあたしの胸で眠ってもいいよ?」
「……え…遠慮しておきます」
「またまた、無理しちゃってぇ〜」


 結局、眠り込む事はなかった。
 ただまどろみの中で他愛ない会話と児戯にも等しいじゃれ合いが数刻続いただけ。
 それだけなのに充足感はいっぱいになっていた。






<了>


あとがき:

行殺SS、第二号。
カモちゃんさんを扱ってますね。
これも二年ほど前に、LiarSoftのWebサイトにてSS投稿用BBSに投稿したモノです。
この作品は、個人的に気に入っているものですが、いかがでしょうか?
島田と芹沢の関係は、僕の中ではこれが基準ですね。
あ、この作品も、投稿時のモノからタイトル変えてます。

感想を頂けるとウレシイです♪


感想は、椎名ひなた様まで〜。

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