「君がいるから」


(これで最後っ)

そう思うより早く、切っ先が喉笛を貫く。

「がっ」

声にもならないうめき声を残して、最後の一人が地に伏せた。
数人の勤王志士の死骸を囲む新撰組隊士にも、自分の腕を押さえているものがいる。
生きるか死ぬかの戦いなのだがら、当然志士達も必死。
腕に明確な差があっても、一瞬の隙が怪我を呼ぶ。

隊士を率いていたのは斎藤はじめだった。
ふだんの無邪気な表情からは想像も出来ないほど険しい顔をして、たったいま志士の喉を貫いた得物を見つめている。
二人の血を吸った刀は、まるでもっと寄越せと言っているかのように妖しく鈍色に光っていた。
血糊を拭う懐紙など何枚あっても足りないから、最近では袖で拭いてしまっている。

「ちっ……」

舌打ちしたのは、その袖先すらもう返り血で赤くなっていたからだった。
忌々しげに、地面に転がっている志士を睨み付けた。
それでも自分が殺した相手に文句を言っても仕方がないと思い直したのか、刀はそのまま鞘に収めてしまった。

「引き上げるよ」

従えていた隊士達に、言葉少なにそう呟くと一人足先を屯所へと向けた。






「おぅ、斎藤、巡回か?」
「あ、島田……うん」

屯所に戻り、返り血で染められた隊服を着替えていた斎藤のところに、同期入隊の島田が通りかかった。
脱ぎ捨てられた隊服を見るなり、島田も何があったかを察知する。

「何人?」
「ん、四人くらい、だったかな?」
「そっか、ま、お前のことだ、楽勝だろ?」
「えへへ、まぁね」

いたずらっ子のような顔でそう尋ねてくる島田に、斎藤も頬を緩めて応える。
顔にこびりついた血飛沫はまだ洗い落としてなかったが、いつも通りの、ちょっと幼くも見える笑顔。
その顔を見て、一緒に着替えていた他の隊士達は互いに見合って首を振る。

「ったく、さすがだよな」
「そんなことないよ。島田だってどんどん強くなってきてるじゃない」
「ばぁか、お前に全然勝てないのに、ンなこと言ってもらっても嬉しくねぇよ。でさ、もし平気だったら、ちっと稽古の相手、してくれないか?」
「あ、うん、いいよ。着替えたら行くから、先に行ってて」
「おう、じゃ、よろしくな」

隊で屈指の腕前を誇る斎藤に対し、島田はまだまだ中堅レベルといったところ。
故郷の道場ではそこそこ強かったらしいが、猛者の集まる新撰組の中ではなかなかぬきんでることは難しい。
そのため同期のよしみもあり、こうして時々稽古の相手を頼まれていた。

(島田って負けず嫌いなトコ、あるもんなぁ)

背中を見送りながら、くすくす笑う。

「さて、と。せっかくのご指名なんだから、急がなくっちゃ」

汚れた隊服は若い隊士に任せて、一息「よしっ」と気合いを入れて部屋を後にした。
まるで逢瀬に赴く小娘みたいだ、と隊服を任された隊士はその後ろ姿を眺めながら思った。






道場に着くと、すでに島田は準備万端、待ちかまえていた。
新撰組の稽古は刃引きを施した真剣を用いる。
木刀や竹刀では緊張感に雲泥の差があるし、何より重さや取り回しの勘を養うのに本物に近い方が良いというのは論を待たない。

「お待たせ」
「ん? なんだ早かったな。少しくらい休んでてもいいんだぞ?」
「大丈夫だよ、そんなに疲れてないし」
「そうか? それじゃ頼むわ」

死線をくぐることは、例え力量に劣る者が相手でもかなり神経をすり減らす。
慣れた、というのはあくまで相手を倒すことに長けてきたというだけで、緊張しなくなってきたということではない。
だから斎藤も、何でもない様子を装ってはいるが、その実、疲労は確実にあった。
それでもこうして稽古の相手を引き受けたのは、相手がこの島田だから、と言って良かった。

「今日は何をするの? 地稽古? 練習したい形とかあったら受けるけど?」
「まぁ今更形をやっても仕方ないってのは分かってるから、ともかく実戦有るのみ、だな」
「分かった、手加減しないからね」
「望むところだ」

道場の真ん中で、島田と対峙して立つ。
握る柄からもう馴染んだ真剣の重みが伝わってくる。
半時ほど前に生臭い血を吸った自分の得物が重なって見えた。
胸がざわつき、手に汗がにじむ。
一瞬、稽古刀が赤く見えたのは、まださっきの興奮が残っていたからかも知れない。

「大丈夫か? やっぱり少し休んでからの方が……」

斎藤の様子に気づいた島田が、そう声をかけてくる。
慌てて首を振って忌まわしい残映を振り払うと、なんでもないという顔で応える。

「大丈夫だってば。ほら、そんなことより午後、巡回行くんだろ? 早く終わらせてゴハン食べようよ」
「ん、そうか? それじゃ始めるか」
「うん」



(綺麗な中段……)

島田は基本的な中段に剣を構える。
抜きん出た得意技が有る訳でもない島田にとっては、奇抜な構えよりも基本に忠実な方が合う。
対して斎藤は、初手で倒す居合いや突きを得意とし、やや半身に構える。

「いつでもいいよ」
「おう」

それから島田のかけ声を開始の合図に、半時ほど稽古は続いた。






「はぁあ、結局一度も勝てねぇでやんの」

道場に大の字で寝転がる。
五回の立ち会いで、島田も食い下がったが全て斎藤に軍配があがった。

「島田は形が綺麗だからね。やっぱり流れは割合読みやすいかな」
「ちぇ、誉めてんのかけなしてんのか」
「うーん、難しいところだなぁ」

そうは言いつつも、斎藤は島田の剣術が好きだった。

(だって、性格がそのまんま出てるもん)

殺伐としたこの時代の中で、毎日のようにどこかしらで死人が出ている。
自分の手で殺すことだってある。
今日も二人殺した。
肉を貫いた感触は、まだ鮮明に残っている。
島田も同じような環境のハズなのに。

(どうして君はそんなに綺麗なんだろう)

敵を斬ることに躊躇いはない。
今日斬った相手のことなど、もうカケラも覚えてなどいない。
でも島田は違うみたい。
ちらっと、切り捨てられた志士や暴徒の死骸に手を合わせているのを見たこともある。

「ん、なんだ?」
「ううん、なんでもないよ」

(君は知らないかもしれないけど……)

「さ、それじゃゴハンにしよっか」
「そうだな、腹が減ってはなんとやらだ」
「あはは、そうだね」

(君のそういうところが、どれだけ僕を救ってくれているか……)

「あ、そうだ、午後の巡回、僕も一緒に行っていい?」
「はぁ? いいよ、休んでおけよ」
「いいの、僕が行きたいんだからっ」

(だからもう少し、君と一緒にいたいんだ……)

「ヘンな奴。まぁ、別に俺は構わないぜ」
「えへへ、ありがと。さ、行こうよ」

もう一度「ヘンな奴」とつぶやく島田の手をとって、稽古場を後にする。

(僕のワガママ、君ならきいてくれるよね……)

「そんなこと言うと、島田のおかず、もらっちゃうからね」
「げげっ、マジか!?」

(君がいるから、僕も生きたいと思えるのだから……)






<了>


あとがき:

なんかカップリングで書くのははじめちゃんばかりだなぁ(苦笑

僕にとっての島田観ははじめちゃんに全て託してます。
たぶんにO型人間なんだと思います、島田くんは。
あとヘンにひねくれてなさそうなトコ。
田舎モンですからね、島田くん(笑
純朴青年路線で行きましょう♪

感想を頂けるのならば、こちらへお願いします。
ではでは。


感想は、椎名ひなた様まで〜。

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