行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ
『姫初め』ver.2
元治2年正月。たとえ正月と言えどもキンノーは休まない。そういうわけで京の治安警察である新選組にも休みはない。
京の冬は盆地のため寒い。雪が舞い、家々の屋根に、路地に白く積もっている。
「こういう小雪が舞ってるけど、青空の日を
俺とコンビを組んで巡回中の斎藤が、上空を振り仰いで言う。
「そりゃー、風流な事だ。しかし・・・なんで正月だっていうのに俺たちは仕事なんだか」
「仕方ないよ。それが僕たちの任務なんだから」
「キンノー達も正月ぐらい休めばいいのにな」
「正月から営業してるんだから仕事熱心だよね」
「熱心すぎる! 日本人たるもの正月ぐらい休まねば!
そうだ、斎藤、巡回サボって島原に行かないか?」
「な、何だよ、突然。仕事があるだろ!」
「いーじゃん。姫初めと洒落込もうぜ」
「だ、だめだよ、そんな! 姫初めだなんて」
「島田は姫になるのか? だったらカツラと
「何言ってるのよ、アラタ。姫と言ったらドレスに
別の辻から沙乃と永倉が現われた。どうやら『姫』しか聞こえてなかったらしい。
“ふう、危ない、危ない。”
「姫じゃなくて姫初めですよ」 斎藤が注釈する。
“さいとー! どうしてお前は余計な事をー!”
「姫初め? 何よ、それ?」
「そ、それはですね・・・・えーと、その」 顔を真っ赤にする斎藤。
「島田が説明してよ」
“俺に振るなー!” さすが斎藤、絶妙なタイミングで俺を窮地に
“ま、まずい・・・お子様に説明していいような事じゃないぞ”
沙乃と永倉は、俺たちの様子に不審げな目を向けている。
“ここは・・・三十六計逃げるに
おれは
「あ、島田が逃げた!」
「追うぞ、沙乃! あ、斎藤も逃げた!」
「何なのよ、一体!」
1人残ったら問い詰められるのは目に見えている。そこで斎藤も同じタイミングで逆に走ったのだ。さすが友、以心伝心とはこの事だ。
「ただいまー」
沙乃、永倉は島田・斎藤コンビを見失い、屯所に帰営した。
「うむ、寒い中、巡回ご苦労。途中何事もなかったか?」
副長 土方歳江が式台まで出迎える。
「島田と斎藤が不審だったわ」
「いきなり逃げ出すんだもんな。しかもあいつら逃げ足速いし」
「島田と斎藤が?」
「島田が姫になるとか言って、」
「何? 島田が姫に?」
「違うわよ、アラタ。姫初めよ、姫初め」
「姫初めだと! あいつら・・・・正月から破廉恥な!」 土方が激高する。
「じゃあ、トシさんは姫初めの意味を知ってるんだ」
「トシさん、姫初めって何なの?」
「それを訊こうとしたら、あいつら2人揃って逃げ出したんだ」
「そ・・・・それは・・・・」
沙乃と永倉が好奇心いっぱいの瞳で土方の方を見ている。土方は逃げ出した2人の気持ちを理解した。
「えーと・・・・その・・・・」 土方歳江、絶体絶命のピンチ!
「あ、2人とも、おかえりー」 トテトテという足音と共に局長 近藤勇子が通りかかる。
「ゆーちゃん」
「どうしたの3人とも。玄関で固まって。寒いから中に入ったら?」
「姫初めなのよ」
「えっ?」
「姫初めって何なのか訊いたら、島田と斎藤が逃げ出して、トシさんが固まったんだ」
「あ〜、ひな人形を飾るんだよね」
「何だ。姫初めってひな祭りのことなの?」
「そんなんで逃げるなんて、島田と斎藤もウブだなあ」
「違うだろ! 近藤〜!」
「え〜? 違うの? トシちゃん」
“はっ! しまった〜。思わずつっこんでしまった!
せっかく近藤がナイスボケだったのに! 私の馬鹿者〜!!!”
「じゃあ、何なのよ、もったいぶらずに教えてよ、トシさん」
「え、えーと、それはその・・・・」 土方歳江、今度こそ絶体絶命のピンチ。
「何をみんなで話し込んでるの?」
別ルートを巡回していた、山南・藤堂組が帰って来た。見ると荒縄でぐるぐる巻きにされた島田と斎藤を引きずってる。
「あら? 山南さんたちが島田たちを捕まえたの?」
「ああ、僕の顔を見るなり逃げ出したので取り敢えず捕まえてみた。
2人が何かしたのかい?」
「姫初めなのよ」 沙乃がしたり顔で答える。
「姫初め? 沙乃ちゃん、まことに何かされたの?」
ということは、へーは意味を知ってるな。
「何もされないわよ」
「じゃあ、はじめちゃん?」
「斎藤も何にもしないわよ」
「・・・・何で逃げたのかな?」 へーが首をかしげる。
「島田! 姫初めが何なのか、皆に説明しろ! これは命令だ!」
分かってない顔をしてるのが、近藤さん、沙乃、永倉。へーは分かってるらしい。土方さんは・・・顔を真っ赤にして怒鳴ったトコみると知ってるな・・・しかし、なんで俺がこんな目にあわなくちゃならないんだ。
「島田が悪いんだよ。巡回中に変な事いうから」 斎藤が俺に耳打ちする。
「えーと、姫初めというのはですね〜」
こうなったら素直に話してみんなからボコボコにされるしかない。俺は覚悟を決めた。
「ちなみに士道不覚悟は切腹」 土方さんが俺の言葉を遮る。・・・俺にどないせーと!
「餅に飽きて、白いご飯を食べ始める事を『姫初め』と言うんだ。
古来、釜で炊いた柔らかい飯の事を『
蒸した米の事を『
さすが山南さん! そんな由来があったとは! 博学だ。
「じゃあ、島田たちは巡回をサボって、飯を食いに行く所だったんだな」
「そんなことで命懸けで逃げなくてもいいのに」
「そうだぜ、島田のおごりであたいたちも付き合ったのに」
「それも違うような気がするけど・・・」
「そういう事にしといてやれ、藤堂。
島田! 斎藤! これに懲りて馬鹿な真似はするなよ」
「ふあい。もうしません」
「ちなみに転じて・・・・」 山南さんが説明を続けている。
「転じたら、士道不覚悟で切腹!」 土方さんがその山南さんの説明を遮る。
「そういえば、へーちゃんってどっかの殿様の娘じゃなかったかな?」
近藤さんが突然思い出したようにそう言った。
「たしか、藤堂高虎の娘じゃなかったっけ?」
永倉が首をかしげながら答える。
「それは戦国武将だろう。確か津藩の藤堂和泉守の御落胤という話ではなかったか?」
同じく首を傾げながら土方さんも答える。
「げっ! ということはへーは本物のお姫なのか!?
どーりで、沙乃と違って気品と言うものが・・・・ぶきゅ」
「悪かったわね」 沙乃に踏まれた。
「おお!? そーか、私、お姫様だったんだ」
「驚いたね、島田。本物のお姫様が新選組に居たんだ」
俺と同じくぐるぐる巻きにされて転がった斎藤が目を丸くしている。
「じゃあ、へーで姫初めすれば、本当に姫初めだったんじゃないか」
「また、島田はそーゆー事を・・・」 斎藤が苦笑する。
だが、この俺の呟きをがへーには聞こえていたらしい。彼女の目が蠱惑的に光ったように見えた。
「・・・じゃ、藤堂平、まことのおごりで姫初めに出発しまーす」
へーがぐるぐる巻きの俺を軽々と担ぐと走りだす。普段から超重兵器の斬馬刀を武器にしてるだけあって腕力と脚力は相当なものがある。
「あ、沙乃も〜」
「アタイも行くぞ〜」
「あたしもー」
沙乃、永倉、近藤さんがへーと俺を追って走りだす。
「待て! 集団で、その、姫初めなど、士道不覚悟で・・・・」
土方さんが止めようとするが、あっと言う間に見えなくなる。
「はっはっはっ。大丈夫、歳江さんが考えてるような事にはならないよ」
「私の考えてる事がなぜ分かる、山南!」
「おや、言って欲しいのかな?」
「い、いや、口にしたら士道不覚悟で切腹」
かくして、突如発生した新年会は、すべて俺のおごりという事になり、今年も年頭から俺の不幸のパラメーターは高かったのだった。
「まあ、まあ、後で私が姫初めやってあげるから」
酔っ払ったへーが笑顔でそう言う。
「ぶはっ」
「あ、島田くんが鼻血吹いた〜」
「きゃははは」
あ〜、みんなして酔っ払ってるよ。やっぱり俺は不幸なのだった。
(おしまい)
(おまけ)
【芹沢】 アタシの出番がない〜。
【土方】 あんたは姫初めどころか、365日年中無休だからだろう。
【沖田】 あたしの出番もありません。
【土方】 そーじは病弱だから、姫初めどころではないだろう。
【井上】 わしの出番もないのう。
【土方】 いや、おやっさんは年なんだから無理せんで下さい。
【井上】 まだ若い者には負けんのじゃがのう。