行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ
『土方☆大作戦 その4 幕末のめりーくりすます』
チクチクチクチク。新選組局長 近藤勇子が部屋で縫い物をしていた。土方の見るところ、どうやら端切れを縫い合わせて巨大な袋を作っているようだ。古着をリサイクルするのは良いことだが、こんな巨大な袋を一体なんに使うつもりなのか・・・・。
「何をしているのだ? 近藤」
先程から近藤の針仕事を見ていたのだが、やはり何を作っているのか分からないので尋ねてみる。
「靴下を作ってるんだよ。トシちゃん」 近藤はにこやかに答えた。
なるほど確かに袋になった1/3ほどが直角に曲がっている。靴下と言われれば靴下に見えないこともないが・・・。
「大麻神の靴下でも作っているのか?」
問題なのはその大きさだ。どう見ても特1号の
この問いに、近藤はくすくす笑いながら答えた。
「だってクリスマスなんだよ。サンタさんが靴下にプレゼントを入れてくれるんだよ」
なるほど、それで得心がいった。だが、何ゆえこんなに大きいのだろう?
「ちと欲張りすぎではないか、近藤。一体何人分のプレゼントをもらうつもりなんだ?」
「だって、島田くんが入るぐらいの大きさじゃないと・・・・ぽっ」
近藤は頬を赤らめた。
なるほど、そういう事か・・・・。なぜだか沸々と意味不明な怒りが込み上げてくる。
「しかし、本当に入るものかな? 島田は無駄に大きいからな」
「大丈夫だよ。あたしがすっぽり入るんだもん。 ほら」
そう言うと、近藤は自分でその靴下の中に入ってみせる。
「ね? 余裕だよ」
「なるほど・・・そうだな。えいっ」
私は靴下の口を掴むと思いっきり引っ張った。
「きゃあ」 中で近藤が転がる。
そして靴下の口の両端を持って、そのまま結んでしまう。
「あ、トシちゃん何するの!」
外から結ばれると中からは
「出して〜、トシちゃん、出して〜」
「新選組の局長がクリスマスなどとそんな浮ついたことでどうする! 少しはそのまま反省しろ!」
私は近藤入りの靴下をそのまま押し入れに仕舞った。
「まったくクリスマスなどと・・・・。大体、島田は監察で私の配下にあるものを・・・」
ぶつぶつと呟きながら、近藤を閉じ込めると何事もなかったかのようにその場を立ち去った。
「局長の近藤があんなでは、皆も浮ついてよう。ここは綱紀を引き締めねば・・・」
「歳江ちゃーん、島田クンを見なかった?」
背後から声を掛けられた。振り向かなくとも声の主はカモミール芹沢だと分かるが、振り向いて凍りついた。芹沢は普段から露出度の高い格好をしているが今日はさらに
「芹沢さん、何なんだ! その格好は!」
「サ・ン・タ・さ・ん☆」
「それは見れば分かる!」
「じゃあ、何を訊きたいのさ」 芹沢さんが不機嫌そうに聞き返す。
「いつもより短いその格好は何なんだ。真冬だというのに。
見ているこっちが寒くなってくる」
「エコだよエコ。時代は省エネ省資源。これは布地を節約した地球に優しいサンタ服なんだよ」
「男に優しいの間違いじゃないのか?」 精一杯の皮肉を込めるが、
「そ、アタシはカッコいい男の子には優しいお姉さんなんだぞ」
あっさり、肯定されてしまった。
「それに、今日はアタシが島田クンへのプレゼントだ・か・ら☆」
“はぁ” 心の中でため息をつく。
“全くうちの2人の局長は揃いも揃って。あのウドの大木のどこがそんなにいいのか”
「だっていつもは歳江ちゃんばっか楽しんでるんだもん。
クリスマスぐらいアタシに譲ってくれてもいいんじゃない?」
じいっと大きな瞳で芹沢さんが見つめてくる。
「な、私と島田は、じ、純粋に上司と部下の関係で、
その、芹沢さんが想像しているような関係では・・・・」
「慌てる所があやしいなあ。ま、今日はアタシも譲らないからね。
歳江ちゃんも、みんなの邪魔しちゃダメだぞ。コレ、局長命令」
「み、みんな!?」
「じゃあね〜」
芹沢さんは、一升徳利をラッパ飲みしながら遠ざかる。
「・・・・はっ」 我に返った。少々芹沢さんの毒気に当てられてたようだ。
「島田を芹沢さんの毒牙から守らねば! ・・・・なんで私がそんな面倒な事を!
それもこれも全部島田が悪い。芹沢さんより先に探し出して罰してやる!」
「島田、島田はどこだ!」
怒鳴りながら屯所内を探して回る。が、今日に限って奴がどこにも居ない。そこらの平隊士の襟首を掴まえて問いただすが、みな口を揃えて「知らない」と答えるばかりだ。
「ちぃ、あの馬鹿め、面倒をかけさせおって」
「じんぐるべーる、じんぐるべーる、鈴が鳴る〜♪」 鼻歌が聞こえてきた。厨房だ。
ひょいと首を突っ込むと、そこでは調理担当の藤堂平が・・・・。
「あ、トシさん」
「藤堂か・・・って何だ、その巨大なケーキは!」
「クリスマスケーキだよ」
“うそつけー!” 怒鳴りたいのを我慢して
藤堂は高さ1mほどの巨大なケーキにデコレーションしてる所だった。
そう、どう見てもウェディングケーキにしか見えない代物だ。
さらに中心には藤堂と島田を模したと思われる砂糖菓子の人形が。
“こいつもか!”
ここに至って私も理解した。
そう、クリスマスとは戦争なのだ。
「島田ー!」 私はどすどすと床板を踏み締めて再び島田捜索に取り掛かった。
その頃、当の島田誠は・・・・・。
「やっぱクリスマスと言えば、チキンだよなあ」
おつかいをサボって、熱々のフライドチキンをほお張っていた。本来、クリスマスのごちそうと言えば七面鳥なのだが、なかなか庶民の口には入らないので、鶏で代用してるのである。
「帰ったらへーが昨日から作ってるケーキもあるし」
「ちゃんとシャンパンも買ったし。今夜はパーティだな」
もぐもぐと口を動かしながら一人つぶやく島田。ヨーグルト漬け込んで臭みを消し、香辛料をまぶしたあと油で揚げたニワトリの味は絶品だ。
「しまだー!」 斎藤はじめが駆けてくる。
「斎藤、よくこの店が分かったな」
「島田の行きつけのお店は全部チェックしてるからね」 ストーカーか、お前は。
「お前も食うか?」
「うん。この店のトリはおいしいから・・・・ってそんな呑気な場合じゃないよ、島田」
「何か事件か?」
「土方さんが血相を変えて島田を探してる」
「・・・・なんで?」
「よく分からないけど、なんかすごく不機嫌っぽい」
「うーむ、副長を怒らせるような事を何かやったかな? 俺」
「さあ? ともかく、しばらく島田は身を隠した方がいいよ」
「そうだな、怒った土方さんは恐ろしいからな」
俺が逃げ支度にかかった所で、斎藤の背後から声が響いた。
「見つけたぜ、島田!」
「斎藤をつけてれば、島田の所に案内してくれると思ってたけど案の定ね」
永倉アラタと原田沙乃だ。が、永倉はともかく沙乃の姿が見えない。
「永倉! と・・・・沙乃はどこだ?」
「ちゃんとここにいるわよ!」
「あ、沙乃は小さいから斎藤の陰に隠れてて分からなかった」
「・・・・まあ、いいわ。島田、おとなしく縛につくのよ」
ここは沙乃を怒らせてまぜっかせす作戦だったのだが、スルーされてしまった。
「何で、俺が!」
「いやー、なんだかトシさんが荒れててさー。
で、原因が島田らしいんで、あたいたちで取っ捕まえて来ようって話になってさー」
「島田、逃げて!」
斎藤が刀を抜く。
「おもしれえ、あたいたちとやるってか。先手必勝、永倉ハンマー!」
ずずーん。永倉のハンマーが大地を揺らす。
「溝口一刀流・・・・」
斎藤が半身を逸らした牙突の構えに入る。
「甘いわよ、斎藤!」
だが、沙乃が間合いの外から槍攻撃して、斎藤の構えを崩す。
「ここは、僕にまかせて!」
チラと俺の方を振り向いて斎藤が叫ぶ。
「おう!」
沙乃と永倉が相手では、俺がいても足手まといだ。それに本気になった斎藤には2人も手を焼くはずだ。ここは斎藤に任せて逃げに入る。
「島田、逃げるな!」
「待ちなさい。島田!」
「ここは通さない!」
「すまん、斎藤!」
俺は脱兎のごとく駆け出した。
どれぐらい走っただろう。三条大橋まで来てしまった。そしてそこにはいつも笑顔の山南副長がいた。
「やあ、島田君」
「や、山南さん、ぜはー、ぜはー」
「どうかしたのかい?」
「いや、土方さんが俺を探してるらしくて、永倉と沙乃が俺を掴まえにきて、斎藤が応戦してます」
「ふむ、なるほど」 今の説明で分かったのだろうか? さすがは山南さん。
「それでこっちに逃げて来たわけだ」
「ええ」 俺はまだ肩で息をしている。
チャキ。金属の鳴る音がした。
「では、僕と一緒に屯所に戻ってもらおうかな?」
「山南さん!?」 山南さんが刀の鯉口を切っている。
“しまったあ! 山南さんもグルだったかあ!”
山南さんは昼行灯のように見えて、実は北辰一刀流の免許皆伝である。俺では到底太刀打ちできないが・・・・それでも俺も武士の端くれ。一応刀に手をやるが、刹那、山南さんが動いた。体に何かが当たる重い衝撃。斬られたのだ。動きが全く見えなかった。さすが、達人! と感心している場合ではないが、俺の意識は暗闇へと沈んで行った。
「峰打ちだ。島田君がいないと、歳江さんが不機嫌で僕に八つ当たりされるからねえ。
済まないが、人身御供になってくれたまえ」
沈み行く意識の中で、山南さんの声が遠くから聞こえた。
島田がみつからない・・・・。屯所の中は言うに及ばず、壬生界隈も探した。私用だが監察も動員してみたが、島田が見つからない。くっ、今頃はどこかの茶屋で芹沢さんとよろしくやってるのか、それとも藤堂と乳繰り合ってるか。別にそれが悪いというわけではないが、何となく心が晴れない。
それは確かに私は鬼の副長だ。だが、島田は私の直属なのだぞ。それをみんなして・・・・。
ついに諦めて自室に戻ると、部屋の中央にデンと大きな包みがおいてある。
「なんだ、これは?」
リボンが掛けてあるところを見ると、プレゼントか? しかし、一体誰が?
包みをほどくと・・・・。
「島田!」
「ぷはー。あー苦しかった。・・・・副長!」
島田が驚いたようにこちらを見る。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
そして、重苦しい沈黙。
「ふっ、サンタも
よし、島田、今夜は飲みに行くぞ。付き合え」
「はっ。・・・・土方さん、怒ってたんじゃないんですか?」
「怒っていたぞ。お前を探してるのに見つからなかったからな」
「えーと、俺、怒られるような事をしましたっけ?」
「おかげで折角のクリスマスなのに一緒に居られる時間が減ってしまったではないか」
「・・・・えーと、それは、あのー」
「うるさい。2度言わせる気か。つべこべ言わずについて来い」
赤くなった顔を見られたくなかったのでプイとそっぽを向いて部屋を出る。島田はおとなしく私の後をついて来た。
「あー、島田クン、みっけー」 廊下に出た途端、背後から素っ頓狂な声が響いた。
「げっ、カモちゃんさん!」 島田が後ずさる。まあ芹沢さんはあの格好だからな。
「まことー、ケーキができたよー」 反対側からは藤堂がやってくる。
しまった! 挟まれたか。
「シャンパンも買って来たし、準備はOKだぜ」 永倉も現われる。
「でっかい靴下もー」 これは近藤だ。誰かから出してもらったな。
「もー、パーティーの準備は完了してるんだからね。
あとはトシさんと島田が来るだけよ」
金モールで飾り付けた三角帽を被った原田が怒ったようにそう言う。
私と島田は、みなに囲まれるようにして、道場に向かった。
そーじが脚立に乗って壁に飾り付けたモールの位置を修正してるし、おやっさんはハサミでクリスマスツリーの形を整えている。“おやっさん、盆栽じゃないんだから・・・”
藤堂の作っていたウェディングケーキには、藤堂と島田の他にも私や近藤、そしてみんなの砂糖菓子の人形が乗っている。“考え過ぎだったか・・・”
「じゃあ、ゆーこちゃん、音頭を取って」
「うん。みんなグラスは行き渡ったかな?
それじゃあ、メリー・クリスマース」
『メリー・クリスマス』近藤の声に一同が唱和する。
そしてその後は、自由なパーティーになった。
サンタ姿の芹沢さんが何かプレゼントを配ってまわってる。永倉と原田はいつものように飲み比べをしている。藤堂はせっせと料理をつぎ分けてるし、近藤は酔って暴れている。山南は斎藤相手に何やら講釈しているようだ。そーじは・・・・また倒れてる。どうもそーじは虚弱体質でいかん。だが、平和だ。実に平和だ。
私の横には常に島田がいる。私は島田にもたれ掛かった。
「土方さん?」
どうやら少し酔ったようだ。洋酒は酔いの回るのが早い。
「明日からは、また忙しくなるが、もう少しこのまま・・・・すぅ」
島田がそっと私を抱き寄せる。私はされるままにしておいた。
鬼の副長か、ふっ、たまにはこういうのも悪くない。
(おしまい)