行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ

『土方☆大作戦 その3 VS石田散薬』


 新選組副長、土方歳江は副長室で報告書を読んでいた。
その目の前には報告書を書いた本人の監察、島田誠が直立不動の姿勢で立っている。

「今月に入ってから隊士の損耗率が低いな。これはどういう事だ?」

 確か俺の書いた報告書では、死者・負傷者数だったはずだが、あっさり損耗率と言い換えられてしまった。
さすが鬼の副長。しかし・・・隊士は戦車か何かか?

「はい。実はカモちゃんさんが、」 と言いかけたが、

「島田、カモちゃんさんとは何事だ! 仮にも新選組局長だぞ!」

 『仮にも』の部分を特に強調しつつ怒鳴る土方さん。

「えーと、では芹沢筆頭局長がですね、」

 上洛して天皇に拝謁する将軍を警護する為に浪士隊が結成され、将軍より一足先に上洛した。
しかしこの浪士隊は、清川八郎の扇動により集団キンノーと化してしまった。裏切られて頭に来た幕府は、
浪士隊を江戸に呼び戻すが、このとき近藤勇子率いる試衛館一派(帰りの路銀を使い込んでしまって
帰るに帰れなくなっていたらしい)とカモミール芹沢(せっかくやって来た京の都で遊び足りなかったらしい)が、
初志貫徹、京にて治安を回復し、上京する将軍を守ろうと決意して京に残留した(表向き)。
だが、浪士隊から分離した彼らに後ろ盾はなく、ただの壬生に居候している浪士に過ぎなかった。

彼らが壬生浪士、縮めて壬生浪みぶろと呼ばれた所以ゆえんである。
どうしようかと困っていたときに、大活躍したのが芹沢だったのだ。
何と、芹沢と京都守護職の松平けーこちゃん様は昔の族仲間で友達ダチだったため、
芹沢の斡旋で京都守護職配下の新選組が誕生したのである。そんな訳で芹沢の顔を立てて、
表向きカモミール芹沢が筆頭局長なのだった。


「島田・・・・ケンカを売っているのか?」 俺の言葉に土方さんのこめかみがピクピクと震えている。

「いいえ、めっそーもない」

「新選組で一番偉いのが誰だか分かっているのだろうな、島田?」

 土方には『近藤を武士の棟梁にする』という夢がある。近藤と同じ局長とはいえ、
カモミール芹沢は土方にとっておまけみたいなものだ。

「それは、もちろん土方さんっす」

 きっぱりと答える俺。何を当たり前のことをという思いもある。

「・・・・もういい。お前と話していると頭痛がしてくる。
 それで、芹沢さんがどうしたのだ?」

「はあ、なんでもカモちゃんさんの実家から仕送りで薬が送って来たらしくて」

「ほお?」

「それで最近薬師所に入り浸って医者の真似事をしてるそーです」

「ふむ。それでここの所、芹沢さんが静かだったのか。
 しかし、素人が医者の真似なぞ、感心しないな」

「治ってるんだからいいんじゃないですか?」

「それは、まあ、そうだが・・・・」 土方さんは言葉を濁した。

「隊士の健康管理も重要事項だ。島田、その芹沢さんの薬について調べ、報告書をまとめるように」

「しまった、余計な仕事が〜」

「何か、言ったか?」

「いいえ、何も」



 島田の去った後、土方は怒にも似た感情を覚えていた。土方家にも家伝の石田散薬という薬がある。
切り傷、打ち身、骨折に効く外科用の薬だ。幼いころ土方は、その石田散薬の行商をやっていたのである。

傘に丸印の薬箱をかついで村から村への薬を売り歩く。だが、土方が普通の行商人と違った所は、
村々の剣術道場を回った事である。道場には常にケガ人がたくさんいるので儲けが大きい。
実務家としての土方歳江の才能はこのころから磨かれていたらしい。さらに道場巡りをしていたため、

自然と剣に触れる機会も多くなり様々な流派の剣術をちょっとずつかじった土方流とでも呼べる
独特の剣技を身につける役にも立った。まあ、趣味と実益を兼ねた実に土方らしい話だ。
そうこうしているうちに、近藤勇子と出会い、彼女の熱き魂(ちょっと抜けているが)に触発され、
試衛館に出入りするようになり、今に至っている。
 土方も家伝の石田散薬に誇りを持っている。試衛館の皆は今でも石田散薬を愛用している。しかし、芹沢の実家の薬を使った結果、隊士の損耗率が下がったということは、石田散薬よりも芹沢の薬の方が優れているということになる。負けず嫌いの土方としては、これは看過できることではない。というよりもカモミール・芹沢にだけは負けたくないのだ。あらゆる面で。


“しかしまずは情報収集。ああみえても島田は優秀だ。奴にまかせておけばよい・・・・たぶん”

 優秀なようでいて、どこか抜けている島田に一抹の不安を覚えつつも、この件に島田よりも優秀な他の監察を使う訳にはいかない。それに、土方には副長としてやるべきことが山積している。とりあえず、芹沢の薬は優先度の低い問題だ。
 頭を切り替え、次の仕事に取り掛かる土方だった。



 さて、一方島田は土方から新たに命じられた任務、芹沢の薬について調べるにはどうすればよいか考えてみた。
 @本人に聞く・・・・確かに捜査の基本は聞き込みだが、

             あまりにもストレートすぎてひねりのカケラもないような気がする。
 A周囲に聞いてみる・・・・薬に関して分かる奴がいない。没。
                  山崎は・・・・同じ監察なので論外。
 B不本意ながら自分が負傷して、治療を受ける・・・・うーん、これが一番か。


 そういうわけでBを選択した俺は、道場にやってきた。
監察なので市中巡回には出ないから、手っ取り早く負傷するには道場が一番なのだが・・・・
まずい事に道場では、手加減を知らぬハンマーガール永倉アラタと相棒のロータリーガール原田沙乃が

試合しあっていた。

「おう! 島田も稽古に来たな。よし、来い。鍛えてやる!」

「いや、えーと、俺は通りかかっただけで・・・」

「そうよ。アラタの言う通りよ。いくら監察といっても、いつ局全体に出動がかかるか分からないんだから、
 少なくとも自分の身は自分で守れるようになりなさい」

 確かに沙乃の言う通りだ。京に上るまでは田舎の道場四天王と粋がっていたが、俺の剣術は全く通用しなかった。上京1日目にして、キンノーに伸され、新選組に助けられ、その縁で新選組に居るものの、やはり強くならなくてはならない。

「そうだな、よし、来い!」

 俺は壁の刀架から木刀を取り、構えた。

「その意気は善し。 でりゃああああ! 神道無念流、永倉ハンマー!」

 いきなり先制で永倉が巨大なハンマーを振り上げる。だが、予備動作が大きい。隙だらけだ。

「もらったぁ!」 俺は一気に間合いを詰める。

 だが、

「甘いわよ、島田」

 永倉の陰から沙乃が飛び出す。俺の位置からは死角だった。小柄な沙乃だから可能な技だ。

「くっ!」

 あやうく沙乃の槍をかわすが、避けた先には永倉のハンマーがある。転がってハンマーをかわす。

「2人がかりとは卑怯なり!」

「卑怯、ずるいは敗者の戯言。要は勝てば良いのよ」 と軽く笑う沙乃。

「それは武士道じゃないだろう」

「敵が常に一人とは限らないんだぜ。それにアタイ達の相手はキンノー。武士じゃない」

 そう言われればぐうの音も出ない。さすがに実戦部隊の言葉には重みがある。
 スピードと間合いに優れた沙乃の槍と一撃必殺の破壊力を秘めた永倉のハンマー。これは侮れない。
自然と防戦一方になり、じりじりと追い詰められていく。

あとがないぞ、島田」

「そろそろ死んでみる? 島田」 2人が得物を構え直す。

 死中に活あり。俺は2人の間に飛び込んだ。2人は同士討ちの危険性があるので、迂闊に攻撃できない。
まずは沙乃だ。一気に槍の間合いに飛び込み・・・・後ろから殴りつけられた。

「永倉ハンマーーーーッ!」

 ずずーん。 目から火花が飛び、そのまま気が遠くなる。

「ちょ、ちょっと島田! ・・・・・」 沙乃の抗議の声が途中で聞こえなくなる。


 ボカッ! アッパーカットが決まった。俺は倒れていて、すぐ下に真っ赤になった沙乃の顔がある。

“下?”

 そう。沙乃に向かって行こうとして、後頭部に永倉ハンマーの直撃を食らった俺は、そのまま気を失って、沙乃を押し潰してしまっていたのだ。

「こら、島田、どきなさい。重い!」

「ひゅー、ひゅー、お二人さん、お熱いなあ」  脇から永倉がはやしている。

「沙乃がいるのにアラタが島田を攻撃するからじゃないの! 沙乃を巻き添えにする気だったわね!」

「これで最強なのはアタイだ」 永倉が高笑いする。

「この卑怯者!」

「卑怯、ずるいは敗者のたわごと。要は勝てばいいんだ」

 そう言ってカラカラと笑う永倉。これは先程の沙乃の台詞そのものである。

「きーっ、アラタ、覚えときなさいよ。 島田、どけー」

 沙乃がじたばたともがくが、沙乃の力では上に乗った俺の体を押しのけることができない。

「うーむ」 今の沙乃と永倉の会話からおおよそのことは理解できた。

「いつから俺と沙乃は、そういう関係になったんだ?」

「寝ぼけるな〜」

 再びアッパーが炸裂。
 このまま沙乃を潰していても面白くもなんともないので、立ち上がろうと手を・・・・。

「お? あ、あれ?」

「さっさと沙乃の上からどきなさいよ」 沙乃が催促する。

「右手が動かない」

「あ、島田の手、変な方向に曲がってるぞ」

「ホントだ。外側を向いてるな」

「器用ねえ」

「これは骨が折れたんじゃないか?」

 倒れたときに沙乃の槍と俺の木刀が絡まって、テコの原理で腕の骨が折れたのだ。

「倒れたぐらいで骨を折るとは、カルシウムが足りないんだ」

「ぐわああああ! 気付いたら、痛い〜、熱い〜」

「そりゃあ、折れてるもんなあ」

「馬鹿言ってないで、さっさと助けなさいよ!」

「よいしょっと、じゃあ、薬師所に連れてくか」

 ひょいと俺の体を持ち上げる永倉。さすがに普段から重量のあるハンマーを振り回しているだけのことはある。

「まったく、島田は世話が焼けるわね」

“2人とも、それは違うだろー!” と言いたかったが、俺は腕の痛みでそれどころではなかった。


 薬師所には、カモちゃんさんと近藤さんが居た。山崎は監察の仕事で出掛けているようだ。
まあ好都合と言えば好都合だが。

「あ、沙乃ちゃんとアラタちゃん。 と島田くん? 一体どうしたの?」

 向こう側に居た近藤さんが俺たちに気付いた。

「島田の腕が折れちゃったのよ」

「島田くん、器用だね」

「そうじゃありません。近藤さん。沙乃が折ったんです」

「沙乃のせいにしようっての?」

「まあ、まあ、とりあえず。治療するから。ふむふむ、あ、ぽっきり折れてるね〜。まずは真っすぐくっつけて」

 カモちゃんさんが俺の回りをちょこまかと動き回って・・・・どうやら診察しているようだ。
香水の香りに混じって酒の匂いが・・・・って酔っ払ってるんかい!

「カモちゃんさん! 飲んでますね。 そんな酔ったままで、ぎゃあああ!」

 いきなりカモちゃんさんが俺の腕を動かした。脳天まで突き抜ける痛みが走る。

「大丈夫、だいじょーぶ。こうみえてもアタシの兄貴は医者なんだからぁ。
 それにアタシは酔ってた方が調子がいいんだぞ。お酒が抜けると手が震えるんだもん」

“カモちゃんさん、それはアル中です・・・・” ツッコミたいが痛みでそれどころではない。

「島田くん、痛い? 痛い?」

 俺の悲鳴を聞いて近藤さんが心配そうな、恍惚としたようなそんな微妙な表情で俺を見ている。

「大袈裟だなあ」 これは永倉だ。だからお前が、何も考えずに攻撃するから!

「よし、腕は正しい向きにくっついたから、あとは動かない様に固定して・・・・」

 添え木をして、腕が動かないように包帯でぐるぐるに固定される。だが、カモちゃんさんが腕に触るたびに焼けるような痛みが腕を焼く。

「ぐわああああ!」

「島田の悲鳴で沙乃の腕まで痛くなりそう」

「あ・・・・・ 痛そう・・・。でも、どうして島田くんの腕が折れたの?」

「島田が沙乃を押し倒したんで、沙乃の奴が怒って島田の腕を折っちまったんだ」 と解説を加える永倉アラタ。

「えええええ!? 沙乃ちゃん島田君に襲われたの?」

 顔を真っ赤にして沙乃を見つめる近藤さん。

「そ、そんな事、あるわけないじゃない! 訓練中の事故よ、事故!
 だいたいアラタが作戦も何も考えずに行動するからこうなるのよ!」

 赤面した沙乃が怒りの矛先を永倉に向ける。

「でも押し倒されたじゃん」

「ええええっ!?」

「だから、それはアラタが島田の後頭部あたまをどついたから!」

「どーしよー、沙乃ちゃん、不純異性行為は切腹だよ」

「だからー!」 抗議しようとする沙乃だが、

「2人で切腹だな、沙乃」 うんうんと頷く俺。

「お馬鹿ー。否定しろ、島田ー!」

「まあ、正確に言うと『押し倒した』よりも『押し潰した』んですけどね」

「そーかー、それで沙乃の胸は潰れたんだな」 笑い転げている永倉。コイツは・・・。

「張本人が他人事みたいに言うなー!!!」

 キレて槍を振り回す沙乃。いかん、そろそろ真面目にならないと洒落にならなくなる。

「えーとですね、近藤さん。稽古で俺が沙乃に斬りかかろうとしたら、
 永倉が俺の後ろからハンマーで殴りつけて、んで俺がそのまま沙乃を押し潰したんです。
 士道不覚悟なのはひきょーな永倉です」

「そーだ、そーだー」 俺の後ろから永倉を非難する沙乃。

「後ろ傷を受けて、相手を討ち取ってないから島田も切腹じゃん」

「うお! 痛い所を!」

「それだったら、わたくしの闘争を許さずにそもそも違反してるじゃないの」

 3人で罪のなすり合いをしている。少々見苦しい。ここで近藤さんが口を挟んだ。

「えーと、あ、訓練中の事故なんでしょ。だったらしょうがないんじゃないかな?」

「そうそう。島田の腕が折れたのは、事故、事故」

 ということは、俺が一人貧乏くじを引いたような・・・。

「何か、釈然としないのは気のせいか?」

「ふーん、島田クン、沙乃ちゃんを押し倒したんだ・・・・」

 これまで黙ってせっせと俺の治療をしてくれていたカモちゃんさんがここで口を開いた。

「カモちゃんさん、話、ちゃんと聞いてました?」

「そういう悪い子には、えい! おしおき☆」

 カモちゃんさんが不意に顔を近づけて来て、いきなり接吻をおおおお!

「きゃー、きゃー!」

「わわわ、芹沢さん!?」

「あっはは。大胆だなあ」

 三者三様に驚きの声を上げるが、実は一番驚いてたのは俺だったりする。

「んーーーーーー」

「うん、うううう」

 ・・・・・ごっくん。

“ごっくん?”

「えへー、芹沢家秘伝の金瘡骨接ぎの妙薬だぞ。痛みが消えて骨が早くくっつくんだよ」

「あ、口移しで薬を飲ませたのか」

「でも、どーして口移しなのよ」

「アタシの薬は口移しが一番効くんだあ☆」

「カーモさん、それ本当?」

「うん。アタシの愛が詰まってるから☆」

 どうやら押し倒された沙乃に対して当てつけたようだ。さすがカモちゃんさん!(行動が単純明快ストレート意味不明だ)

「やれやれ、お熱いなあ。んじゃ、アタイは巡回に行くから」

「沙乃もー」

「あ、あたしもたまには巡回に出ようかな?」

 気を利かせたのか3人が部屋から出て行く。そして部屋には俺とカモちゃんさんの2人が残された。



「えへー、2人きりになったね」

「え、えーとぉ」

「沙乃ちゃんを押し倒すような悪い子には、たっぷりとおしおきしないとね」

「あ、あのー、俺、腕折れちゃってるんですけど」

「大丈夫。折れてるのは腕だけだよ。
 あとは、たっぷりとカモちゃんスペシャルで治療してあげるから・・・・」

「そんなご無体な〜」


 おしおきの内容は、読者の皆様のご想像におまかせしますです。



 その日の夕刻、土方さんが見舞いに来てくれた。

「島田、みずから患者になって調べるとはあっぱれだ。
 ところで、具合はどうだ?」

「だいぶ良いです。さすがは芹沢家伝来の金瘡骨接ぎの妙薬ですね」

「・・・・」 ピク。土方さんの頬が引きつった。怒ってるみたいだ。何か悪いこと言ったか?

「えーと、カモちゃんさんの実家は高名な薬師らしいですよ。
 何でも応仁の乱の頃のご先祖様が馬のしっぽについた奇怪な物を斬ったら
 それがカッパの手だったらしく、その手をカッパに返して、
 カッパから薬をもらったんだそうです。で、その薬が先祖代々伝わってるんですね」

「ほう、お前にしてはよく調べたな」

「まだまだ、褒めるには早すぎますよ。実は今回の仕送りは、会津藩絡みらしいっす」

「中将様が?」

「詳しくは秘密らしいんですけど、実はカモちゃんさんちの薬は、
 その筋ではかなり有名らしく、幕府からも度々恩賞金が出てるみたいです」

「ふむ」

「会津中将様もその効果を認められて、カモちゃんさんを通して金300疋(一分金3枚)で
 購入されたみたいです」

「そこまで分かったら秘密でも何でもないだろう」

「ええ。カモちゃんさんもしゃべりたくて仕方がなかったみたいですね」

「本人から聞いたのか?」

「はい」

「島田・・・・お前は、情報収集の何たるかが分かっていないようだな・・・・」

「えーと、聞き込みが基本ですが」

「本人に聞いてどうする!」

「ダメなんですか?」

「ウソをついている可能性もあろう。こういう場合はちゃんと裏を取るものだ。
 そして集まって来た情報を多角的に分析し、結論を出すのだ」

「けーこちゃん様にも聞いてきた方がいいっすかね?」

「だからどーして、お前は本人にぶつかるのだ!
 いや、いい。別に芹沢さんが島田を騙す必要もないからな。おそらく事実だろう。
 では島田の今回の任務は終了だ。明日から通常の監察の仕事に戻るように」

「あーのー、俺は腕が折れてるんですけど?」

「その程度、言い訳にならん!」

 土方さんは怒ってドスドスと床を鳴らしながら出て行ってしまった。
おかしい。今の会話のどこに怒るポイントがあったのだろう。



 俺の腕はあっと言う間に治ってしまった。さすが芹沢家先祖伝来の秘薬だ。大したものだ。
気を良くしたカモちゃんさんはその後も薬師所に入り浸って医者の真似事をしている。
“皆ノ役ニ立チタイケレド、ドウシタラ良イカ分カラナイ”
 カモちゃんさんの心情はきっとこんなだったのだろう。
何をやっても裏目に出て、局長に祭り上げられたものの、特に仕事はなく、何もしなくても誰も怒らない。
新選組一の火力を誇るが、それを使えばキンノーのみならず京の町ごと破壊してしまう。誰も怒らないが

新選組のみんなに迷惑をかける。自棄ヤケになって酒を飲み、享楽に溺れる。これの繰り返しだったのだ。
ここに来て自分の居場所ができたので、喜々として治療にあたっているのだ。まあ兄が医者ということもあり、
それなりに医学の知識もあるようだ。人は見かけによらないとは、このことだな。
カモちゃんさんが酔っ払って町でカモちゃん砲をぶっ放す事もなくなったし、良いことずくめだ。




「最近、隊士の稼働率が高いな」

 確か俺の書いた報告書では、隊士の勤怠報告だったはずだが・・・・。やっぱり土方さんの中では隊士は
戦車か戦闘機なんだろうか?

「カモちゃんさんのおかげですね」

「島田・・・・そんなに、芹沢さんが、いか!」 突然土方さんがキレた。

「はあ?」

「この、馬鹿者が! 報告書は書き直せ!」

 丸まった報告書が顔に飛んで来た。うーむ、最近の土方さんは不機嫌だ。というか怒り方が理不尽だぞ。



「あ、島田ク〜ン。 最近ケガしないのお? おねえさんは寂しいゾ」

 薬師所の前を通り過ぎると、中からカモちゃんさんが呼びかけてくる。

「監察とは言っても俺は土方さんの直属ですからね。あんまり外出しないし」

「歳江ちゃんかあ。 最近の歳江ちゃんどお? ちょっぴり不機嫌だけど」

「いつも通りですよ」

「それっていつも通り不機嫌ってこと?」

「ええ。不機嫌ですね。さっきも報告書を丸めてぶつけられたし」

「うーん。これは、アレかな?」

「あれってどれです?」

「え、いや、あはは〜。まあ島田クンは気にしなくてもいいよ。アタシに任せなさい」

「はあ?」



 そして2、3日経った。

「にゃはははは。にゃははははは」 沙乃が通り過ぎた。顔が真っ赤だ。何だ、今のは?

「おー、島田じゃんか! 飲んでるか? 飲んでるか、島田! あたいは飲んでるぞー」

 今度は永倉だ。2人とも昼間っから酔っ払っている。こ、これは一体・・・・。

「お兄ちゃん・・・・」 沖田だ。顔を真っ赤にしている。

「鈴音、脱ぐね。体が熱いの・・・・」 そう言って服を脱ぎ始める沖田。

「うわー、そーじも酔ってる〜!」

“これは・・・・新選組主力部隊全滅!?”

 それだけではなかった。服を脱ごうとするそーじを押し止どめる俺の横を次々と酔っ払った隊士たちが
フラフラと通りすぎる。俺は青ざめた。こんなところを土方さんに見つかったら・・・・。

「こら! 昼間っから飲酒など、士道不覚悟!!!」

 向こうから怒鳴り声が聞こえる。ああ、土方さんだ。
まあ、これだけ騒いでいれば気付かないはずがないが・・・・

「にゃ? にゃにゃにゃにゃ」

「近藤! お前まで・・・・・島田ーっ!」

 土方さんの呼ぶ声に、そーじを抱いたまま、そちらへ向かうと、刀を下げた近藤局長がいる。

「にゃふ? にゃふふふん」

 近藤さんがこっちを見た。眼つきがおかしい。トロンとして、それでいて鋭いような・・・
これは獲物を見つけた猛獣の目では・・・・

「にゃふー」 近藤さんがとびかかってきた。

「うわー」

 俺は逃げ出す。抜き身を下げた近藤局長に敵うはずもないからだ。天然理心流4代目と戦って勝ち目はない。
動いて酔いが回って潰れるか、酔いが覚めるまで逃げ回るしか手がない。

「土方さん! 俺を人身御供にしましたね!」

「すまん。島田。成仏しろよ」

「にゃふ。うみゃみゃみゃみゃ」

「うわー、うわー」



「近藤までもが酔っ払うとは。アレは酒が嫌いなのに・・・・」

 島田を追って建物の角に消えた近藤を見送ってから、首を傾げる土方。

「やほほ〜☆ 歳江ちゃん、飲んでるぅ〜?」

 徳利を提げた芹沢がふらふらと現われた。

「はあ」 土方は大きくため息をついた。“やっぱり元凶はこいつか”

「最近おとなしくしていると思えば」

「えーとね、ちょーっとアタシの薬が切れたんで、石田散薬を使ったんだあ☆」

「何いっ!」

 くどいようだが、石田散薬は土方家家伝の薬である。

「今日はケガ人が多くってさ〜。アタシの薬のストックが切れちゃったんで、
 歳江ちゃんの実家のお薬を使ったんだぁ」

「ま、まさか・・・・それは・・・・」

「でさー、袋に熱燗で服用することって書いてあったから、みんなにお酒を一升ずつ飲ませたら
 酔っ払っちゃってさ〜。おもしろいね〜」

「・・・・・」

 もう絶句するしかない。確かに石田散薬は熱燗で服用すると効果てきめんなのだが、だからって、
一人一升飲ませる馬鹿が・・・・目の前にいるのか。

「はあ」 大きくため息をつく土方。

「きゃははは☆ 歳江ちゃん。暗いぞー。えい! 気鬱にも石田散薬〜☆」

 酔っ払いとは思えない素早さで(普段から酔っ払ってるからだな)、土方の背後を取ると、
強引に振り向かせて接吻する。

“うう! うううう!”

 口移しだ。黒粉薬の石田散薬の苦みが土方の口中一杯に広がる。

「で、お酒」

 口を離した芹沢が今度は腰に提げた徳利の口を土方の口にあてがい流し込む。
胃の焼けるような感覚。同性に口づけされたショックで土方は抵抗できなかった。

「・・・・飲め〜! 今日は無礼講だ〜!」



「ああ、土方さんも壊れたよ」

 やっとの思いで近藤局長を振り切って戻って来た島田の見た物は、芹沢と肩を組んで酒を飲んでいる土方の姿だった。



 かしくて、新選組では酒を飲むことを『石田散薬を服用する』と言うようになったそうである。(ウソです)

(おしまい)


(あとがき)
 今は亡き(勝手に殺すなよ・・・・)副長ラブさんの書かれた最後の作品で、芹沢の兄が医師で、芹沢家にも秘伝の薬があるのを知りました。そこから色々と芹沢家の家伝の薬(先祖がカッパからもらったというのは事実らしい)と石田散薬の調査を進めて、お?土方家家伝の石田散薬とこれを戦わせたら面白いじゃん。という軽いノリで書き始めたのがこの作品です。タイトルが土方大作戦なのは、当初の予定では、効果抜群の芹沢家の薬に対抗するため、土方が看護婦さんのコスプレを〜。という土方大作戦シリーズを継承する土方コスプレ物だったのですが、書いているうちに内容が変わってしまいました(オイ!)
 そんなわけで、『土方☆大作戦3 VS石田散薬』をお届けします。


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