「土方☆大作戦」


行殺(はぁと)新選組ふれっしゅ・番外編

『土方☆大作戦』

 
 元治二年春。
 近藤局長が江戸からスカウトして来た伊東甲子は、近頃、伊東派とでも呼ぶべき派閥を形成しつつあった。
北辰一刀流の流派を中心に、新入隊士を始めとして古参の隊士も伊東になびき、今や、新選組は分裂の危機に
瀕していた。伊東甲子は、土方副長と同系列のクールビューティーな美女だが、それに加え文武両道、
しかもないすばでー・・・・・ボカッ!

 「痛っ! 何するんですか、土方さん。冒頭ナレーションの最中に殴らないで下さいよ、不条理な」

 手に何やら原稿らしき紙束をもった島田が頭をさすっている。後ろから近付いたのにも気付かぬとは、
こいつもまだまだだな。

 「馬鹿者、廊下の真ん中でナレーションなぞするんじゃない。お前こそ不条理だぞ。しかも伊東を肯定するような
  事ばかり言いおって」

 「しかし、伊東派が大きくなっているのは事実です。今のうちに手を打たないと・・・」

 なるほど、こいつなりに考えてはいるのだな。

 「島田・・・お前も伊東派では、ないのか?」

 探るような視線を島田に向けてみるが、

 「いえ、俺は土方さん一筋ひとすじっす」

 島田は、きっぱりと答えた。さすがは私の下僕しもべだ。良くわかっているではないか。

 「よし、島田、餅をやろう。 しかし、どうすべきか・・・・」

 「伊東を斬ったらどうです? トップさえいなくなれば伊東派は自然消滅でしょう」

 私のやった餅をふところに収めてから答える島田。

 「ふむ、それも一つの手だが、近藤の努力を無にしたくない。今、伊東を斬れば、それはすなわち近藤に人を
  見る目がなかったと、公言するようなものだからな」

 「では、伊東派をこっちに寝返らせるしかないですね」

 「簡単に言ってくれるな。それができれば楽なのだがな」

 つい苦々しげな表情かおになる。伊東が有能なのは私も認めているのだ。だからこそ始末が悪いとも言える。

 「簡単ですよ」 事もなげに答える島田。

 「何?」

 「派閥抗争とは、要はトップ争いです。トップが勝てば、派閥は一気に崩れます」

 「しかし、近藤は伊東に心酔しているぞ」

 「近藤さん? あんな昼行灯ひるあんどんは最初から新選組のお飾りですよ。我々の真のトップは土方さん、あなただ」

 島田が、じっと私の目を見て言う。こいつは本気だ。本気でそう思っている。

 「わ、私が?」

 「そうです、伊東と同じカラスの濡れ羽色の黒髪。知的なクールビューティー!
  土方さんが頑張るしかありません」

 「そ、そうか?」

 なんだかいいように言いくるめられているような気がしないでもないが、められると悪い気はしないものだ。

 ふむ、確かに島田の言うとおり、近藤はただのお飾りに過ぎん。私が頑張るしかないか。



 しかし、どうしたものか。いったん伊東になびいた者を、こちらに再び寝返らせるとなると・・・・
やはり、今以上のとくを身につけるしかないか。
 ふむ。さいわい我が新選組には、個性的な者がそろっている。手っ取り早く真似をするとなると、

 まず永倉・・・・は、論外だな。

 次に原田・・・・ダメだ。原田では特殊な趣味の者に片寄る。それに胸はサラシを巻くとしても、
原田のツルペタな体型は、私では到底真似できない。

 ・・・・そうか、そーじだ。そーじの「メガネ」「病弱」「お兄ちゃん」の『三種の神器』が私に加われば、天下無敵。
よし、伊東め、今に見ていろよ!



 翌日。私は髪を三つ編みにし、大きな丸い伊達メガネをかけ、屯所内をまわる。本来の私の魅力に加えて
『三種の神器』の力で、男共はイチコロだ。ふふふ、楽勝ではないか。

 お、ちょうどいい。廊下の向こうから裏切り者筆頭の山南が歩いてくる。山南を正しい道に導いてやるとするか。

 「おはよう、お兄ちゃん」

 私は、そーじの様な、儚気はかなげな笑顔を浮かべて山南に挨拶する。

 「お、おはよう、どうしたんだい、歳江さん」

 山南の顔が引きつってる。何か間違ったか? そうか、病弱だ。病弱を忘れていた。

 「こほ、こほ、ううん、どうもしないよ、お兄ちゃん」

 「歳江さん、大丈夫かい? 風邪で熱でもあるんじゃ・・・・」

 「私は大丈夫。 ね、お兄ちゃん、私と、伊東さんとどっちが好き?」

 瞳を潤ませて、山南を問い詰める。

 「も、もちろん、僕は歳江さんだよ。と、当然じゃないか、ははは・・・」

 乾いた笑い声を上げる山南。

 「そっか、うれしいな。じゃ、また後でね、お兄ちゃん」

 「ああ・・・・、歳江さんお大事ね」

 『お大事にね』というのは何だか妙な気がするが・・・まあいい。しかし、そーじの奴は、よくこんな歯の浮くような
台詞を言えるものだ。まあ、そこが奴の人気の秘密か。そーじも苦労してるのだな。

 山南をあっさりと改心させた私は、八木邸の北側にある道場へ向かう。

 ふふっ、更に獲物を発見! あそこにいるのは裏切り者2号の斎藤か。よし、斎藤も私のとりこにしてやろう。

 「こほ、おはよう、お兄ちゃん」

 よし、今度はせきも忘れていない。完璧だ。

 「お、おはようございます・・・・」

 そう言ったきり絶句する斎藤。 ふふふ、あまりの私の魅力に声も失ったか。

 「お兄ちゃん、最近、伊東さんのゼミに出てるの?」

 「え、ああ、その、あの・・・・」

 「あたし、悲しいです・・・こほ、こほ」

 「えーと、その何というか・・・・」

 えーい、煮えきらん奴め!

 「こほ、こほ、こほ・・・」

 私はいかにも苦しげに咳をする。

 「あ、大丈夫ですか、副長、寝てた方がいいんじゃ・・・・」

 「大丈夫、お兄ちゃんって、優しいんだね☆」

 そう言って上目使いに斎藤を見つめる。

 「うわあああ。す、すいませんでしたあ」

 慌てて走り去る斎藤。 よし、奴も悔い改めたか。


 山南に加えて、斎藤までもすんなりとこちらに寝返らせることができたな。さすがは、そーじの『三種の神器』。
恐るべき威力だ。よし、この調子で、どんどん伊東派の隊士を寝返らせてやる。

 それから、私は、篠原や清原、阿部、服部といった伊東派の男共を次々と籠絡ろうらくしていった。
しかし、皆、一様におびえたような表情をしているのは、なぜだ?



 一旦、自室に戻ろうとして、部屋の前で島田を見つける。島田は元々私の下僕だから、『三種の神器』を使うまでもないが、まあいい。たまには島田にもいい目を見させてやるとするか。

 「こほ、こほ、お兄ちゃん☆」

 「・・・・うわあああああっ」

 島田は間髪を入れず、廊下の端まで飛びのいた。目を丸く見開いている。

 「どうしたの、お兄ちゃん」

 「大変だぁ、そーじの怨霊が土方さんにとりついたあ」 なっ、なんだと?

 「馬鹿者、そーじはまだ死んでない!」 つい、いつもの口調で怒鳴ってしまう。

 「あ、土方さんが戻って来た」 はっ、いかんいかん。

 「どうかな、お兄ちゃん、似合ってるかな?」 そーじに戻って、しなを作ってみる。

 「土方さん・・・・何ですか、その格好は、そ、それに、お兄ちゃん?」

 「あのね、そーじの真似をしてみたの。効果は絶大だよ」

 「土方さん、本当にそーじの怨念が取り付いたんじゃないんですね」

 「くどい!」 うっかり怒鳴ってしまった。島田の前では芝居を忘れてしまう。

 「えーっと、破壊力抜群ですね」

 「やっぱり、お兄ちゃんも、そう思ってくれる?」

 「はい」

 なんだか、ひどく脅えているように見えるが・・・そうか、そーじの怨念が取り付いてると思われたのか。
うーむ。それでは、あまり意味がないな。まあ、元々島田は私の下僕なので別に構わないか。
 しかし、ずっとそーじ調でしゃべっていたら私も気分が悪くなって来た。頭痛と吐き気と目眩めまいが、更には
胸から熱い塊が込み上げてくる。ううっ、血を吐くかも。 はっ、もしや、これがそーじの呪いなのか?
 では、そーじはそーじであるがゆえに自らに呪いをかけ続けているのか? そうか、『三種の神器』とは術者を
蝕む呪いだったのだな。そーじ恐るべし。



 「あ、トシちゃん。どうしたのメガネなんか掛けて」 

 厨房の方から近藤が、とてとてと歩いてくる。さては、またつまみ食いをしていたな。

 近藤の事は、ゆーさんと呼ぶべきだろうか? そーじは、そう呼んでいるが・・・・

 「あ、わかった。けーこちゃん様の真似だね」 私が逡巡している間に、近藤は勝手に自己完結してしまう。

 何と!そうか、けーこちゃん様も三つ編みにメガネだ。しかし、うーむ、なるほど、けーこちゃん様の真似と思われては、皆が脅えるのも無理はないな。




 それから数日が経った。私は、今、監察方の島田から報告を受けているところだ。

 「伊東一派に、まだ動きはありませんね」

 「伊東派からの寝返りはどうだ?」

 「それもありません」

 「何だと! なぜだ! わたしが、そーじの真似までして勧誘に走ったというのに!
  その成果がなかったというのか」

 「えーとですね、なんというか、そのあと、伊東に引っ繰り返されました」

 「なにっ! 伊東もメガネに病弱でお兄ちゃんになったと言うのか!」

 我ながら言ってて日本語が変だとは思うが、島田には伝わったようだ。

 「いえ、婉然と微笑ほほえんだだけです」

 「なにぃ!」

 「『島田はん、どないですやろ、うちに・・・・、うち、島田はんが来てくれはったら、
  百人力や・・・・』って具合にですね」

 島田が伊東の声色こわいろで真似をするが、はっきり言って気持ち悪いだけだ。

 「島田、お前も誘われたのか?」

 おのれ、伊東、私の直属である島田にまで秋波を送るとは・・・・許せん!

 「ええ、まあ。心がぐらつきましたね」

 「貴様、それでも私直属の監察方かぁ!」 勢いに任せて島田を殴る。

 「ぐはぁ!」 島田が吹っ飛ぶ。

 「そうは言われても、俺も男ですから・・・・」

 立ち上がりながらも言い訳する島田。言い訳とは士道不覚悟、切腹を命じてやろうか。

 “くぅっ、私の下僕である島田でさえ、心を動かされるというのか!”

 「島田、私はお前がいないと駄目なのだ。だから私と共に戦ってくれまいか」

 私も伊東の真似をしておだやかに微笑ほほえんでみるが・・・・

 「土方さん、それは『脅迫』です」

 「・・・・何だ、何が違うというのだ! 何か私に不足していると言うのか! 島田!頼む、遠慮なく言ってくれ!」

 「色気・・・・ですね」 言葉を選びつつ慎重に島田が答える。

 「色気だと! そんな惰弱なものは、武士には必要ない!」

 「そこが、伊東と土方さんの違いですよ」

 「くっ、確かに・・・・しかし、一体どうすれば・・・・」

 島田は黙って控えている。

 「もういい、島田、下がってよいぞ」

 「はっ」 一礼して島田が退室する。

 私は島田を下がらせて考えに没頭することにした。 うーむ、色気、色気。永倉はダメ。原田もダメ、そーじも色気はない。近藤は・・・・色気より食い気。新選組で一番色気のあるのは、悔しいが伊東か。しかし、うちの馬鹿共も、伊東の色気如きに騙されおって・・・・くっ、残念ながら私では伊東の色香には太刀打ちできない。誰か、いないか、誰か・・・・そうだ! 芹沢さんだ。 当時の芹沢さんなら、伊東に勝てる。よし、見ておれ・・・・






 翌日、土方の第2作戦が実行されようとしていた。

 姿見の前で、己の姿を映して見る。トップスは袖無し、肩丸出しな上に、胸元の大きく開いた和服もどき(しかもヒョウ柄)で、へそ出しスタイル。ボトムは超超ミニスカである。まさに一昔前(いや、遥か未来だな)のイケイケねーちゃんだ。

 「こ、こんな恥ずかしい格好・・・・み、見えそうではないか! 芹沢さんはよくもこのような格好をしていた
  ものだ・・・・」 

思わず顔を赤らめる。

 だが、これが当時のカモミール芹沢の服装だ。彼女はいつもこの服装の上に新選組揃いの浅葱色の羽織を
羽織っていただけだ。

 「うむむ・・・・」

 とりあえず、部屋の中で歩いてみる。恥ずかしさが先に立って、ロボットのようにぎこちない。

 だめだ、だめだ、こんなのでは芹沢さんの足元にも及ばないぞ。

 思い切って堂々としてみる。だが、動きが粗野なので、すぐに見えてしまう。

 「うーむ、芹沢さんは、一体どうやって動いていたのだ? あの、見えそうで見えない色気を出すには
  どうすれば・・・・とか言う以前に、こ、こんな格好では表に出られないぞ」

 「失礼します、副長はおいででしょうか?」 島田の声がする。

 「わぁ、ま、待て、入るな!」 私は慌てて羽織を羽織る。

 「は?」 障子越しに戸惑った島田の声が返ってくる。

 待てよ、島田になら見せてもいいか。今更多少見られたところで、どうということもあるまい。

 「よし、入っていいぞ」

 「失礼しま・・・・」 そのまま凍りつく島田。 馬鹿者、何か反応しろ!

 「うわー! 今度はカモちゃんさんのたたりだぁ〜〜〜!」

 「いちいち暴走するなーーーー!」 島田を殴る。

 「ぐはぁ!」 島田が吹っ飛ぶ。

 どうして島田はそういう風にしか物を考えないのだろう。呪いだの祟りだの非科学的な。

 「何ですか、土方さん、その格好は」

 「芹沢さんに見えないか?」

 「いえ、カモちゃんさんの服装なのは分かりますが、しかしまた、一体何で?」

 「ふっ、知れたこと。これで伊東派の男共を一網打尽にするのだ。
  題して、『悩殺(はぁと)新選組』計画!」

 「・・・・・さ、部屋に帰って、寝よっと」

 「何なんだ、その意味不明なリアクションは!」

 「土方さん」

 「何だ!」

 「その格好で凄まない方が・・・・」

 「あ・・・・、み、見るんじゃない! 馬鹿者!」

 自分の姿をかえりみて、羞恥で顔を赤らめる。

 この服装でいつもの動きをすると、どうしても見えてしまう。うーむ、しとやかさを鍛練するのにはこういう露出度の高い服の方が良いのか・・・・。

 「じゃ、おやすみなさい」

 ぱたん、と障子が閉まる。しかし・・・・見えていて、なお悩殺されないとは、島田に免疫があるのか、
それともやはり大人の黒か、赤にすべきだったか・・・・紫という手もあるな、うーむ、いや、待て、それ以前に、
外を歩けないという問題は全然解決していない・・・・そうか、酒だ! 芹沢さんはいつも昼間っから酒を飲んで
酔っ払ってた! そうか、酔っ払って恥ずかしさを消せば良いのだ! しかし、そうまでしてこの格好を維持していたとは、芹沢さんは、何を考えていたのだ? わ、分からん。



 小姓に命じて酒を取り寄せる。灘の銘酒「白雪」だ。これは新選組が屯所としている八木家の娘さんの嫁ぎ先
なのだが、新選組では酒と言えばこの「白雪」を指す。キリッとした辛口の酒だ。京や伏見の酒は甘口でいけない。
侍の飲む酒はやはり灘に限る。とは、言うものの、永倉や原田に比べると、私は酒に強い方ではないのだが・・・・。




 「ひっく・・・・」

 日本酒はアルコール度数が高く、早く酔える。私の周りには、から徳利とっくりいくつも転がっている。
そろそろ私も酔っ払ってきたか。

 頃合いか・・・・出掛けるかな? 私は物憂げに立ち上がった。“かったるいな”足元がふらふらして覚束無おぼつかない。
いいぞ、この調子だ。ちょうど芹沢さんも、こんな風に、ふわふわと歩いていた。

 私は障子を開けて廊下へ出る。そのままふわふわした足取りで広間の方へ向かう。

 「あ、障子を閉め忘れた・・・・ま、いいかぁ」

 几帳面な私は普段は絶対そういうことはないのだが、酒の回った頭では、そんな些細なことなぞ
どうでもいいや、という気になっている。


 広間に向かう途中、廊下の角で山南とばったり出くわす。山南はクルリときびすを返して
逃げようとするが、そうはさせない。間髪を入れず山南の袖をつかむ。

 「山南くーん、どこ、いくのぉ〜?」

 私はできるだけ、芹沢さんの口調に似せて甘ったるく尋ねた。

 「い、いや、ちょっと、ほんのそこまで・・・・」

 山南の視線が定まらない。どうやら私の胸元辺りや腰の辺りをチラチラと見ているようだ。 ふふふ、いいぞ、
ばっちり悩殺されてるな。 そうだ、私に色気がないなぞと、要は島田が鈍感なだけなのだ。そうに決まっている。

 「どこぉ、見てるのかなぁ〜」 意地悪く訊いてみる。

 「え、あ、その、今日の歳江さんは、なかなかセクシーだね」

 「でしょお☆ 今日は自信があるんだぁ。 あはは。 じゃあねー」

 山南の返事を待たずに、またふわふわした足取りで歩きだす。山南は悩殺した。私の勝ちだ。


 ふわふわ、よたよたと玄関の方へ向かう。まあ、どこをどう歩いているのかあまり自信はなかったが。
途中すれ違う男たちの視線が心地よい。

 “みーんな、このまま悩殺してやれぇ!”

 原田、永倉ともすれ違う。二人とも羨望のまなざしだ。(※実はあきれていた)
 ふふ、色気ではこの私の足元にも及ぶまい。愉快、愉快だ。あはは〜。


 表門の方へ来たときに、ちょうど伊東甲子が巡回から戻って来たところだった。

 私は優越感に満ちた表情で伊東を見る。

 伊東は不快そうに顔を歪め、私に侮蔑の言葉を浴びせてきた。

 「おや、土方はん、これはまた、酔狂な事で。色香を露出と勘違いとは、これだから武州出の山猿は・・・・
  生まれも、育ちもうちとは違うんやから、どだい張り合うだけ無駄というものや」

 そう言って婉然と微笑ほほえむ伊東。

 だめだ、伊東の微笑にはこっちまで引き込まれそうになる。ダメなのか? 私ではダメなのか?

 突如、自分の格好が恥ずかしくなり、羽織で覆い隠す。周囲の目は憐れみの目?
 違う!違う!違う! 私は、私は・・・・・

 「うわあああああ!」 私は絶叫すると、その場から逃げるように駆け出した。



 「なんや? あの女は、ついに気ぃでも違いはったんやろか? ま、ええわ」

 そう言って伊東は肩をすくめた。




 監察方筆頭である島田が、部屋で土佐の動きに関する資料をまとめていると、同じく監察方の山崎雀が息せき切って飛び込んで来た。

 「島田さん、一大事です!」

 「お〜?」 島田は一旦資料から目を上げ山崎の方を向く。

 「あの音が聞こえませんか?」

 「音?」

 島田は耳を澄ましてみる。確かに遠くから大砲でも撃つような。どーん、どーんという音が響いてくる。

 「どこかの藩が大砲の練習でもしてるのか?」

 「カモちゃん砲です!」

 「はぁ?」 新選組のもう一人の局長、カモミール芹沢が暗殺されてかなりになる。

 「カモちゃんさんの幽霊でも出たのか?」

 「違います! 島田さんは何でそう、呑気のんきなんですか! 撃ってるのは、副長です!」

 「はぁ?」 島田は繰り返した。

 「土方さんが? そんなことあるはずないだろ?」

 「事実なんですってば! 芹沢局長のコスプレをした土方副長が、カモちゃん砲を引っ張り出して来て街で大暴れ
  してるんです!」

 “確かに土方さんは朝からカモちゃんさんの格好をしていたが・・・・
  もしやカモちゃんさんの魂に体を乗っ取られた?”

 「大変じゃないか!」

 「だから、最初からそう言ってるじゃないですか!」

 「近藤さんに相談して・・・・」

 島田の言葉を山崎が遮る。

 「局長は、おなかを壊して寝てます」

 「は?」

 「おやつに八橋を食べ過ぎたとかで、胃薬を処方しておきました」

 「役立たず〜〜。 そうだ、山南さんは?」

 「逃げました」

 「あの親父は〜! どうしよう、俺たちでは暴走した土方さんを止められないぞ」

 「どうしましょう?」

 「うーん、うーん、土方さんに何とか勝てそうなのは・・・・そうだ、伊東さんだ!」

 「伊東参謀ですか?」

 「仕方なかろう。 俺から伊東さんに話してみる」

 「副長は現在、千本通りを南下、島原方面に向けて民家を破壊しながら進撃中です!」

 「分かった、俺も伊東さんとすぐに後を追うから、山崎は先に土方さんを追ってくれ」

 「了解です」 山崎が走り去る。

 島田はそのまま、伊東参謀の私室に向かい、状況を説明、同道を願った。伊東参謀はあきれながらも頼みを承諾してくれた。2人で山崎の後を追う。





 「うてー」 ちゅどーん。

 「うて、うてー」 ちゅどどどーん。

 ゆっくりと前進しながら、狙いも定めずカモちゃん砲をぶっ放す。実に爽快だ。燃え盛る炎が、凍てついた心を
溶かしてくれる。
 そーか、だから芹沢さんは、大砲を撃ってたのか。たった1発の砲弾で、壁が崩れ、家が焼け落ちる。作るのには日数がかかったろうに、壊すのは一瞬だ。剣で人の命を奪うのも、大砲で街を破壊するのも同じ。それは破壊の快感・・・・。



 「うっわー、こりゃまた派手にやってるな」

 山崎に追いついた。一町(約100m)ほど離れたところから暴走中の土方の様子をうかがってる。

 「あ、島田さん、伊東参謀」

 「あははは〜。うて、うてー。どかーん、どかーん」

 酔っ払った土方の声が聞こえてくる。往時のカモミール芹沢もかくやと言わんばかりの激しい乱れ方だ。辺り一面火の海になっていて、その中をカモちゃん砲を従えた土方が、周囲に被害を広げながらゆっくりと進んで行く。

 「うーん、どうしようか?」

 「そうですねえ」

 島田と山崎が思案している間に、伊東がズカズカと土方の方へと向かって行った。

“何て命知らずな!”



 「何をしとるんや、土方!」

 「おや、これは伊東先生、見て分からんのか? 大砲を撃ってるんだ」 ずどーん。

 「土方っ!!」 伊東が私の襟首を掴み上げる。が、私は伊東から目を逸らした。

 「どうせ私は武州の百姓だ。田舎者だ。山猿だ。もう、何をしてもいいんだ!」 ずどーん。

 「やけになるんやない! あんたがいままで苦労して、みんなから憎まれてまで培って来た新選組の信頼が
  ぱあになるんやで」

 「お前には、お前さえ来なければ、近藤は、私は!」 ずどーん。

 「土方、あんたは、ゼロからここまで上り詰めたんや、それは誇っていいことや。人の価値は生まれた身分で
  決まるんやない。どう生きたかで決まるんや」

 「私は、私には、お前のような器用な生き方はできない。真っすぐに進む、ただそれだけだ。
  それしかないんだ!」 ずどーん。

 「目を覚ますんや、時代が変わろうとしてるんや、明日にも異国が攻めてきて国がなくなるかもしれんのや。
  そんなときに、土方、あんたは何を守るんや」

 「知れたこと。我ら新選組は幕府を守り、みかどを守り、国を守る!」 ずどーん。

 「将軍が命令を出しても、御三家すら従わん!そんな将軍家では強力な異国に対抗できへんのや」

 「だから、これまでの恩顧を忘れ、幕府を倒すと言うのか」 ずどーん。

 「今は、日本の国内で争うてる場合やない!
  一刻も早よう、国を一つにまとめて一丸となって夷狄に立ち向かわねばならんのや」

 「だから幕府を中心に諸公が協力して・・・・」

 ここで砲撃が止んだ。どうやら自動装填装置の中の砲弾が尽きたらしい。2人の周囲だけシーンと静まり返った。

 「まだ分からんのか、土方、腐った柱では家は支えられんのや!」

 「言うな、言うなああ!」

 私は兼定を抜き、伊東に斬りかかった。心の奥底では私も分かっていたのだ。だが、それを口に出したら、
これまで守って来たものが全て泡となって消えてなくなりそうで、だから、伊東を斬るしかなかった!
 伊東も北辰一刀流の師範代を許され、自ら道場を持つほどの腕前。当然、伊東も抜いて・・・・・
何っ! 伊東は刀を抜かず、そのまま無防備に立っている。私は慌てて剣尖をずらすが、間に合わず伊東の体に白刃が喰い込んだ。私は今ほど、兼定の切れ味を悔やんだ事はなかった。致命傷ではないが、かなりの深手を
負わせてしまった。伊東の身体が崩れる。私はそれを抱きとめた。

 「伊東、伊東、しっかりしろ」

 「う、正気にもどりはったか。よかった・・・」

 苦しげに片目を開け、やっとそれだけ言うと、伊東は私の腕の中でガックリと崩折くずおれた。

 「伊東ぉーーーーーー!」 私の絶叫が周囲に木霊こだました。





 屯所ではパニックになっていた。ただでさえカモちゃん砲によって、京の町が火の海になっていて、全隊士が
町火消しを加勢したり、屯所に延焼しないように屋敷に水をかけたりしている中、深手を負った伊東参謀を抱いて土方が帰還したからだ。

 土方帰営の報を受け、近藤が玄関まで出迎えるが、そのまま土方と、その腕の中で力無く抱かれている伊東を見て絶句してしまう。

 「トシちゃん、どうして甲子ちゃんを・・・・」

 近藤の瞳に涙が浮かぶ。以前から土方と伊東の間に確執のあるのは知っていたが、まさか刃を交える所まで
行ってるとは思っていなかったのだ。

 「言うな、近藤、今は、何も、言わないでくれ・・・・頼む」

 私は、近藤の真摯な眼差しを直視できず目をらした。



 伊東甲子はすぐさま、屯所内の薬師所へと運ばれた。傷は浅くはなかったが、とっさに土方が剣尖を外したため一命は取り留めた。ちょうど現場に山崎が居合わせた事も幸いした。

 「よし、これでもう大丈夫です。兼定の切れ味が良かったので、傷口はカミソリで切ったかのようにスッパリと
  いってました。これならば簡単にくっつきます」

 と、額の汗を拭いながら山崎が答える。彼女はいつもながらの鮮やかな手並みで傷口を縫い合わせていた。

 「そうか。御苦労」

 「ただ、一生物の傷が残りますけどね。伊東さんはこれから2度と水着になれないでしょうね」

 「うむ、伊東に何かあったら呼ぶ。お前ももう、休め」

 と、私は威厳を取り繕ったが、内心では狼狽していた。“一生物の傷か・・・私が未熟だったから”





 「う・・・・」 一言うめいて、伊東が気付いた。

 「伊東・・・・」

 「土方はんか」

 「なぜ抜かなかった!」

 弱々しく横たわった伊東を見ると、自分の不甲斐なさに対して怒りが込み上げてくる。その自分に対する怒りを
転化するかのように、伊東に対してきつく当たってしまう。

 「言葉でいくら言うても、それは詭弁というものや。うちが私心で動いてるんやないゆうことをあんたに分かって
  もらいたかったんや」

 「馬鹿者、お前を殺していたかもしれんのだぞ」

 「あんたに斬られるなら本望や。それに・・・・それに、あんたの事を信じとったさかいな」

 「馬鹿な・・・・・」

 伊東の言葉に私は絶句する。

 「あの場で、うちとあんたが斬りおうたら、よくて相打ち。そしたら残された近藤はんや新選組はどうなるんや?
  土方、あんたが居らんようになったら、新選組は瓦解するで」

 「だから、抜かなかったと言うのか」

 「そうや。 土方、あんたは、新選組に必要なお人や。酒に酔うたぐらいが何や! 新選組の土方歳江は、
  そんなヤワなたまやない。うちの好敵手ライバルの土方歳江は、その程度ではへたばらんのや」

 「伊東・・・・」

 伊東の言葉に不覚にも涙が出てくる。

 「けど、斬られて、痛かったわぁ、ほんま」

 照れ隠しのつもりか、伊東がこれ見よがしに、傷の上に巻いた包帯をさする。この辺りがこの女の嫌な所だ。

 「命があっただけありがたいと思え」

 「ふふ、それでこそ土方や」

 「ふん」

 「あんた、あの場で刀を抜いたな。あれはうちを斬ろうとしたんやない。あんたは自分を斬ろうとしたんや」

 「何だと!」

 「冷静沈着なあんたの事や、うちに言われるまでもなく、幕府がもうしまいやと気付いとるはずや。
  それを真正面から言われたから逆上したんや。そやろ?」

 「しかし、我々は上洛された将軍家を護る為に結成された浪士隊だ。会津藩お預かりの新選組だ。
  侍の総大将たる征夷大将軍を奉り、京の町の治安を守る!」

 「うちは、何も将軍家の御恩を忘れてキンノーになれ、言うてるんやないんやで」

 「なに?」

 「うちはな、今、こう考えとるのや。幕府は将軍家やない。今の幕府は民百姓を食い物にして贅沢三昧する
  無能な官吏の集まりや。そやさかい、一旦、幕府を解体して、天子様の命の下に徳川、薩摩、長州、土佐で
  連合政府を作って、国を立てなおすんや」

 「伊東・・・・」

 「これなら、将軍家の顔も立つ。新選組は、幕府の恩を忘れたわけやないで。神君家康公のまとめられた日本を
  守る為には、一旦腐った幕府をどうにかせなあかん。国を救うことで徳川様に御恩を返すんや」

 「キンノーは・・・・そんなことを考えていたのか」

 「キンノーやない。戦になって泣くのは民百姓、女子供や。だからなるべく戦にならんように八方円く収めるように
  みんな苦労してるんや。土佐の坂本や長州の桂はん、薩摩の西郷はん、幕府の勝はん。
  みんな、自分のためやない、戦になったら苦しむ弱い人々の為に、敵も味方もなく、がんばっとるんや。
  うちら新選組の『誠』の一字はそのためにあるんやないのか」

 伊東が静かな目で私を見つめる。

 「私は、私は・・・・」

 ただ、真っすぐな剣になることしか考えてなかった。まわりを見ずにただ戦う。その方が楽だったから。
私は、自分の事しか考えてなかった。

 「あんたとうちが力を合わせたら、でけんことはない。局の内部で争うとって、国をまとめるもないもんや」

 「しばらく・・・・考えさせてくれ」

 酒の抜けた頭に、今の伊東の言葉は効いた。『誠』の一字の意味・・・・私は、何の為に戦うのか・・・・





 数日後、監察方筆頭の島田の情報操作により、新選組副長土方の大暴れは、芹沢の霊が取り付いていたためと発表された。不運な死を遂げ、この世に未練を残したカモミール芹沢の霊を成仏させるための大法要が壬生寺で催された。私はしばらくの間、謹慎である。とても表に出られるような状況でもない。芹沢さんなら気にせず祇園にでも繰り出すのだろうが、私に同じような芸当はできない。ここに至ってやっと芹沢さんの偉大さを思い知った
次第だ。やはりあの人は常人の物差しで測れる器ではなかったのだ。




 あの後、伊東の病室を何度か見舞ったが、もう伊東はあの話はしない。ビキニの水着を並べてため息をついた
り、 「お嫁に行けない身体にされてしもうた・・・・」と言ってよよと泣くふりをしたり、とにかく厭味いやみな、いつもの伊東に戻ってしまった。まあ、非はこちらにあるので反論はできないが。やはり、あのとき、あっさり斬っておくべきだったと、多少後悔している。


  謹慎中なので、隊務を離れてゆっくり考える時間ができた。私がいなくても局は機能している。監察方は島田が取り仕切っているし、市中見回りも順調に行われている。
 私は、ぼんやりと縁側に腰掛け、中庭の梅の木を見やる。枝々の蕾が膨らんで今にも弾けそうだ。弾けて花が咲く。 今までの私は何だったのだろう・・・・いや、いま局が私抜きで機能しているのは私がそのように組織したからだが、しかし、では、私はこれから何をすればいいんだろう・・・・伊東の言うように、幕府にかつての威光はなく、
新選組の力だけで幕府を守れるでもない。攘夷のさきがけとなるとは言え、薩摩や長州といった近代装備の雄藩も
英国仏国米国にはかなわなかったし、幕府も弱腰だ。
 おのが道をく。だが、その道はいったいどこにあるのか? どこへ通じるのか?
 修羅の道・・・・だが、刃を向ける先は天子様をたてまつり、国を護らんとする者。では、我らは、悪か? 公武合体のならなかった今となっては、幕府の御恩に報いるには・・・・やはり、伊東の言うとおりにするのが上策か・・・・
しゃくだが。



 私は、伊東の病室へと出向いて行った。はらは決まった。

 「おや、土方はん。よう、お見えですな」

 「ふん、伊東、お前の考える維新に乗ってやるぞ」

 「それは、また、おおきに」

 「だが、お前が士道に背きし時は、お前を斬る!」

 「ふっ、上等や、今度は痛くせんといてや」

 「ふん」




 かくして、私は新たに伊東を真の友とし、敢えて目を逸らしていた現実に目を向けた。元々新選組を束ねていた私は、世のため、人のため、そして将軍家の恩顧にこたえるため、全力を持って我が道を歩み始めた。
 人望の近藤、知略の伊東、そして修羅の土方。この3人が結束すれば不可能はない。こうして、新選組は、キンノーでも佐幕でもない第三勢力へと大きく様変わりした。そうとも、新しい世は、我ら新選組が作るのだ!

<終幕>


(おまけ)
【土方】維新は良いとして、このうさ耳は、何だ?
【伊東】バニーや、うちは、日本一のバニーになるのが夢やったんや!
【近藤】わーい、うさぎさんだぁ。
【土方】何か、間違ってるような気がするのだが・・・・。


(おまけ・その2)
【近藤】あー、島田くんがあたしの悪口を言ってるー。
【土方】黙れ、昼行灯。島田は私のだ。
【近藤】返して、島田くんを返して!
【土方】だから、島田は元々私の物なのだ。
【近藤】うそよ、うそ、島田くんは悪い女に騙されてるだけなの。
【土方】ほう、悪い女とは誰の事かな?
【近藤】決まってるじゃない!

二人の間に火花が飛び散る!

【伊東】それは、もちろん、うちのことや。島田はんはうちがもろうた!Let’s高台寺や!
【近藤&土方】 待て〜!


<あとがき>

 ゆーこさんEXの第4幕で、伊東を斬ってしまったので、今回かっこよくしてみました。


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