行殺（はぁと）新選組りふれっしゅ
『京の蒼龍』
「島田、さっさと歩きなさいよ」 屯所近くの小道で沙乃が同道の島田に声を掛ける。
「そんなこと言ったってなあ」
ふうふう言いながら千両箱を
今日の押し借りでは、なんとパーフェクトを連続で達成！ 店主が嫌がらせのように重い千両箱を差し出して来たのだが、怪力島田はそんな物はものともせず、背中に担いで来たのだった。
「まあ、島田にしては、よくやった方だわ。見直した」
ちょっと顔を赤らめながら沙乃が島田を褒める。
「何を言う！ 沙乃の方が答えてたじゃないか！ さすが原田先生は大人ですよ」
「な、なんて事を言うのよ！ 島田がパーフェクトを出したんじゃないの！」
「後ろで沙乃が教えてくれたからだろ？ ×××な事とか。よく知ってるよな」
「ななな！ し、島田ぁ〜」
なぜに２人が揉めてるかというと、今日押し借りに行ったのは、囲炉裏屋だからである。
クイズのジャンルはエロクイズ。そこでパーフェクトを連チャンで出したからといって威張れるものではない。
そうこうしているうちに屯所に到着した。
「ああ、重かった」
「これでしばらくは白いご飯が食べられるわね」
「これも原田先生のお陰です」
「ま、まだ言うかあ〜」
「×××な事とか」
「きーっ」
こうして２人がいつものように、騒ぎながら玄関に入ると、副長助勤の藤堂平が通りかかった。
彼女は主に屯所で料理の担当である。
「二人の夫婦漫才はいつ聞いても面白いねえ」
「め、めおと・・・って、へー、何て事をいうのよ！」 顔を真っ赤にして藤堂に詰め寄る沙乃。
「あはは。だって２人は公認の仲じゃないの」
「そりゃー、そうだな。俺も幼女しか愛せない〇〇野郎と散々からかわれたしなー」
「よ、幼女ってのは、何よ！」 島田の答えに憮然とする沙乃。
「大丈夫。沙乃が大人なのは俺がちゃんと知ってる」 真顔で答える島田。
「ば、ばかばかばかばか〜」 沙乃の顔がボンッと真っ赤になる。
「あはは。いつもお熱いねえ。 ところで２人にお客さんが来てるよ」
「客？」
「誰だろう？」
「やっほー。島田くん。沙乃ちゃん、来たっちゃ」
長い黒髪をヘアバンドでまとめた色白の美女だ。
「河井さん！」
そう、彼女の名前は河井継美。神童と言われた程の才女で、江戸・横浜・長崎と遊学して学問を修め、
また馬術・槍術・砲術などにも長けたスーパー・レディである。越後長岡藩の上席家老として財務の立て直しをおこない、更に軍制改革を行い長岡藩をして、越後最強に鳴らしめた人物である。
また自ら最新鋭のガトリング砲を駆り、官軍を蹴散らした事から『ガトリンガー河井』の異名を持つ。
北越戦争において島田・沙乃と一緒に戦った仲だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ、何で河井さんがこの時代にいるのよ！」
「別にうちが居たっておかしくないちゃ。この時代にもうちは居るちゃ」
「なるほど！ 確かに俺たちが越後で会った河井さんよりも若い！」
島田が、納得したように、ぽんと手を打つが、直後に河井から殴られ壁際まで吹っ飛ばされた。
「ぐはっ」
「若いとは、何事ちゃあ！ うちは十分若いちゃ！」
だから若いと言ってるんだから島田は正しいような・・・・。
「で、でもこの時代の河井さんが沙乃たちに何の用なの？」
「新選組に協力しに来っちゃ」
「協力？」
「そうだっちゃ。土佐の田舎者どもが官軍になる前に叩き潰すちゃ！」
「ちょ、ちょっと待ってよ。叩き潰すって・・・・」
「うちには、これがあるっちゃあ！」
そう言って河井は背後の塊に掛けられた布をめくった。台車に乗った六銃身のガトリング砲だ。
「が、ガトリング砲！ どうやってこんなものを！」
「これで土佐の田舎者どもを粉砕するちゃ！」
「つーか、そんなもんを座敷に上げないで下さいよ」
島田が冷静に常識的な意見を述べるが、この状況で冷静なのは非常識だ。
「つい驚かしたくて・・・・すまんちゃ」 ペロッと舌を出して謝る河井。
「そーんな鉄パイプのおもちゃで、このアタシのカモちゃん砲と張り合おうっての？」
突然、外から声が聞こえて来た。島田が障子を開けると、そこには８８ミリカモちゃん砲を従えた芹沢が悠然と立っていた。
「そんな旧式の大砲では、うちのガトリング砲の相手にはならんちゃ！」
「旧式とはご挨拶ねえ？ カモちゃん砲の威力、味わって見る？」
「わー、カモちゃんさん、屯所で大砲を射ったら切腹ですよ！」
「河井さんもガトリング砲を向けないで下さい」 島田と沙乃が慌てて２人を止める。
「ふふん、勝負するまでもなく、うちの勝ちだっちゃ」
「なんですって」 せせら笑う河井に芹沢がいきり立つが、
「このガトリング砲は何と、１門５千両もするちゃ！」
「５千両・・・・・」 皆の目が丸くなる。
「えーとＣｌｕｂ高台寺が１０両ぽっきりだから、何と５００回も遊べる！」 と島田。
「どういうたとえなのよ。あ、でもそれだけあれば・・・うふふ」 何を想像したのか沙乃の顔もにやける。
「祇園を貸し切って・・・・ぶつぶつ」 と芹沢。
それぞれ空想の世界に浸る３人。
「頭が高い！」
「へへー」 つい５千両という金額に頭を下げてしまう３人。基本的に新選組は貧乏集団なのである。
「で、この大砲の姉ちゃんは誰ちゃ？」
「カモミール・芹沢局長ですよ」 答える島田。
「くっ、確かに５千両はすごいけど、砲の性能は金額で決まる訳じゃないわ！ 勝負よ！」
「だから、意味不明な勝負を始めないで下さい」
「受けて立つちゃあ。これから高瀬川の土佐藩邸を焼き打ちに行くちゃ！
どっちが多くの土佐っぽをやっつけるか勝負だっちゃ」
「その勝負乗った！」
こうして、島田と沙乃が止めるのも聞かず、２人は意気揚々とそれぞれ自慢の砲を従えて出撃したのだった。
２人が陣取ったのは八坂神社の門前である。ここから土佐藩邸まで直線で約６００ｍ。高低差ではちょうど土佐藩邸を見下ろす高さにあり、絶好の砲撃ポジションだ。更に八坂神社と土佐藩邸の間には祇園を挟んでいるので、反撃されるまでの時間も稼げる。
「カモちゃん砲発射ぁ！」
まず最初に撃ち始めたのは芹沢だった。祇園の屋根を飛び越え８８ミリ砲弾が次々と高瀬川沿いの建物に命中する。どうやら土佐藩邸以外の建物にも命中しているらしい。徐々に火の手が上がり出した。
「どーよ、この破壊力！ やっぱりカモちゃん砲よね」
「なんの、まだまだ」
どーん、どーん、どーん。
カモちゃん砲がタイマー装置で次々と発射する。そして事態に気付いた土佐藩士が射撃地点目がけて殺到し始めるのに数分の時間がかかった。彼らは八坂神社からの砲撃と見て、狭い四条通りを通って八坂神社目がけて殺到してくる。
「えーと、水平発射にして、遅延信管の調整を・・・・」
「うちにまかせるちゃあ！」
河井が叫んだ直後、ガトリング砲が火を吹いた。６本の銃身が回転して１分間に２００発の猛烈な射撃を浴びせる。土佐藩士達は何にやられたか分からないまま、バタバタとその場に倒れる。
「すごーい」
「これぞ、ガトリング砲の威力だっちゃ」
せっせと手回しクランクを回しながら芹沢に答える。この時代のガトリング砲は、まだ手動なのである。
芹沢が砲撃、河井が射撃を続けながら２人は気付いていた。遠距離砲撃の大砲と近接防御のガトリング砲が組めば、まさに無敵であることに。
「なに！ 芹沢さんが土佐藩邸の攻撃に向かっただと」
屯所で島田・原田コンビから報告を受けた土方歳江は頭を抱えた。
「なぜ、止めん！」
「いちおー、止めたんですけどね」 と島田。
「河井さんは土佐に恨みを持ってるから・・・・」 と沙乃。２人とも歯切れが悪い。
「河井とは何者だ！」
「えーと、越後長岡藩の家老なんですけど」
「そんな奴がなんでうちの芹沢さんと土佐藩の襲撃に向かうんだ！」
「カモちゃん砲とガトリング砲のどっちが上か勝負すると言って、で屯所で撃ち合うよりはましかなー
と思って」
「な、何を考えてるんだ？」
「申し上げます」 監察方の山崎だ。
「どうした！」
「土佐藩邸が壊滅しました。京詰めの土佐藩士も全滅した模様です」
「何だと！ それで芹沢さんは！」
「『おもしろいからこのまま長州もやっつけてやるー』と言って２人で北上しています」
「芹沢さんらしいね。島田」
「ああ、そうだな」
「ああっ！ どうして２人ともそんなに落ち着いてられるんだ！」
「土方さん」
「何だ？」
「怒るとシワが増えますよ」
バキッ。島田を殴り倒す土方。
「余計なお世話だ！！」
「報告します」 今度は同じ監察方の吉村である。
「今度は何だ！」
「長州藩邸が壊滅しました」
「早すぎはしないか？」
実は土佐藩邸と長州藩邸は近所である。京の町は狭いのだ。それにしてもこの短時間で土佐藩に引き続き長州藩までも壊滅せしめたのはやはり、カモちゃん砲とガトリング砲のコンビネーションの威力である。
「で、２人はどうした」
「はっ、さらに北上して金戒光明寺に補給に向かいました」
「ああああ。私は、どうしたらいいのだ？」
あまりの事態の急展開にさすがの土方もついて行けず、パニック状態になってしまう。
土方のこういう性格は、池田屋事件の時も遺憾なく発揮され、四国屋から目と鼻の先にある池田屋の援軍に向かうのに無駄に時間を食ったというエピソードがある。
「トシちゃん。戦闘準備だよ」 戦闘服を着込んだ近藤が土方の部屋の戸口から顔を覗かせる。
「近藤！」
こういう時の近藤勇子の行動と決断は素早い。さすがに一軍の将だ。
「すぐに会津様から出撃の要請が来るよ。今のうちに
「分かった。私にまかせろ」
「副長助勤は私の元に集合。伍長は隊士を集めろ、武器庫を開け、手槍と鎖帷子を配れ。
賄い方にも連絡、握り飯の準備だ」
こうなると土方もてきぱきと動き出す。こうして芹沢と河井の勝負は思わぬ方向に動き始めた。
さて土佐藩邸と長州藩邸を壊滅させた芹沢・河井コンビはそのまま神宮道を北上、平安神宮でお参りしてから会津藩の本陣の置かれている黒谷の金戒光明寺へと補給に向かった。さすがに全弾撃ち尽くしたし、おなかもすいたからだ。黒谷では、下にも置かぬもてなしを受けた。芹沢と京都守護職の松平けーこちゃん様とはダチだし、河井とけーこちゃん様も友達だからである。しかも憎き土佐・長州の２藩を打ち破っての凱旋である。
「芹沢もなかなかやるじゃん」
３人で善を並べて食事にしながら松平けーこちゃんが２人に話しかける。
「やー、継美ちゃんのガトリング砲の援護あったればこそだねー。大砲は近づかれるとアウトだから。
あれはすごいねー」
「近づく敵兵は、うちのガトリング砲の餌食だっちゃ。だてに５千両もしてないちゃ」
「で、これからどうすんの？」
「そうねえ。ご飯を食べたら今度は島津もやっちゃおうか？」
「薩摩の焼き芋にするちゃあ！」
「よし、じゃあ、今度はうちからも兵を出そう」
「２人で十分ちゃよ。カモちゃん砲とガトリング砲があれば恐るるに足りんちゃ」
「えー、あたしら奥羽列藩同盟を張った仲じゃん」
「けーこちゃんには京都守護職の仕事があるちゃ。あとはまかせるちゃ」
「えー、一番面白そうな所なのにー」
こうして補給のなった芹沢・河井コンビは、同じ手口で薩摩藩邸を襲撃、これを全滅させる事に成功する。
かくして京の町からキンノーの親玉が一掃されたのだった。
怒ったのは土佐・長州・薩摩の国元である。これは何事かと、幕府に詰め寄ったが、腐敗した能無しの役人の集合体に過ぎない幕府は右往左往するばかり、そして事態はさらに思わぬ方向へと進んだ。幕府に事態を叱責された松平けーこちゃん様が京都守護職を辞し、会津藩をして薩長土に宣戦布告したのだ！時を同じくしてけーこちゃん様の昔の族仲間が一斉に立ち上がった。昔は常磐道や奥州街道でつるんで暴走していた仲間たちが、今ではそれぞれの藩の重鎮になっているため、奥羽列藩同盟が再結成され同じく薩長土に宣戦布告。幕府海軍の榎本武揚も函館の雪辱を果たさんと、最強の艦隊を率いて海上からこれを援護。幕府は仲裁に奔走したが、彼らは日和見な朝廷より錦旗を賜り、晴れて官軍となり逆賊薩長土を討つべし、と意気も高く西へ進撃。ついに、薩長土の各藩は全面降伏に至る。これは彼らが京都で軍首脳を一気に失った事と、奥羽列藩同盟及び榎本艦隊の士気が異様に高かったためである。
ちなみに我らが新選組は常に会津藩の先頭に立ち、誠の旗を掲げて戦場を縦横無尽に駆け巡り、その阿修羅のごとき働きで敵から恐れられた。
日本の夜明けは会津藩、もっと突き詰めれば、１門のガトリング砲によってなされたのである。
元治元年６月５日、その時、新たな歴史が動いたのである。
（あとがき）
うーん、うーん。近衛様の作られた河井継美の活躍する話を書こうとしただけなのに、なぜか無茶苦茶な作品になってしまった。土方さんじゃないが、私が頭を抱えたい。