偽・行殺(はぁと)新選組ふれっしゅ番外編
デザートクエスト101225 さんたいいち
この作品は『行殺』の世界で発生したかもしれないし、発生しなかったかもしれない些細な事件・任務・冒険の顛末について語るという、妙なコンセプトで作られたものだ。
食後のデザートを食するような感じで読むのがいい。だからDessertQuestシリーズと呼ぶ事にする。(登場人物たちの知能に劣化が見られるかもしれないが、気にしないでいただきたい)
クリスマス。人が増え、人が減った新選組にも訪れる、冬の騒がしい日。
「みな、浮かれおって。こういう日こそ気を引き締めて巡回に当たらねばならぬ」
仏頂面の土方だが、その土方すら少しそわそわしながら出かけていった。
「ウチも、たまには働いてみせんと・・・」
伊東甲子もまた、出かけていった。
隊士たちが好き勝手に出て行った屯所・・・を襲わんとする?男がいた。
「完璧ぜよ・・・」
赤い帽子、赤い服、黒い手袋。
「変装は、完璧ぜよ」
黒い足袋、白い髭、白い大きな袋。
「我ながら、天才すぎて自分が怖くなるきに(ずりっ)」
サンタに扮したつもりらしい、お馴染みサカモトの登場である。妙にサイズがでかい帽子がずり落ちて、前が見えなくなりそうなのを、その都度手で戻している。
「今日ばかりはこの格好しとれば、だあれも怪しんだりせん筈・・・完璧ぜよ(ずりっ)」
帽子の位置を戻しながらサカモトが抜き足、差し足、忍び足で屯所の廊下を・・・。
「ひゃっ」
曲がろうとして誰かとぶつかりそうになった。スタイル抜群の美女だ。
「ひぃ・・・! ひ、ひ、人さらい!?」
姉から留守番を命じられた、鈴木美樹だった。蒼白な顔でサカモトを見ている。
「ち、ち、血まみれ。帽子から服から、全身返り血浴びた人さらいが侵入・・・」
今にも刀を抜きそうな鈴木に、サカモトは赤い帽子を元の位置に戻しながら言い訳を試みた。
「待て待て、ちょっと待て。(ずりっ)血まみれの服、違う。血と同じ色しとるだけ。わしは、見ての通り怪しい者じゃないきに。ただのサンタさんぜよ」
「怪しい者じゃないって言ってる時点で充分怪しい。サンタ?・・・外国からの侵入者か! 留守を任された身としても、見逃すわけにはいかない。血まみれなら悪人に決まっている!」
刀を抜いた鈴木にサカモトは、なおも帽子の位置を戻しつつ言葉をかける。
「この血は(ずりっ)
気づいたらこんな事を口走っていたサカモト。サンタイイチって何だよと自分で呆れつつも、仕方ないので思いつくまま話を続けた。
「外国からの侵入者などではないき。れっきとしたニッポンジン。おまんは、しっかり留守番しとって実にエライ。だからプレゼ、いや贈り物をあげようと思って、こうしてやってきたんじゃ」
外国からの、と思うや否や抜刀した事からしてこの女は重度の外国嫌いだと、サカモトはそう判断した。ゆえに、言葉には重々気をつけねばなるまい。
「ニッポンジン・・・国産?」
「さよう国産じゃ。それはともかくとして、おまんは実に偉い」
「偉い・・・って、私は普通に留守番をしてるだけで」
最後まで言わせずサカモトは押した。相変わらず帽子に触りながら、だが。
「いやいや最近は『当たり前』というのをやれる人間も少なくなったのじゃ。(ずりっ)嘆かわしい事よ。ま、そんな訳でな、わしからの贈り物、おいしいお菓子じゃ」
ちょっぴり、どこぞの御老公のような口調になりつつも、サカモトは袋からお菓子を出して鈴木に渡した。ちなみに袋の中身についてはサカモトは完全に部下任せだった。
「わあ・・・ありがとう、さんたさん」←(お菓子大好き?)
「えっ?」
キラキラした瞳の、嬉しそうな鈴木を見てサカモトは少し驚いた。
“こうまで信じるとは思わんかった。なんか調子狂うぜよ”
実際サカモトは、新選組の屯所に侵入して何をするかは考えてなかったのだ。強いて言えば、侵入する事自体が目的だった。そこらに落書きでもして帰るか、程度だ。
“この帽子が面倒くさい事もあるし・・・悪戯はよしとくか”
帽子に触れながらサカモトは考えた。
「(ずりっ)わしはもう行く。国中の恵まれない子供たちがプレ、贈り物を待っておるからのー」
言い置いて、脱兎のごとくサカモトは屯所を去った。後にはお菓子を持つ鈴木が残された。
「あれ? 早かったッスね」
屯所の近くに配置していた部下が、声をかけてきた。
「ん、ああ。変わったオナゴがいて、調子狂ったんでな(ずりっ)」
「変わった・・・って、敵の一味には変わりないと思うんスけど。で、戦果の方は?」
「えっ、(ずりっ)・・・菓子やって帰ってきてしもうたぜよ。おい、何が減ってるか見ろ」
部下が相手だと高圧的に出られるサカモト。部下は言われたとおり、中身を確認する。
「どうや、何がなくなっとる? わしはあのオナゴに何をやったんじゃ?」
「・・・ウイスキーボンボンです」
「そっか(ずりっ)に、しても格好だけやのうて口調までジジイじみてくるとはのー」
いい加減ずりずりと面倒この上ない帽子がいやで、サカモトはもう帰る事にした。
さて。巡回中の島田、となぜか一緒の伊東。
「どっちを向いてもカップルだらけだ」
島田の言葉通り、町はイチャつく男女で溢れていた。
「ウチがおるやないの」
冗談とも本気ともとれる声で、伊東がそう反応する。
「こういう光景は、独り身には毒だな」
「ウチがおるやないの。ウチじゃ、不満?」
伊東がまた言って、島田に身体を寄せてきた。
“斎藤がこんな言ってくるのは慣れたけど、伊東さんは・・・”
島田は、自分がモテるとは思っていない。だからこの伊東の言動を怪しむ気持ちで一杯だった。だからと言って彼女ほどの美人にそう囁かれ、顔がニヤケてしまうのは仕方ない事だった。
「いや、あの伊東さん」
言いかけた島田だが、前の方で騒ぎが起こっているのに気づいて表情を引き締めた。
「伊東さん、事件です」
「そのようやね」
伊東も瞬時に真剣な表情になった。二人は足早に現場に向かう。
「誰だ、こんな聖なる日に暴れているのは」
到着してみると、そこにはいつか見たような光景が。青い髪の色っぽいチャイナ姿の・・・。
「何が『くりすます』だよ! 『苦しみます』と語感が似ていて紛らわしいんだよ! 日ノ本の国にそんなモン、必要ねーんだよ!」
鈴木さんだった。今回もお菓子屋さんに壊滅的な被害が出ている。
「普段おしとやかで巨乳美人さんなのに。何故、酔うとあんなに豹変してしまうのか」
島田はこうつぶやいて、伊東を見た。伊東は大げさにため息をついた。
「こういう事にならんように、あの子には留守番を頼んでおいたんやけど」
また酔っぱらってるやなんて・・・伊東はそう言って、島田にすり寄ってきた。
「島田はん、ウチを助けてや。このままやったらまた」
「え? いや、しかし」
以前、こてんぱんにされた事もあってか。島田の足は動こうとしなかった。
「心では前に行こうとしても、身体が拒否ってる感じで」
「ウチのお願い、聞いてくれへんの?」
「いや、そうではなくて・・・つまり俺が言わんとしているのは」
そうこうしていると、野次馬では決してない人間が二人増えた。
「何事だ。祭りだからとて、騒ぐにも限度があろう」
「あれ、島田に伊東さん。珍しい組み合わせだね」
土方と斎藤だった。その土方だが、暴れている人間を一目見るや、こう言い放った。
「またおまえのいもうとか」
「そんな言い方せんかて・・・傷つくわぁウチ」
「棒立ちしていながらその物言い、ある意味感心している」
「ウチのつらい心の内を酌んでくれへんやなんて、副長はん冷たいお人なんやなぁ」
土方と伊東がそんな感じになっている間も、鈴木さんの大暴れは続いていた。
「ようがし? どこの里の訛りだよ! 日ノ本の国にそんなモン必要ねーんだよ!」
「言ってることがわからん。方言はこの国固有の文化だと思うんだが」
「日ノ本の国に・・・というのが鈴木さんの口癖みたいだね」
「妹は、ウチらの中で一番の愛国心の持ち主なんや」
「自慢になるか。それより速やかに事態を収拾せねば、隊の評判は地に落ちる」
土方は険しい顔で、鈴木さんを見た。目がちらりと伊東に向く。
「虎を仕留めるような物だと、言っていたな?」
「・・・」
伊東は無言でうなずいた。
「だったら虎にも勝て・・・あっだめだ」
島田は思い出した。今日は黒谷で宴が催されていて、近藤局長と助勤の沖田が招かれていた事を。
「そう、二人ともいない・・・。黒谷でごちそうが出るのは確かだ。近藤は当然として、身体の弱い沖田を思って近藤に随行させたのだが、な」
いない人間の事を考えても始まらない。土方は島田と斎藤に目を向けた。現在戦えるメンバーでこの状況を打開するにはどうしたらいいのか。
「こう、俺がパンパンと手を叩いたら助っ人が来ないかな」
そう言って手をパンパンした島田、に苦笑している斎藤。不安すぎる。
「こんな町、嫌いだー!」
叫んで、ある店の柱に蹴りをかまそうとした鈴木さんの凶行を・・・。
「アタイは好きだー!」
永倉アラタが阻止した。蹴りと蹴りがぶつかり合って、お互いが跳ね飛ばされる。
「今日は祭りだ! 祭りは楽しい! 楽しいのは好きだ! それを壊すのは許せねえ!」
「赤くて、手強いやつ・・・敵だな?」
「違ーう! けど、見境なく暴れるヤツには我慢ならねー!」
「お、俺の召喚に応じて永倉キター!?」
「島田、静かにしろ。永倉、おまえが言うか・・・」
呆れつつも土方は考えた。この状況、酔闘拳モードの鈴木に太刀打ちできそうなのは永倉くらいだろう。それを止めるのは得策ではない。そこで、
「斎藤」
働いてくれそうな隊士に声をかけた。
「はい」
「二人から目を逸らすな。絶妙の一瞬を狙って牙突だ。全身全霊で打て」
「え? で、でも」
「わかっている」
土方は近くで騒ぎを見ていた町人に話しかけた。
「そこのオヤジ。その、手に持っている物を借りたい」
「へ?・・・ええ、ええ、ようがす」
土方はそれを斎藤に渡した。
「これを使え」
「え、あ、はい」
「酔った勢いで物を壊したら駄目だって、わかれー!」
「そんな動きで!」
二人の熱い戦いが始まった。拳と拳、蹴りと蹴りが互角にぶつかり合う。素手のしかも仲間を相手に武器を使うのは
“へえ、永倉はん意外とやるやないの”
伊東は冷静にその様子を観察していた。
“頭はからきしやと思っとったけど・・・或いは本能で対応しとるんやろか?”
どちらにせよ、近い将来こいつも障害になり得ると、そう思った。
よく見ると、お互い結構攻撃がヒットしていた。にもかかわらず戦いは続いている。
「永倉はアドレ・・・なんとかが出てて、あまり感じないのかな」
途中をうまくぼかして、島田が感想を述べた。
「美樹の方は、酔いであまり痛くないってところやろなぁ、けど」
この状態長くは続かへん、と伊東は思った。ちらと斎藤に目を走らせた。
「あっ!」
斎藤の叫びに、伊東が目を戻すと。
「酔闘拳モード、恐るべしだな」
土方の言葉通り、先に体勢を崩したのは永倉だった。
「隙あり!」
鈴木さんの攻撃! しかし、
「なんの!」
繰り出された拳を、永倉は同じく拳で受けた。右も、左も。
「・・・!」
お互い、一瞬動きが止まった。そして同じ行動に出た。
ガツガツン!
頭突きと頭突きが真っ向からぶつかり合った。
「どっちが勝ったん・・・」
島田がそう言おうとした時には、
「うーん、やられたー」
永倉がそう言って、コテンと地面に腰を落とした。鈴木さんもかなり痛そうな顔で止まっている。
「なが・・・いや、今が絶好のチャンスじゃ?」
そう言って斎藤を見る島田だったが、当の斎藤は微動だにしない。
“え?”
島田がそう思っているうちに鈴木さんの表情が元に戻った。永倉に目を向けた。
「うちの勝ちや」
鈴木さんの蹴りが、とどめとばかりに永倉に放たれる・・・
「ここだ! 溝口一刀流奥義・牙突!」
竹箒なのがシュールだが、斎藤が羽織をはためかせて猛然と鈴木さんに突進していた。ちなみに、島田と伊東にはもう一人の動きもしっかりと見えていた。
箒の先端が唸りをあげて、鈴木さんを襲う!
ビシィッ!
手応えはあった。しかし斎藤が目にしたのは、腕を交差させて箒をガードした鈴木さんだった。
“何っ!?”
斎藤は戦慄した。鈴木さんの意識と身体が永倉に向いた、その絶妙の一瞬を狙った。卑怯だと言われれば確かに卑怯だが、新選組の戦いは必勝を要求される。その意味で、普通なら仕留めている筈だった。
“しかし、この人の反応速度は”
「く・・・やってくれたわね」
苦痛に顔を歪めながらも、鈴木さんは不敵に笑って見せた。牙突を受けた瞬間は片足状態だった、にもかかわらず姿勢は少しも崩れていない。
“やられる”
斎藤はそう思った。だが、次の声は前ではなく横から来た。
「ああ、やってやるぞ・・・斎藤、手を離せ」
ぎょっとなって斎藤が見ると、
「さすが土方はん、ずるいわ。斎藤はんの真後ろから、斎藤はんにも美樹にもわからんようにして」
間合いを詰めた土方がそっと右手で箒を手にしていた。腰を落とし、真っ直ぐに相手を突いた。
「零距離・片手平突き!」
鈴木さんの身体が吹っ飛んだ。そのまま後方の塀に激突して動かなくなった。塀は壊れた。
「三対一で全員が達人、しかも至近距離からもう一撃とは・・・いくら美樹かて無理やわ」
「牙突、の連続攻撃? 最後に美味しいとこを持っていった。汚い、さすが副長やり方が汚い」
小声でそう感想をもらした島田だったが、当人には聞こえていたらしい。
「汚いのではない。合理的と言ってもらおう。これにて一件落着」
何故か周囲の見物人たちから喝采が起こる中、土方は堂々と言ってのけた。
“一件しか、落着してはおらんがな”
土方は思った。留守を命じられた屯所に詰めていた鈴木が、どのような経緯で酔闘拳モードになったかをしっかりと調査しなくてはならない。あと、棒立ちのうえ暴言を吐いた者たちの処遇も決めねば。
“永倉はんの戦闘センス。斎藤はんの洞察力。障害になるんは確実や”
伊東も思った。彼らを敵に回すのは危険だ。当然ながら懐柔の道も視野に入れておかねばならない。その意味では美樹には感謝しなくては。彼女のおかげで労せず危険因子をあぶり出せたのだから。
その夜。近藤・沖田の二人がたくさんの『ごちそう』をお土産をもらって帰ってきた。棒立ちの島田と伊東、そして暴れた鈴木の三人がそれにありつけなかった事は言うまでもない。
<後書きモドキ>やっぱりクリスマスとか、あまり関係ありません・・・間者編4は、もうしばらくお待ちください。(誰も待っていないかもしれませんが)