偽・行殺(はぁと)新選組ふれっしゅ番外編
デザートクエスト0702xx 暴れるカモしれん
この作品は『行殺』の世界で発生したかもしれないし、発生しなかったかもしれない些細な事件・任務・冒険の顛末について語るという、妙なコンセプトで作られたものだ。
食後のデザートを食するような感じで読むのがいい。だからDessertQuestシリーズと呼ぶ事にする。(だが、今回も果たして些細な事件なのかどうか・・・)
黒谷。新選組の幹部たちが、定期的に報告に来るところ。今日(2月の13日)訪れたのは・・・。
「島田。もっと背筋をのばしてしっかり歩け。みっともない」
「何で俺なんですか? 俺、今日と明日は町中を駆け回るつもりだったんスけど・・・巡回で」
「チョコをせびって回るつもりだったのだろうが。どうせ義理だろうに何をそんなに熱くなる?」
「いや、男にとって義理とか本命とかいう以前に、もらうことに意義があるんですよ! 当然、いくつもらえたかも重要です。場合によっては1個の本命より10個の義理の方が価値がある場合も・・・」
「・・・私には理解できん。が、もっと理解できないのは、何故芹沢さんがいるのかと言うことだ」
「あらぁ? アタシとけーこちゃんはダチなのよ。来て何が悪いってーの?」
「ちょ、ちょっと、カモちゃんさんも土方さんもやめてくださいよ、みっともない」
この三人であった。芹沢が強く主張したせいで、案内の者もいない。
「勝手知ったる・・・って感じだもん。けーこちゃんのとこ行くのに、そんなのいらないわよ」
けーこちゃん様の部屋へ向かう途中、一人の会津藩士と会った。
「おや、これはお珍しや」
彼はそう言って、足早に近寄ってきた。芹沢が真っ先に声を返す。
「やっほー、秋月クンじゃない」
彼の名は秋月悌次郎。一言で説明すると、会津藩の秀才である。以上、説明終わり。
「芹沢どの。土方どの。ご壮健そうでなにより・・・ついでに島田どのも」
「ちょ、ちょっと俺ってついで・・・「静かにしろ、みっともない」」
島田の言葉は土方によって遮られた。土方は島田には目を向けずに秋月の言葉を待つ。彼が、ただ挨拶に来たのではない事は確かだ。そんな人間ではない事はわかっている。
「いえ、そんな大した話があったわけではないのですが・・・」
秋月はそう前置きし、辺りを少し窺ってから話を始めた。
「先日、私が三本木の茶屋に遊びに行った時の話なのです」
三本木は、鴨川に接した遊郭街である。会津藩士や薩摩藩士などが時折ここを訪れる。御所の近くだ。
「三本木? 秋月さんも好きですねえ「静かにしろと言ったはずだ」」
島田の言葉はまたもや土方によって遮られる。島田はしゅんとなった。
「秋月くん、三本木で何かあったの?」
芹沢が、身を乗り出すように・・・というか、胸を突き出すように秋月に迫っていた。
「・・・あの、そんな、私は・・・困ります」
秋月は芹沢の胸元から目をそらして、深呼吸する。二、三度そうしてから話を続けた。
「ちょうどそこで、水口藩の若侍数人が盛りあがっていました。そうして上った話題がお手前方、新選組の事だったのです。私は聞き耳を立ててみることにしました」
秋月の話によると、酒の席で女の好みについての議論となり、芹沢や近藤、沖田や藤堂の名が上がったらしい。しかもその物言いがかなり下品で聞くに堪えない内容だったとか。
「どうやら彼らは、間近に迫ったバレンタインにチョコをいくつもらえるかで競い合っているようでした。来年こそチョコをなどの声も出ていましたし、この時期だけでもいいのであなた方とつきあえたらチョコもらえるかも、そりゃラッキーじゃんとか、もらえなかったヤツは罰ゲーム決定な、とか。いやはや」
「・・・ふむ。察するにそやつらにとって女とはチョコをくれるための存在、という事だな」
かなり侮蔑的な声で土方がそう決めつけた。その傍らで身体をふるふるさせているのは芹沢だ。
「ムカつくわね。女の子を何だと思ってんの? 歳江ちゃん、水口藩の屋敷に殴り込みしていい?」
「馬鹿な真似はよしてもらいたい」
「カモちゃんさん、駄目ですよ!」
「だーってぇ、そいつら完璧に女の子をなめてるわ! 今だけつきあえたら、ってつまり単にチョコ欲しいだけじゃんよ。しかも何個もらえるか競ってるなんて、しょーもない連中!」
「・・・うう、何か耳が痛い」
しおれていく島田には気づかず、芹沢は足音を立てて廊下を引き返していく。
「芹沢さん! 馬鹿な真似はするな!」
「・・・俺も、しょーもないのかな・・・」
土方の制止の言葉に芹沢は耳を貸さない。と、柔らかな口調で秋月がこう声をかけた。
「過ちて改めざる、それを過ちという。この言葉をじっくり考えてみてください」
芹沢の足が止まった。秋月はその場に立ち止まったままで言葉を続けた。
「酒の席での戯れ言でしょう。ですから、まずはお話をされてみては如何です? その上で相手に非があれば、その時にこそ実力を行使すればよいのです」
「・・・・・」
芹沢はちょっと止まったまま考えているようだったが、また歩き出した。
「おやおや行ってしまいましたか。私のせいでいらぬ波風を立ててしまったようですね」
「秋月どの。止めたのか、焚きつけたのか、わからないのですが」
土方が力無く言った。この男はいつもそうなのだ。つかみ所がないというか、変わってるというか・・・どこか慇懃無礼なところがあるのだ。だがどうやら、芹沢が即暴れ込むのは阻止してくれたようだ。
“慇懃無礼か。そういうところは山南に似ている気がするな”
「では、私もこれにて失礼」
終始穏やかな口調で、秋月も行ってしまった。土方は立ったまま考えを巡らす。
「ぶつぶつ・・・俺って女の子をなめてるのか?」
島田はまだ、自分の世界に入っている。土方は無性にそれが苛ついたので、
「さっきからブツブツブツブツと・・・うちもその罰ゲームとやらを取り入れてみるとしよう」
この発言はまあ、そう深い意味あってのものではなく、単にバレンタインで(さっきまで)テンションの高かった島田に対する当てつけのようなものだったが。
「帰ったら早速、隊内に通達だ。バレンタインデーとやらにチョコを一個ももらえなかった者は・・・よし決めた。私の『机』になってもらおう。いいな、島田(ぽん)」
島田の肩に手をおいてそう囁いた土方の顔には、悪の笑みがあった。島田はハッと我に返った。
「ええ!? 何ですかそれ!」
「このあいだ、芹沢さんが私の部屋で勝手に宴会をやってな。家具をメチャメチャにしてしまったのだ。経費で落とせるか考えていたのだが、新しいのが来るまで、『人間机』で代用しようと思う」
「えええ!? ふじかたさん、じゃなかった土方さん。何か変な漫画か小説でも読みました?」
「何の事だ? ふむ、そうとなると明日が待ち遠しい。明日の深夜には島田は私の人間机・・・いや人間椅子でもよいな。くっくっく」
「い、イヤダー。どっちもイヤダー」
島田が泣きそうな声を上げた時だった。突然二人の背後から声が上がった
「人間椅子、オッケェイ!」
「うわ!」
見ると、メガネに三つ編みの女の子・・・ではなく、ここの主の、松平けーこちゃん様だった。
「中将様、いつからそこに?」
「っていうかどっから湧いて出たんですか?」
土方は平伏しつつ聞いた。島田は言い終わって、土方から小突かれてあわてて平伏した。
「んー? ここはあたしんちよ。だったらいつ、どっから出て来てもいいじゃない」
確かにそれはそうなのだが、と土方は思った。それよりも問題は・・・。
「あの、どこからお話を聞いておいでだったのです?」
「ついさっきよ。正確には『島田。もっと背筋をのばしてしっかり歩け』からかな」
「最初からじゃねーか!」
思わずツッコミをいれた島田をこっそり土方が殴って
「秋月にも困ったもんね。酒の席での戯れ言って言っといて、逐一それを芹沢の耳に入れるなんてさー」
「・・・」
土方は無言で待つ。迂闊に、この方の話の腰を折ってはいけない。
「ま、芹沢は大丈夫。そこまでアホじゃないし。それより。さっきの人間椅子っていいじゃない」
「・・・そ、それは、あの」
土方はさすがに、消えてしまいたいと思った。『S』な発言だったので、人に聞かれるのは非常に恥ずかしい。しかも、よりにもよってけーこちゃん様に聞かれたとは。
「バレンタインにチョコレート、なんてありがちだし。罰ゲームとして『人間椅子』の刑は実にグッド! いや、いっそのこと『備品』がいい。それに決めちゃおう」
何か勝手に決めると、けーこちゃん様はさっさと歩き出した。
「ついといで。早速書面にしたためさせるから」
こうして、バレンタインの罰ゲーム『チョコ1個ももらえなかった者は土方ちゃん専用の備品となれ』が発動したのである!・・・あれ、二人とも芹沢さんの事忘れてないよね?
屯所に戻った土方と島田が見たのは、中庭で頬を膨らませている芹沢、とそれを観察している斎藤だ。
「芹沢さん? (ほっ、最悪の事態は避けられたか)斎藤、一体どういう状況だ?」
斎藤の話だと、当初は屯所に戻った芹沢はやっぱり『屋敷に行くったら行くぅ!』とゴネたらしい。暴れ込む事こそ思いとどまったものの、さすがに下品なネタにされては黙っていられなかったのだろう。自分が行って説教してくる気だったようだ。だが、井上源三郎にも制止されて結局は留守番となった。
「で、水口藩の屋敷に出向いたのはおやっさん、永倉、原田の三人か」
土方はひとまず胸をなで下ろした。永倉は少し心配だが原田が押さえてくれるだろう。そして温厚で知られる井上のおやっさんなら、うまく話をまとめてくれるに違いない。
待っている間に土方は先ほど黒谷で決まった罰ゲームについて、隊士たちに通達した。『チョコ1個ももらえなかった者は・・・』の内容には、当然不満の声がちらほら上がった。
「静粛に。一同、中将様の決定だ。従おうではないか」
山南が、不満を漏らす隊士たちを諭している。島田は暗い声でそんな山南に声をかけた。
「山南さんは余裕ですね。もらえる当てでもあるんですか?」
「僕は心配ない。本命をもらえる当てがある。それより島田君こそ、顔色が悪いようだが」
「・・・いえ別に」
「あきらめたらそこで全ては終わりだ。人事を尽くして天命を待つべきだよ」
「・・・確かにその通りだな。こうしちゃいられない!」
島田は早速、チョコをせびりに屯所を駆け回った。
台所。いや厨房というのか。藤堂平を発見した。
「(絶望的な声で)へー、チョコくれ。死んでしまう」
「え?」
藤堂は、死にそうな声の島田の目をじっと見て、首を横に振った。
「何だか飢えた野犬って感じだね。ちょっと怖いから、えーと、ごめんね」
永倉と沙乃は留守なので、沖田を探した。彼女の自室で発見したのでアタックしてみた。
「そーじ、チョコをくれ。死んでしまう」
沖田は、本当に死にそうな目で島田を見上げて答えた。
「代わりに、あたしに血ください。死んでしまう。げほっ!」
近藤さんなら、と淡い期待を胸に局長室へ向かった。
「あの、近藤さん。チョコをください。でないと俺、死んでしまうんです」
二回の失敗を教訓として、言い回しを丁寧にしてみた。
「ええっ! 死んじゃうの?」
近藤は青い顔をして固まった。もう一押しか、と思った島田の背後から、
「近藤。同情ならかえって島田を傷つける事になるぞ」
土方が現れた。悪の笑みを浮かべていた。
「ぎゃあ!」
「ぎゃあとは何だ、失敬な」
「トシちゃん。あたし・・・」
「哀れみは人を堕落させる。近藤、おまえは島田が堕落してもいいと言うのか?」
「ううん! 島田くんには、立派な武士になってほしい」
「ならば、下手な情けは不要だ。奴に今必要なのは、力強い励ましの言葉だ」
心理誘導?された近藤は力強い声で島田を応援した。
「島田くん、負けないで。あたし、信じてる!」
「・・・・・」
局長から信頼された島田は無言で局長室を後にした。
「あのー、カモちゃんさん」
さっきの今で話しかけにくいのだが、背に腹は代えられない。芹沢に話しかけてみた。
「えー? アタシさぁ、そういうのってあんま興味ないし。何もチョコじゃなくても、愛情表現なら」
言って、島田をぎゅうっと抱きしめてきた。心地よくて幸せは幸せだけど・・・。
「いつだって、してあげるわよぉ。こんなふうに」
「俺・・・いや、その・・・いいです」
さっきの事があったので、それ以上は言えずに島田は身体を離した。
そうこうしてるうちに、井上・永倉・原田の三人が帰ってきた。芹沢が真っ先に迎える。
「どーなった?」
「宴会してくれるって」
そう答えたのは永倉だった。
「アラタ、それじゃ話がわからないわよ! ちゃんと筋道立てて説明しないと」
原田が怒ったような声で(実際、彼女は怒っている事が多いような?)永倉をつついた。
「だってさー、『どーなった?』って聞かれたら、こう答えるのが筋じゃねーの?」
「儂から説明するべきかの?」
井上が髭を撫でつつ、永倉と原田の間に割って入った。
「・・・お願い」
いつになく真剣なまなざしで、芹沢は井上の言葉に耳を傾ける事にした。
「儂たちが来訪の次第を語ったところ、先方はひどく狼狽しての・・・」
かなり見苦しく、言い訳もしたらしい。しかし、永倉が一喝するや、その相手は悲鳴を上げて気を失ってしまった。困ったと思っていたところ、奥から別の人物が出てきて、その者と話し合いとなったのだ。
「その者の申すには、まさかに全員を切腹させる訳にもゆかぬし、ここは一つ角屋の松の間にて宴を催す事にしましょう。誠心誠意おもてなし致しますゆえ、皆さんお揃いでいらしてくださいと・・・」
井上はここで言葉を切り、不思議そうな顔をして芹沢を見た。
「カーモちゃん、何ぞ気になることでもあるんかいのう? 難しい顔して」
「え? んー・・・いや、たいしたことじゃないけど」
しばらく何事か考えていた芹沢だったが、急に背を向けて屯所の奥に歩いていってしまった。
「・・・芹沢さん、どーしたんだ?」
永倉が、誰にともなくそう聞いた。
「沙乃にわかるわけないでしょ!」
すたすたと歩いて芹沢は土方の部屋まで来た。部屋に入るなり、
「歳江ちゃん、悪いんだけど、何も聞かずに雀ちゃんを一日貸してくれないかな?」
「何だと?」
土方は眉をひそめた。たまたま所用があったのか、土方の部屋には近藤も来ていた。
「カーモさん、何かあったの?」
「貸してくれないかな?」
近藤の問いには答えずに、芹沢は繰り返した。雀とは、監察方の山崎雀の事だ。
「事と次第によっては考えぬでもない・・・山崎を使って何をするつもりだ?」
土方は当たり前な反応をした。芹沢はまた同じ言葉を繰り返した。
「何も聞かずに、貸してくれないかなあ?」
「何も聞かずに貸せるとでも・・・!」
声が荒くなりそうな土方を制して、近藤が言った。
「わかったよ。あたしが許可する。雀ちゃん一人でいいの?」
「近藤! 私は・・・」
「ありがとう、ゆーこちゃん。うん、雀ちゃんだけで大丈夫」
近藤はにっこり笑って頷くと、土方に頼んできた。
「トシちゃん、お願い。カーモさんに、雀ちゃんつけてあげて?」
土方は苦い顔をしていたが、やがてため息をついた。
「まあ仕方あるまい。その代わりというわけではないが、例の『人間椅子』の件。島田が該当したら、存分に奴を椅子として使わせてもらう。幹部も平隊士も条件は平等だからな。例外はない」
明日のバレンタイン、芹沢がチョコなど用意していない事は調査済みだった。今から手に入れようとしても、京都の店はどこもかしこも品切れ、もしくは予約済み。それも確認してあった。
“芹沢さんは奴を特別扱いしているようだが、明日はそうはいかんぞ”
ちなみに、島田は永倉と原田にもチョコをせびっていた。
「情けない声出すんじゃないわよ! だいたい、あんた普段はそこまでがっついてないじゃない」
「今回は死活問題なんだ。俺の命がかかってるんだ!」
「あんたねえ、そんながっついた物言いされたら、あげるつもりの子でも引くわよ!」
「命がけの勝負かあ。くー! 言い響きだぜ。わかったぜ島田!」
「おお、永倉! わかってくれたか!」
「おおよ! 存分に勝負してこい! 骨は拾ってやるぜ!」
「・・・わかってねえ。なあ、沙乃。おまえならわかってくれるよな?」
溺れる者は藁をもつかむ。島田はそんな心境で聞いてみた。原田は笑ってこう答えた。
「ええ、よーくわかったわよ・・・あんたがどうしようもない駄目な奴だって事がね!」
ザクッ! 原田の槍が島田の身体を突いた。溺れていて藁をつかんでも、助かるはずがなかった。
「いてえ! 見ろ! 血が出た! こんな血の出るバレンタインは嫌だあ!」
「男だったら根性見せろー! でいやああ! 必殺! 永倉ハンマー!」
「グハッ! 顔面にもろ・・・必殺じゃ、ねえだろ。鼻血が・・・(バタッ)」
山南はそんなドタバタを横目に、何事か考えているようだった。
「おもてなし・・・か。すなわち、ウラな楽しみばかりあるというわけだな」
「山南さん、それってまさかいやらしい意味で言ってるんですか?」
刀に手をかけて、斎藤が小声で聞いてきた。真面目な彼のことだ。返答次第では只じゃすまない。
「そういう意味もあるが・・・私が言いたいのは、相手方には何か裏の意図があるのではないかと言うことだ」
「明日の宴席は危険ということですか?」
「・・・うーむ、芹沢君が暴れて流血沙汰にならないか、の方が心配になってきたよ」
翌日。島原・角屋のでかい広間、その名も『松の間』には新選組の主立った面々と、水口藩の若い藩士たちが集まっていた。芸妓も大勢呼んでの宴会である。沖田は体調不良のため欠席だ。
島田は、だがこの宴会に遅刻寸前の時刻に現れた。ぎりぎりまで、チョコを求めて奔走していたのだ。
“うう、結局1個ももらえてない・・・だがこの宴会はチャンスだ! 酔って気持ちがふわふわした近藤さんやカモちゃんさん、永倉に沙乃にへー、ほんのり赤く染まった頬にほてった身体、酒と料理で心のガードも甘くなるって事は・・・チョコだろうと何だろうと、美味しく頂いちゃえるかも。やっほう!”
ひとしきり妄想してから、自分の席に腰を下ろす。
島田を待たずに、実は宴会は始まっていた。あっちこっちで言葉が行き交っている。
「ごくごく・・・ぷはー! どうでもいいけど、お猪口で飲むのってやっぱ物足りないわね」
芹沢が、人待ち顔で酒を飲んでいる。傍らには、でかい樽がおいてある。
“カモちゃんさん、あれで飲むつもりなのか?”
「いえいえ、日本酒はやはりお猪口ですよ・・・生で見るとすっげーでかいなあ」
若い侍が何人か(水口藩の連中だが、誰が何て名前だか見当もつかない)芹沢に酌していた。いや酌しているというか、何気に言い寄っているように見える。
「ぶつぶつ・・・山崎め、連絡もよこさぬとは」
土方は仏頂面で、ちびちび飲んでいる。土方の周囲には、隊士も水口藩士もいないようだ。
“まあ、あんな仏頂面で飲んでちゃなあ”
島田はそう思って、辺りを観察してみた。
「おー! おめえも結構いけるクチじゃねーか! よーし、続けて第12ラウンドだ!」
「お、おぉ。こいつ底なしなのか・・・やっべー、ターゲット間違ったかな、うぷ」
ここにも水口藩の侍がいて、青い顔で永倉と酒を飲んでいる。いや永倉から飲まされている。
「ちょっと何で沙乃はオレンジジジュースなのよ!?」
「い、いやさあ、君どう見たって・・・あいてっ!」
「キー! あんたも島田みたいに沙乃のこと子供だって馬鹿にしてー!」
「わあっ! 君ねえ、槍なんか振り回すなよ!・・・ちぇっ、黙ってれば超可愛いのによお」
あっちの方では原田が・・・目が合うと向かって来そうで島田はそっちを見るのをやめた。
山南と斎藤が隅っこの方で、密やかに飲んでいた。二人の周囲には誰もいない。
「こ・・・か」「し・・・よ」
何事か、小声で話をしている。いかにも密談してるっぽい。
“お呼びでない雰囲気だ。邪魔するのはやめよう”
「あ、あの・・・あたし、そんなにお酒強くないの、だから」
近藤がいた。何人かの新選組隊士と水口藩士に囲まれて、いわゆるモテモテ状態だ。
「まあまあそう言わずにさあ、ささ、ぐーっとぐーっと・・・へっへ、酔わせちまえばこっちのもんよ」
何故か、近藤のそばには藤堂がいた。こっちもお酒をすすめられている。
「君もいけるんだろ? さあ飲もうよ飲もうよ。君の瞳に、乾杯」
「あはは・・・何となく、わかっちゃったけどどうしようかなあ?」
「君には輝きを感じる・・・俺の心の扉を開けてくれそうな気がするんだ」
「そ、そうなんだ・・・芹沢さんがおとなしくしてるのに、暴れるわけにもいかないかー」
島田はとりあえず、人待ち顔で飲んでいる芹沢の近くに行く事にした。
「おや? 何だおまえもか、ふっ」
酔ったらしい、水口藩士の一人がそう声をかけてきた。芹沢が島田に気づいた。
「あら島田クン、ちょうどよかったわ。これに注いで」
でかい樽を差し出してきた。仕方なく注いであげると、芹沢はさらにこう言ってきた。
「ねえ、雀ちゃんとどっかで会わなかった?」
「え? いいえ、今日は見てませんけど」
「・・・そう、ならいいわ」
“この宴会、何か変だな。何が変なんだろう”
今更という感じだが、島田は考えた。これは、俺の想像していた宴会とは違う気がする。
“あ、仲居さんが一人もいないんだ。でも何で?”
島田はそれを聞いてみようと芹沢に目を向けた。もう樽は空だった。
「カモちゃんさん、仲居さんが・・・」
と聞きかけた島田の目に、芸者さんの一人にからんでいる水口藩士の姿が映った。その芸者さんは巧みにあしらっているようだが、目元はあまり笑ってはいなかった。どうも、結構怒っているらしい。
「ああやってさー、『粉かけまくって』いるのよ。仲居さんの大半はそれでどっか行っちゃったわ」
それでなくても、と芹沢は視線を別の方に向けた。酔って大声で語り出した隊士がいる。ふらついて膳をとばしてしまったり、転倒して壁にぶち当たって痕を残したりする隊士がいる。もっとも、そんな事してる隊士たちは、ほぼ例外なくチョコもらえなくて現実逃避してる者たちだったりするのだが。
「始めから角屋さんも、あまりアタシたちのこと歓待する雰囲気じゃなかったしさ。仲居さんの数も最小限しか用意してなかったみたいよ」
何か入り口でも妙な目でじろじろ見られたりしたしねー、と言って芹沢はぐいと樽を突き出した。
「駆けつけ三杯〜☆」
「い、いえ、俺は今日は酒よりチョコの方が・・・人間椅子の刑が」
と言おうとした島田の背後に、いつのまにか、目の下に黒々と
「芹沢局長・・・ただいまもどりました」
監察方の山崎雀だった。
「遅かったじゃない・・・寝不足?」
「は、はあ・・・昨日から一睡もしてません」
「おなか空いてる? 昨日の昼から何か食べた? サザエの壺焼きあるけど、いる?」
「いえ先ほど・・・お茶漬けなら、いただいて参りました。これ以上何か食べましたら・・・お腹がくちくなって寝てしまいそう、ですので」
話しながら山崎は、身体がグラグラ揺れていた。まともな状態には見えない。
「じゃ、報告お願い。連中どうだった?」
「は、はい。昨日から水口藩のお屋敷に潜入していましたが・・・」
新選組の三人が帰った後で彼らは、憂さを晴らすかのようにどんちゃん騒ぎを始め、悪態をついたり下品な話に花を咲かせたりしていたそうだ。一晩中騒いでいたので、山崎も寝ずに観察し続けた。
「この宴会も、表向きは新選組をもてなすという事ですが、実態は水口藩の侍たちの合コンです」
「合コン?」
島田はそう聞き返した。強姦と語感が似ているが、要するに連中は新選組のためではなく、自分たちのためにこの宴会を開いたのだ。自分たちの欲求を満たすために。
山崎の報告が進んで行くにつれて、そばにいる藩士たちの顔からは徐々に血の気が失せていった。だが、彼らは余りの恐怖のために、その場から動くことができなかった。
「動けなくなるまで酔わせた後、思うまま皆さんの
“どうりで何か変だと思った・・・にしても、自己嫌悪。俺の発想って連中と同レベルなんだ”
「やっぱりね・・・秋月クンも許可したし、もう我慢しなくていいわね」
芹沢はすっと立ち上がった。芹沢に言い寄っていた水口藩士たちが、震えながら見上げた。
「ええい! とりゃ!」
目の前にある、自分の膳を蹴飛ばした。それは近藤を口説いていた藩士の頭部に命中した。派手な音がした。その藩士は何も言わずに、いや言えずに昏倒した。
「ちょ、カーモさん!」
あせった近藤の声を、芹沢は無視して今度は手にしていた燗を手近の藩士に投げた。燗が砕けてそいつも物言わぬ存在となる。芸者たちが悲鳴を上げて逃げ始めた。
「ムシャクシャするから、暴れてやる」
そう、平坦な口調で言い捨てて芹沢は鉄扇を振るって目についた人間を襲いだした。広間は一瞬にして阿鼻叫喚の様相となった。さっきまで熱心に意中の相手に粉をかけていた連中は一転して『素』の顔をさらけ出した。腰を抜かす藩士、泣き出す藩士もいたが、大半の水口藩士は這々の体で逃げ出した。
「ん〜、じゃあ次は流し場に進撃〜♪」
あらかた食器を破壊してしまった芹沢は、ふらふらと歩きながら、散乱した燗の欠片とお猪口をいくつか懐にしまい込んでから、階段の方へ向かった。島田は芹沢の前に立ちふさがって制止しようかとも思ったが・・・思い直して、今だに平然と飲んでいる土方と山南に駆け寄る事にした。ちなみに芹沢を止めようと立ち上がったらしい近藤は、藤堂がいつのまにか保護してどこかへ連れ去ったらしかった。原田は、瞬時の判断で永倉を気絶させ、その後隊士たちを避難誘導させようとしていた。
「土方さん、それに山南さんも。何とかしてくださいよ!」
「・・・断る。芹沢さんがやってくれてむしろ幸いだ。私が手を汚さずにすんだからな」
「ええ!? どうしちゃったんですか土方さん? ちょ、山南さんも
手にしていた箸をべきりとへし折って、土方は言った。山南は黙々と刺身を食している。
「角屋の今日の態度はなっとらん。商人にとって、利益をもたらしてくれるのならば、たとえ人であろうと豚であろうと犬であろうと猿であろうと、お客様なのだ。それを・・・」
ぐるりと視線をめぐらした土方は、折れた箸を目の前の膳の上にぽいと置いた。
「仲居も早々に退散するとは・・・アルバイトでもあるまいに、己の職務を何と心得ているのだ?」
私とて伊達に商人の修行をしてたわけではない、とつぶやいて土方は酒を呷った。
「せ、芹沢局長、駄目ですそっちは・・・」
モテない隊士たちが芹沢を止めようと、勇敢に向かっていったらしいが・・・。
「
何か投げつけて撃退したらしい。ドサドサと、人の倒れる音がした。
「ふうむ、よく見ると芹沢君は人が踏んで怪我しそうな位置の破片を優先的に拾っていったらしいね」
山南が、烏賊の刺身を食べ終わったらしく、海老を持ち帰り用の折り箱に入れながら声を発した。
「・・・言われてみると、そんな感じにも見えますね」
島田は感じたまま、そう答えていた。
「芸者たちの中に怪我をした者はないようだし、手当たり次第攻撃したというわけでもなさそうだ。その証拠に見たまえ。あれだけ派手に暴れたようでいて、あそこで熟睡している雀くんには傷一つ無い」
すぴよすぴよ、と幸せそうに眠っている山崎の姿がそこにあった。
「昏倒した部外者は水口藩士が二人だけだ。しかも・・・」
山南は意味ありげにそう言葉を切って、島田に目を向けて、やや苛立ったような声で命じた。
「島田君何をしているんだ。彼女の担当は君だ。言って芹沢君を止めてきたまえ」
その、反論を許さない口調に島田は階下に走った。
階段の付近で、モテない隊士たちが揃って気絶していた。どうやらお猪口を投げつけられたようだ。
「何にせよ、カモちゃんさんを止めないと」
芹沢の場所はじきにわかった。流し場の方が騒々しかったからだ。
「カモちゃんさん!」
駆けつけると、そこもひどい有様だった。器という器は破壊されつくし、その破片が散乱していて足の踏み場もないくらいだった。山崎の話、土方の話、山南の話と聞いたものの、これはやりすぎだろう。
「いい加減にしてください! いくら何でも度が過ぎます!」
そう言って間合いを詰める島田を目にして、芹沢は楽しそうに身構えた。
「ようやく来たのね。さ、かかってらっしゃい」
「・・・これは試練だ。乗り越えられない試練などないんだ」
おまじないのように、口の中でつぶやくと島田は芹沢に突進した。つかまえようとのばした腕を避けて、芹沢は手にした物を投げてきた。お猪口だった。
「何の!」
島田はそれを紙一重でかわした、拍子に割れた茶碗の破片を踏んでしまった。
「いてっ!」
足袋なので、足がとても痛い。位置を変えようと動いた先がまた破片。
「いてっ。いてっ」
バタバタしている間に、芹沢の鉄扇の一撃をまともに食らった。
「うぎゃああ!」
島田は流し場の外、破片のない安全地帯へとぶっ飛んでいった。そして頭を打って気絶した。すぐそばで誰かの気配がする。そして芹沢のこんな声がかすかに聞こえた。
「ねえ、そこのキミィ。
角屋は七日の間、営業を自粛する。もっともあれだけ器を破壊されたら、店を開けたくても開けられないだろう。角屋の人的被害は無し。物的被害はかなりの額になるだろうが。
水口藩からは、それ以後まったく何も言ってこない。そして・・・。
土方「島田ほか7名、どうやら1個もチョコもらえなかったようだから」
芹沢「あげたじゃないの。歳江ちゃんだって見てたでしょ?」
土方「いつだ! 私は見てはいな・・・」
山南「いや、確かに7人は『チョコ』を『もらって』いたよ」
原田「なるほどね。沙乃も見たわ。確かに『猪口』を投げつけて『もらって』いたわよ」
土方「猪口・・・チョコ、と猪口だと・・・まさか、そんな言葉遊びだったとは」
藤堂「あは☆ 『もらった』ていうのは、喧嘩でいいパンチ『もらった』とかいうのと同じ用法だね」
山南「歳江さんは不満だろうが、例の罰ゲーム、該当者はなしと言うことになる」
土方「く・・・くそ、島田を『人間椅子』にするという野望が・・・」
<後書きモドキ+おまけ>ああ! 2/14に間に合わなかった! 遅れてすいません。あと、下で書いてますが、予定はまったく未定です。(ワインに詳しくはないし)
島田「あれ? でも俺、カモちゃんさんの投げつけたお猪口を避けてますけど」
山南「!? それじゃ島田君だけ『チョコ』をもらってない事に・・・」
土方「ほお・・・? だとすれば例の罰ゲーム」
芹沢「やーねぇ、島田クンが気絶した後で、『ビッグなチョコ』をあげたわよ。ねー沙乃ちゃん」
原田「・・・だからか。島田のお腹の上に樽が乗ってたのは」
島田「どうりで何か寝苦しいと・・・あっ! あんなところにサカモト発見!」
山南「様子が変だな。昨日(作中2/13)の島田君くらい絶望した顔をしている」
芹沢「本人に聞いてみなきゃわかんないわね。やっほー、どしたの? 暗い顔して」
サカモト「おまんらか。バレンタインにおりょうとその同僚たちから、たらふくもらったんやけど」
島田「たらふくもらったのなら、何でそんな死にそうな顔してるんだ?」
サカモト「ホワイトデーや。全員に、高級白ワインをお返しせな、やばいんじゃ」
芹沢「やばいって?」
サカモト「全員にお返しできんかったら、目玉にデコピン100回の刑なんじゃ」
島田「目玉にデコ・・・っておかしいぞ。デコピンってデコにするからデコピンだろ?」
サカモト「おりょうに、そんな正論は通じんのじゃ。ふう」
島田「・・・身近にいる人に悩まされている者どうし、親近感がわいてきた」
芹沢「島田クン。アタシ、お返しに白ワイン100本欲しいなー。できなかったら」
土方「今度こそ、人間椅子だー!!」
島田「げええ!? マジで!?」
<若竹あとがき>
今年のバレンタインもジャックスカとの競作です。 が! 私の水口藩事件EXよりも面白いし、私のバレンタインSSよりも面白い。まさか水口藩事件をこんな風にアレンジするとは・・・。はっきり言って絶品です。う〜む、見事だ・・・。