偽・行殺(はぁと)新選組ふれっしゅ番外編

デザートクエスト060314 流血男・第2稿


 この作品は『行殺』の世界で発生したかもしれないし、発生しなかったかもしれない些細な事件・任務・冒険の顛末について語るという、妙なコンセプトで作られたものだ。
 食後のデザートを食するような感じで読むのがいい。だからDessertQuestシリーズと呼ぶ事にする・・・・・が、デザートばっかりだと栄養が偏っていけない。血肉を作る食物をちゃんと摂ろう。


 三月十四日。島田は先月もらったチョコのお返しを、一人を除いて済ませてしまった。
“よし、あとは・・・”
 島田は気合いを入れ直した。と言うのも先日、山南さんからこう助言されたからだ。
『本命の娘には気合いを入れて、お菓子の類ではなく、形の残るお返しをしなくては駄目だよ』
 だから、島田はこの日のために白い・・・白いエプロン(前掛け、と言うべきか)を手に入れた!
 ちなみに、その島田の行いは近藤や永倉ら、島田にチョコをあげた幹部たちから黙認されていた。
「だってなあ。島田とヘーだもんなあ」
「うん、邪魔する気にはなれないよ」
 どうやら公認の仲だったようだ。或いは『公認の仲になった』のか。
「これをプレゼントして、そして・・・うおー!」
 見つめ合う二人。エプロンを差し出す。彼女が受け取る。その瞬間二人の手と手が触れる。
「あっ・・・」
 同時に声を発して互いに手を引っ込める。しばしの時が流れて・・・。
「へー!」
「まことっ!」
 ぽたり。椿の花が落ちた。二人の距離が零になって、後は・・・。
 以上、島田の妄想タイム終了。鼻血が出たので後始末を終えてから出発した。
「暁の暴走超特急こと、島田誠まいる! 待ってろ(?)へー!」


 ところが、というかやはりというか。彼女はなかなか見つからなかった。
 実のところ、島田はおまちちゃんにはお返しをしていない。だから、おまちちゃんに見つからずにへーを見つけなくてはならなかった。
“また拉致されんのはごめんだ”
 そんな島田の前に現れたのは・・・ああ、なんと言うことだろう。そのおまちちゃんだった。
「みーつーけー・・・」
 おどろおどろしい声で話しかけてくるおまちちゃんの言葉を、最後まで聞く気はなかった。島田は脱兎のごとく、或いは猛犬のごとく走り出した。
「あーっ、島田さーん! どうして逃げるんですか!? あたしなら、いつでもOKなんですよぉ!」
 ドドドドドド・・・二人は土煙をあげて走った。寝不足のせいか、追いつかれそうだ。
「とおっ!」
 これは、どこからか現れた斎藤がおまちちゃんを背後から攻撃した時のかけ声だ。
「きゃん!」
 これは攻撃を食らったおまちちゃんが、地べたに転がった時に出した声だ。
「はあ、はあ・・・助かったぞ斎藤」
 荒い息で島田は礼を言った。斎藤はいつもと変わらない感じで話しかけてきた。
「島田も、お返しするんだ。どんなのをプレゼントするの?」
「ああ、俺のは」
 島田は言いながら懐から白いエプロン(だから前掛けって言うべきでは?)を出した。
「これなんだ。このエプロン、俺が一日かかって選んだんだが、へーに似合うとおも・・・」
 その刹那。後で思い出せば、島田にしては珍しく鋭敏に反応したものだが・・・ただならぬ斎藤の『気』に島田は身体をひねって地面に逃れた。わずかな差で斎藤の手が空をつかむ。
「な、なにを」
「ちっ」
 舌打ちして斎藤は視線を、島田が手にしているエプロン(もうそう呼ぶ事にする)に向けた。
「我慢しようとは思ってたけど・・・やっぱり駄目だよ」
 ぎらぎらした目で斎藤は島田を見つめて迫ってきた。島田は背筋が寒くなった。
「僕のチョコは受け取ってくれない。お返しは藤堂さんにあげる。僕の心はぼろぼろだぁ!」
「ちょ、ちょっと待て! チョコって、俺おまえからもらった覚えは・・・」
 必死になだめようとする島田の言葉を遮って斎藤は叫んだ。
「あるよう! あげるって言ったのに『いらん』って即答で」
“・・・あれ?”
 島田は思い返してみた。町を爆走中、チョコを山ほど抱えた斎藤に出くわした。その中の一個、何か特別そうなチョコを差し出してきた。うん・・・思い出したぞ。<藤堂を捜してる途中と思って頂きたい>
“哀れみなどいらん、おまえのおこぼれに預かるほど俺は落ちぶれてねえ、みたいに思って即突っ返したが・・・え!? まさかあれって”
「あれって、施しとかじゃなくて・・・」
「・・・許せない。そんな風に思ってたなんて」
 もう斎藤は島田の言葉を聞いてなかった。自分の気持ちは踏みにじり、別の相手へのお返しを見せびらかした(・・・わけではないが彼はそう脳内変換したようだ)島田に対する怒りが爆発した。
「島田のすべてを僕の物にしてやる!」
 どうやら、男が男を想う気持ちとは男が女を想う気持ちよりずっと怖いものらしい。
「今日は手を抜かない! 死にたくなければ、僕に身を任せるんだ!」
「そ、それはイヤだー!」
 またも島田は脱兎のごとく逃げる事となった。まさに狼に追われている心地だった。
「イヤなのは始めだけだから、何も心配要らないよ! エプロンだって可愛く着るから!」
 斎藤は刀を抜いて猛然と追ってきた。
「始めだけって、そんなわけあるかー! それにこれは・・・」
「それを着て美味しい御飯作るよ! エプロン以外何も着るなって言うならそうするから!」
「だからちがーう!」
 島田は裏通りに走り込み、ジグザグに駆けずり回った。その甲斐あって、何とか斎藤の魔の手(?)から逃れる事ができた。そう、斎藤からは逃げられた。代わりに島田の前に現れたのは・・・
「なんじゃ? おまん」
 表通りに戻った途端に出くわした、機嫌の悪そうなサカモトだった!
「わしは今、機嫌悪いんじゃ・・・ん!?」
 島田の手にしている白いエプロンに目を留めた。
「・・・そうか。おまん、誰かにお返しする気やな」
 それを見たサカモトの身体から強烈な怒気が放たれる。
「何がホワイトデーじゃ。わしはな、あの後おりょうから超まずいチョコを食わされたあげく、こう言われたんや・・・『ホワイトデーは三百倍返しが当たり前よねえ』と。三百倍ってなんじゃあ!」
 シュッ! サカモトの刀が閃いた。北辰一刀流の腕前は伊達ではなかった。
「・・・え?」
 島田の服がざっくり斬れた。いや、服だけではなかった。
“・・・何で? 俺、もしかしてここで死ぬのか?”
 血がほとばしった。近くの建物にふらりと崩れ落ちそうになる。痛い。息ができない。
 サカモトは島田の手から落ちたエプロン(も、斬られていたが)を拾い上げた。血まみれだった。通りすがりの町の人たちが悲鳴を上げて逃げまどう。
「おまんに特に恨みが・・・あったわけやないが今できた。今日出くわしたんが運の尽きやな」
 サカモトは島田に歩み寄って、刀を振り上げた。太陽の光が反射して眩しかった。
「・・・!」
 少し遠くから、音が聞こえた。どかーん、という何かが割れるような、破裂したような、聞き慣れた音。次の瞬間、サカモトが身を翻した場所を丸い砲弾が通過していった。
「誰かと思えば、おまんやったか!」
 サカモトがあわてたような、それでいてどこか楽しそうな声を出して首を巡らした。島田の視界にもそれは映った。もっとも、見えてはいても見てはいなかったが。
 駆け抜けていく影。鉄扇が唸りをあげてサカモトを襲った。紙一重でかわしてサカモトは叫んだ。
「芹沢・・・こんな事もあろうかと、今日は手勢を連れてきとるんじゃ」
 声が終わるや否や、路地や家の陰などから何人ものキンノーが現れた。殺る気充分の連中だ。
「四方八方からの斬撃、避ける事はできんぜよ!」
 キンノーどもが一斉に襲いかかった。が、当人・・・カモミール芹沢は動じなかった。
「アタシも今日は機嫌悪いのよ・・・近づく奴は、敵も味方も区別しないから」
 ごうっ! 風が巻き起こった。そうとしか捉えられない芹沢の動きだった。
「神道無念流奥義・・・狂い椿!」
 芹沢の右手の刀、左手の鉄扇という二つの武器が、竜巻さながらに襲い来る敵を薙ぎ払った。回転で増幅された攻撃力で、敵の何人かは首を飛ばされ瞬時に絶命していた。まるで、咲き終わった椿が花をぽとりと落とすように。
「く、やるぜよ。じゃけんど」
 サカモトはそう言って懐から護身用の銃を取りだした。そして芹沢に狙いをつけようとした。
「いや・・・こっちがおもしろそうじゃ」
 サカモトはそう言って、狙いを変えた。力無く倒れている島田に。
「島田クン!」
 芹沢が駆け寄ろうとするが、サカモトが引き金を引くのが早い。
「死ねや」
 銃声。銃弾は放たれた。そして島田の身体に食い込む・・・前に遮蔽物に当たって弾かれた。
「げ・・・!」
 サカモトが絶句する。その遮蔽物はでかい。そして重かった。
「斬馬刀・・・へーちゃん」
 芹沢が安堵の息を漏らした。
 斬馬刀の持ち主は、今日も怖い顔をしていた。金色の髪を風になびかせて。
 藤堂の片手には紙パックが握られていた。『IT◯EN 毎朝一杯の黒酢&野菜』とあった。ストローが刺さっている事から、飲みかけか飲み終わったかのどちらかだった。<注・伏せ字になっていない>
「まことを狙ったのが運の尽きだよ」
「しゃらくせーぜよ!」
 サカモトが再び銃を構えた。同時に巨大な斬馬刀が電光のごとく振るわれた。大地が割れ、土塊がサカモトを襲う。銃弾と土砂の壁。簡潔に言えば『鎧袖一触』だった。
「ちっ」
 サカモトは踵を返した。途端に姿勢を崩した。
「お、おまん・・・いつのまに」
 サカモトの腕から一筋、血が流れていた。抜き身の刀を提げた藤堂が立っていた。サカモトの服が斬れていた。続いて発せられた藤堂の声は、普段とは違ってひどく冷たく聞こえた。
「まことの分だよ・・・痛い?」
 刀の先端を相手に突きつける。怒れる瞳がサカモトを見据えていた。
「うおーサカモト先生ご自愛をお!」
 さっき芹沢にやられた連中のうち、息がある者たちが叫んで何かを投げた。煙がもくもくと発生して視界が効かなくなった。芹沢も藤堂も一瞬気を取られた。その隙にサカモトは、
「きょ、今日はこれで・・・いつつ、勘弁してやるぜよ」
 唇を噛みしめつつ、逃走した。
「あ、逃げる気?」
 後を追おうとした藤堂を、芹沢が制した。
「駄目! 先に島田クンを!」
 はっとなって、藤堂は島田に走り寄った。
「まこと! しっかり!」
「ちょ、揺さぶっちゃ・・・もう、仕方ないわねぇ」
 ついぞ聞いたことのない、真剣な声を出した芹沢は走った。事態は一刻を争う。
「まこと! まこと! 目を開けて!・・・いやだよ、私! 絶対いやだからね!」
 何がいやなのか、今の藤堂の頭の中にその答えはなかったろう。


 その日の深夜であろうか。島田は奇跡的に意識を取り戻した。包帯姿で出血多量の重傷ながら、どうにか口をきく事はできた。平素の修行の賜物か、神の恩寵によるものか、はたまた・・・。
「すまん、へー」
 お返しのため買っておいた白いエプロンは・・・ぱっくり切断されて大半の部分は(何故か)サカモトが奪っていったらしかった。残りの切れ端がちんまりと、島田の枕元に置いてあった。
「ホワイトデーだってのに・・・お返しもできないとは」
「ううん・・・いいよ」
 泣きそうな声で答える藤堂。島田は首を左右に振った。
「いや、俺はちゃんとお返しを・・・うぐっ、したかったんだ。おまえに」
 起きてどこかへ出かけそうな雰囲気の島田を押しとどめて藤堂は言った。
「まことがこうして生きてる・・・それだけで私は」
「い、いやそれじゃ俺の気が・・・」
「私がいいって言ってるんだから、気にしないで」
「いやいや俺の計画が・・・ホワイトデー・うひょうひょスイート大作戦が」
 こうしたやりとりをしていると藤堂、不意に怒ったような口調になった。
「じゃあ!・・・これ、もらう」
 枕元の白い切れっ端を手に取った。そして『?』という顔の島田に目を向けて藤堂は、
「まこと、怪我人のくせに五月蠅い」
 その切れっ端で島田の口をふさいだ。
「むごっ・・・!」
「もらう・・・よ、まこと」 
 島田の理解を超える速さで、藤堂の唇がそのエプロンの切れっ端に触れた。二人の距離が零になった。
「もらった・・・からね」
 そのまま、あっという間に病室からいなくなってしまった。件の『切れっ端』をしっかり持って。
「・・・え?」
 後には、何が起こったのか理解していない島田が残った。
「え・・・はっ! まさか、今の」
 ようやく事態を把握した島田の顔が、急に真っ赤になった。
“今の・・・今のは・・・うああ、感触がまだ、わ、わ、うわーい”
 興奮したためか、鼻血が出た。ぼた、ぼた。そこへ、
「島田。傷の具合はどうだ? 話せそうか?」
 土方が現れた。時間が止まったような沈黙が場を支配した。
「先月に続いて妄想か・・・よほどおまえは己の血が要らぬと見える」
 刀を抜かんばかりの土方だったが、ふと何かを思い出したらしく表情をゆるめた。
「ふ・・・私が直接手を下さなくてもおまえは・・・」
 謎の言葉を残して土方は去った。後には不思議そうな顔をした島田が残った。


 後日。島田は嫉妬に狂った斎藤から昼夜を問わず執拗に狙われる事になる・・・。あれ、それって法度の『私の闘争を許さず』に触れないのかな? まあいいか。


 <後書きらしきもの>
 またまたへーちゃんがヒロインになってしまったです。いつの間に私は彼女のファンに・・・いやファンはファンです間違いなく。好きなものは好きでいいと、何かの歌にもありました。
 ちなみに島田の妄想の中の椿は、おそらく『周山』でしょう。(参考・椿のホームページ)
 それから、これは『第二稿』です。いろんな名前のファンクラブ会員(全員同じ声の人だが)のシーンが斎藤のシーンに変わってます。


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