偽・行殺(はぁと)新選組ふれっしゅ番外編

デザートクエスト060214 鼻血男


 この作品は『行殺』の世界で発生したかもしれないし、発生しなかったかもしれない些細な事件・任務・冒険の顛末について語るという、妙なコンセプトで作られたものだ。
 食後のデザートを食するような感じで読むのがいい。だからDessertQuestシリーズと呼ぶ事にする・・・毎回こんな紹介では芸がないのだが、まあ縁起物(?)と言うことで。


 二月十四日。島田はいつものように職務に励んで一日を過ごす・・・つもりはあんまりなかったし、実際そうは過ごせなかった。
「おー、島田! これやる。今すぐ食ってくれ」
 永倉が、丸い形のチョコレートをくれた。言われた通りにすぐ食べた。ちょっと固かった。
「はい、これあげるわ。一応言っとくけど義理だからね!」
 何故か怒ったような声で、原田が薄っぺらいチョコレートをくれた。
「すぐ食べなさい! 人に見つかって変な噂されたくないんだから!」
 言われた通りにすぐ食べた。ちょっとだけ苦かった。(セミスイートというものか?)
「あ、あの・・・島田くんにもあげるね。口に合うかどうか、自信はないけど」
 近藤が、ビクビクしながら細長い形のチョコレートをくれた。すぐに食べて感想を言って欲しそうだったので、すぐに食べた。よく噛んで飲み込んでから、
「甘くて美味しい。局長、ありがとうございます」
 感想を言うと、近藤は真っ赤になってふらふらと歩いていってしまった。
「む、島田か。ちょうど良い。おまえにもくれてやろう。義理ではあるが、ありがたく受け取れ」
 土方が、島田と視線を合わせないようにしつつ、四角い形のチョコレートを出してきた。
「とっとと食べたら巡回に行くように。我々の活動には、正月もバレンタインもないからな」
 言われた通り、とっとと食べて巡回に行くことにした。ちなみに、かなり苦かった。
 京の町を巡回する。途中で沖田に出会った。
「・・・これ、恵んであげますね。作る途中で咳したから、味は悪いかもしれませんけど」
 いびつな形のをもらった。巡回途中でもあったので、すぐに食べた。
「何か・・・ホントにこれ、チョコか?」
 この問いに沖田は、顔色も変えずに答えた。
「あたし、チョコレートだって言いました?」
 そして島田が何か言うより早く、姿を消した。何を食べさせられたのかは謎だった。
 大通り。ドドドドド、と彼方から走ってきたおまちちゃんに拉致され、長屋に連れ込まれた。
「これ、一生懸命作りました。一気に食べちゃってください!」
 大きさが、豚の丸焼きぐらいあるチョコレートの塊を・・・もらってしまった。
「あ、ちなみにこれ一気に食べてくれなかったら不幸の・・・(以下、事情により省略。第一長いし)」
 聞きたくもない事を延々聞かされて、気が進まないまま必死に食べた。
「本当に一気に食べてくれちゃうなんて! おまち、感激で明日も作っちゃいそうな気分です!」
 それだけは勘弁してもらって、這々の体で長屋から逃げ出す事にした。
「うっぷ。ちょっとチョコの食べ過ぎで・・・気分転換に押し借りにでも行くか」
 腹をさすりながら、どの店がよかろうと思案していると通りすがりのキンノー(女)と遭遇した。
「おっ、キンノー発見。今日は一人だけど、キンノーバトルやろうかな?」
「ちょ、ちょっと待ってください。今日はバレンタインなので、行かなくてはならないんです」
 彼女の言うには、自分の本命チョコを待っている男がいるから見逃してくれとの事。
「その代わりに、この市販の義理チョコを差し上げますから」
 バレンタインの恩恵にあずかっている身としては、この言い分にも一理あるような気がした。よって今日だけは見逃してやる事にする。
「ありがとうございまーす。おにいさんも頑張ってくださいねー」
 彼女は笑顔で去っていった。証拠隠滅のためにも、その立方体型のチョコレートをすぐに食べる。
 それらのやりとりを本日、数回経験した。


 お昼時。巡回に出ていた隊士たちは一旦屯所へと戻ってきていた。
「うう・・・二月だしな、気組みで云々いってもやっぱり寒い」
 鼻が出てきた。チーンと鼻をかむと鼻血が出た。それを運悪くみんなに見られた。
「あー、島田! 鼻血出てるぜ!」
「な、何を妄想してたのよあんたは!」
 永倉と原田が大声を上げた。そして土方は押し殺した声でこう言った。
「巡回中に良からぬ想像に耽っていたのか・・・いい度胸だ。士道に背いているとは思わんのか?」
「い、いえ! これは・・・実は俺、鼻の粘膜が弱くて、鼻を強くかむと時々こう・・・」
 しどろもどろに言い訳するが、誰も信じてはくれなかったらしい。
「あの、ね。島田くん・・・いやらしい事考えるなとは言わないけど、程々にしてね」
 潤んだ瞳で近藤はそう語ると、背中を向けて走っていった。他のみんなも、島田を白い目で見つつ早足で行ってしまった。沖田に至っては、
「島田さんはあたしと違って、鼻から血を吐くんですね。初めて知りました」
 皮肉かどうか判別できない言葉を残して行ってくれた。
「・・・うーん」
 島田は鼻に詰め物をした、人に見られるのは恥ずかしい状態で考え込んだ。何かが引っかかった。
「俺、何か忘れてる?・・・何だっけ・・・う・・・えー・・・・・ああっ! わかったぞ!」
 絶叫した拍子に、鼻から詰め物が落ちた。
「うわ、うわ、まだ止まってない・・・いやそんな事より、こうしちゃいられない」
 島田は身繕いもそこそこに、屯所を飛び出した。
「へーはどこだ!?」
 へー、すなわち藤堂の顔を今日はまだ見ていない事に気づいたのだ。彼女からチョコをもらわなくては。島田は京の町を爆走した。<運動すると鼻血が止まらないのではないだろうか?>


 さて、その藤堂であるが・・・。
「まこと、いっぱいチョコレートもらってたね・・・仕方ないよね。まことだから」
 よくわからない理屈だった。藤堂はとぼとぼと京の町を歩いていた。ため息をついて、自分の手のひらにのせた、道ばたの小石ほどの大きさのチョコレートを見つめた。
 昨日は徹夜してでかいチョコレートを作ろうとして思いとどまったのだった。
“まこと、もしかしたら一杯チョコレートもらうかも・・・そうしたら、さすがに飽きちゃうよね”
 そう考えて一口大の小さな、けれど想いがぎゅっと詰まったチョコレートを作った。でも・・・。
「みんな、みんなチョコレートあげてたね・・・今更、私の小石みたいなチョコレートは・・・」
 ため息をついた。あれだけたくさん食べてたから、もうチョコレートはいらないと思ってるかも。
 考え事しながら歩いていると、何者かが彼女の手の上のチョコレートをかすめ取った。
「あ!」
 毎度(?)おなじみのサカモトだった。苦虫を噛み潰したような顔で、自分がかすめ取ったチョコレートを見ている。何かイヤなことでもあったのだろうか?
「ちょっと、返してよ!」
 藤堂にしては珍しく、険しい顔でそう言ってサカモトに近づこうとした。
「けっ、バレンタインか。夷荻の風習で一喜一憂するとは・・・」
 サカモトはそう吐き捨てた。どこからか、雑魚キンノーが何人か現れた。
「もらえんかった者の気持ちが、おまんらにわかるかい。おりょうのわからんちんが!」
 何か個人的な恨みの言葉を漏らすと、サカモトは手の中の(藤堂の)チョコレートをパキッと割った。
「あああ!」
 藤堂の叫びは無視してその割れた二つの欠片を足下に落とすと、
「こんなモン! こうしてくれるぜよ!」
 ガスガスと、恨みを込めて踏みつぶした。
「・・・私のチョコレート・・・」
 よく見ると、周囲の雑魚キンノーたちはお世辞にも格好いいとは言えなかった。もらえなかった者の集まりなのだろう、全員サカモトの行動に『いい気味だ』的な表情をしている。
「ううう・・・よくも」
 普段温厚な、と言うか何も考えていないような顔をしている藤堂だが、今回は何かメラメラと燃えているような気配が感じられた。でも彼女が何かする前に、
「グッ・・・」
「動かないでください。下手に動くと死にますよ」
「女性の想いを踏みにじるなど武士のすることではない。速やかに詫びたまえ。同門として警告する」
 どこから現れたのかサカモトの前に沖田、後ろには山南が。特に沖田はすでに刀を抜いていた。
「・・・詫びろ言われてもなあ、これじゃ詫びれんやろが」
 事実、沖田の刀はサカモトの鼻先に突きつけられている。
「これで頭下げぇと、おまんは言うんか? それが武士と言うモノなんか?」
 サカモトは背後の山南に言った。山南もなるほどと思った。
「確かにそうだな。鈴音、鼻先に突きつけた刀をひとまず収めたまえ」
 沖田は渋々といった感じで刀を下ろす。その一瞬の隙をついてサカモトは、
「うりゃ!」
 後方の山南に肘打ち、前方の沖田に足蹴りをした。
「今日の所はこれで勘弁してやるぜよ!」
 素早くどこかへ逃げ去ってしまった。サカモトに倣うように、雑魚キンノーも逃げてしまった。
「うー・・・私のチョコレート」
 藤堂のチョコレートは原型を留めぬほどに破壊、と表現していいくらいにグチャグチャにされていた。
「サカモトめ。ろくな事をしないな・・・(藤堂に目を向け)すまない、僕らがもっと早く来ていれば」
「やはり、声をかけずに斬っておくべきでした・・・へーちゃん、大丈夫。また作ればいいんです」
 二人の言葉も、今の藤堂には届かない。
「本当にグチャグチャになってますね。でも、島田さんなら食べるかも」
「それは本人に聞いてみればいい」
 え? と藤堂の心臓が跳ね上がった。
「隠れているのにも飽きたろうから、出てきたまえ」
「そうですよ。そしてここは男らしく、ズバーンとチョコを食べてあげてください」
 山南と沖田の言葉で、これまたどこからか現れたのは当の島田だった。足早に藤堂の近くまでやってきてそのチョコレートを拾い上げた。
「さ、島田さん。男を見せる時です」
 沖田は、眼鏡を光らせて島田をせかした。
「何か彼女に言葉を」
 山南も、二人の仲を応援しているのか、単に同門の藤堂の事を案じているだけか、こう言った。
「・・・こ」
「こ?」 
 島田の第一声に、山南と沖田は鸚鵡返しに聞いた。
「こんな物、食えるか!」
 島田は叫んだ。藤堂の身体がビクッと震えた。山南は眉を寄せ、沖田は刀の柄に手をかけた。
「今の言葉は聞き捨てならん!」 ビシッ!
 沖田を手で制し、山南が島田を殴り飛ばした。島田はぶっ飛んで鼻血を出した。
「あたた・・・ま、待って山南さん。俺の話を最後まで・・・」
「ん?」
 島田は鼻血を垂らしながら、立ち上がって藤堂を見た。そして叫んだ。
「へーからは、もっとちゃんとしたチョコが欲しい! それもとびきりでかくて特別なヤツ!」
 藤堂は始めきょとんとした顔をして、それから驚きと嬉しさの入り交じった顔になった。
「まこと・・・それ本当?」
「二回も言いたくない!」
 鼻血を垂らしたまま島田は叫ぶ。そして町の人の目が気になったのか、そそくさと帰った。


 その夜。まだ固まっていないチョコをボウルに満たして、藤堂がやってきた。
 島田「え? でもそれ、まだ固まってないみたいだけど」
 藤堂「えへへー。特別なチョコレート、て言う希望だったから。私と一緒に、、、、、食べる?」
 悪戯っぽく笑って、唇をぺろっと舐めた藤堂の姿に島田は想像をたくましくした。
 島田「う・・・妄想したら鼻血が」
 土方「ほお・・・今度こそよからぬ想像に耽っていたな」
 島田「うわっ! 土方さん、どっから湧いて出たんですか?」
 土方「人を温泉か何かのように言うな。今回も鼻の粘膜のせいだと言うのか?」
 藤堂「あーあ残念・・・じゃあまこと、明日ね」
 土方「島田。藤堂のチョコレートを食べ終えるまでは待ってやろう。覚悟を決めておくように」
 藤堂は行ってしまった。土方も行ってしまった。島田は一人残された。
 島田「は、はは・・・明日が楽しみなような、そうでないような」
 果たして島田の運命やいかに!

<後書きモドキ>こんな引きでいいのか? ジャックスカです。島田の叫びは私の叫び。以上。


<若竹あとがき>
 2006年のバレンタインはジャックスカとの競作になってしまいました。私としてはラストで島田が何を妄想したのか気になります。まだ固まっていないチョコレート・・・・。うおおー!


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