行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ『恐怖! 機動ビグ・サノ』
第1話『ビグ沙乃大地に立つ!』
夏休みである。俺たち新選組も夏休みを取り、旅行に出掛けていた。
まずは幹部による行き先会議を
そこで情報収集を任務の
【土方】 温泉があって、山があって、ついでに海がある場所を探して来い。京に近ければ近いだけ可とする。
だが新選組監察は優秀である。この無茶な命令が下ってから1時間もしない内に、琵琶湖西岸に位置する
琵琶湖の西側は、湖のすぐ側まで険しい山が迫っており、なおかつ
「う〜ん」 トテトテと歩きながら近藤さんが首を
「近藤さん、どうかしましたか?」
「京都を留守にして来てよかったのかな?」
今回、新選組全員での慰安旅行の為、京都は留守である。新選組が留守の間の屯所の警備は会津藩から派遣された侍達が務めていた。
「それについては心配なかろう」 と土方さん。
「トシちゃん、どうして?」
「だって京都には、京都守護職けーこちゃんの会津藩兵1千がいるじゃん☆」 ひょっこりと追いついて来たカモちゃんさんが近藤さんの疑問に答える。
「いや、どちらかというと見廻り組の方だろうな」 と腕組みして答える土方さん。
「どういう事?」
「ここの所、不逞浪士の取り締まりやテロの防止と新選組は大活躍だが、向こうはまだ何の手柄もない」
「つまり、新選組が京にいると自分たちが活躍出来ないから追い出したと?」
土方さんの言いたいことを俺も察した。
「まあ、そういう事だな」
「せこー」
「っていうか、何かそれってムカつくわ。今から京に戻ってやろうか」
おお、カモちゃんさんが怒っている。
「でも、今回の旅行は会津藩が費用を出したんじゃなかったかな?」
そうなると休暇も公務になるので勝手に帰れない。
「旅費は会津藩から用立ててもらったが、会津藩は見廻り組から徴収したそうだ」
「さすがけーこちゃん、ちゃっかりしてるわね」
「ま、我々は激務続きだったから、ちょうど良い骨休めになるし、その費用は見廻り組が出してくれてるし、仮に連中が失敗して何か事件が起こったとしても、それは新選組の留守中の事だから我々の関知するところではない。見廻り組の名声が地に落ち、逆に新選組の名声は上がる事になる。いいことづくめではないか」
「政治の世界ですね」
「ふっ」
「・・・前から思ってたんだけど、歳江ちゃんのおなかって真っ黒に違いないわ」
「失礼な」
「あ、でも見廻り組がお金を出してくれたんなら、歩きじゃなくて新幹線を使えば楽だったね」
「・・・そのネタは以前やりましたよ?」
「いや、旅行とはいえ、鍛練の意味を兼ねているし、行軍の練習にもなる」 冷静に答える土方さん。
「『この時代にそんなものがあるかー!』って突っ込まないんですか?」
「島田の田舎には新幹線もないのか?」 土方さんが
「えっ!」 そして俺が土方さんの言葉に驚いている間に、みんなでわいわいと新幹線の話で盛り上がり始めてしまった。
「やっぱり新幹線は速そうな500系だよね」 とへー。「実際に速いし」
断面がまん丸の500系新幹線の最高速度は時速300kmで、かつて世界最高速を誇った列車である(現在は外国の列車に抜かれている)。
「でも車内は700系の方が広いよ」 と近藤さん。
「カモノハシ・・・」 そーじがぼそっとつぶやく。
「うう、そーじ、それは言わない約束でしょ」
「沙乃はE3系のこまちがカッコいいと思うわ。アラタは?」
「九州新幹線のつばめかなあ?」
「800系ね。内装が
「あれ全部の列車が動力車なんだぜ。やっぱ力強さNo.1だよな」
「・・・やっぱりアラタは、そっちなのね」
「500系も全部動力車だよ」 とへー。
九州新幹線のつばめは坂道が多いので全車両が動力車で、500系新幹線は時速300kmの高速を出すために全車両が動力車なのである。
「モーターのパワーなら北国のE1系がトップなんじゃないですか?」 とそーじ。
E1系新幹線Maxときは、たくさんの人を乗せるためにハイパワーのモーターを使用している。ちなみに2階建車両なので本当にたくさんの人が乗れる。
「フルパワーならつばめが勝つ!」
「トシちゃんはどれが好き?」
「0系が丸くてかわいいと思う」
「0系・・・」 ちなみに0系は最初に登場した新幹線で、現在はほとんど引退している旧型である。
「ネコ耳のE954は?」 とカモちゃんさん。
「あれも捨て難いものがあるが、まだ試験運転中だしな」
現在試験走行中のE954は、ネコ耳の形をしたエアブレーキが緊急時に開いて減速するのである。
「まてい! なんでみんなして鉄道マニアしか分からんような会話をしてるんですか!」
「島田くんも普通に解説してたじゃないの」
「型名だけじゃ何がなんだか分からんじゃないですか!」
「ちなみに島田くんはどの新幹線が好き?」
「やっぱ最新鋭のN700系っすかね・・・・って、だから、誰か『この時代に新幹線なんかない!』って突っ込んで下さいよ」
「島田くん、そのネタ以前やったよ?」
うーむ、そう来たか。
そんなこんなで新幹線論議をしている内に、旅館に着いてしまった。玄関の立て看板に『歓迎 新鮮組御一行様』とある。・・・わざとだろうか?
「字、間違ってますね」
「あとで旅館に対して厳重に抗議しておこう」 土方さんも渋面だ。
「あ、でも、これだと
「フレッシュな感じだね」 と、へーも相槌を打つ。
「やっぱ若いっていいよね」 カモちゃんさんも笑顔だ。一文字違いで意味が変わってしまったが、そっちの方が女心を捕らえてしまったのは微妙である。
俺たちは団体行動なので、まずは引率の近藤さん・土方さんからの話がある。荷物を部屋に置いたら、すぐさま玄関前に集合だ。
「
皆を前にして近藤さんが話し始める。でもこれは訓話ではないよーな気が・・・。
「はい! 麻薬の神様ですか?」 俺は挙手して、近藤さんに質問した。
「麻薬の神様って何よ?」 と沙乃。
「さあ?」 俺にも分からん。
「
「おお、それは豪気な」 というか麻婆豆腐の神様って何?
「でも願いが
それはひょっとすると、お金が欲しいと願うと、息子が交通事故で死んで保険金が手に入ったとかいう有名なアレだろうか?
「ではこれから夕食の暮れ六つ(夕方6時)まで自由時間とする。各自、新選組隊士として節度ある行動を心掛けるように。以上、解散!」
近藤さんの、ある意味どうでも良い話の後を、いつものように土方副長が
「島田はどうするんだい?」 隣の斎藤が
「ふふふ、聞かれるまでもない。海に決まってるだろう!」
「湖だよ」
「
「僕はそういうのに興味ないから、温泉でも入って来ようかな?」
「年寄りくさいなあ。あ、もしかしてここって混浴だったっけ?」
「男女別々だよ」
「ちぃ」
「そんなの当然じゃないか」
「ま、いいか。そーゆーわけで俺は海に行く」
「湖だったら。じゃ僕は温泉に入って来るよ」
斎藤と別れて部屋に水着を取りに戻り、ふろんとに戻った所で、背後から槍を突き付けられた。
「島田! 大麻神様を見に行くわよ!」
「俺はこれから海に・・・」
「湖です」 ボソっと訂正される。この声はそーじだ。
「山の空気はおいしいよ」 この声はへーだ。三方から囲まれてしまった。俺は逃げられない!
どうやら沙乃と3人揃って大麻神様の所に行くみたいだ。そういえば行く前から、この3人は山に行くと行ってたのだった。俺は海の方が良いのだが・・・・というか、今回は選択肢すら出ないのか?
「いや、俺は
「島田さん、日本語が変です」
「まこと、よっぽど泳ぎたいんだね」
「島田の事だから、どうせ女の子の水着が目当てなんでしょ」
「違うぞ、沙乃。
「え〜と、どう違うのかな?」 とへー。
「目的は『水着』ではなく『女の子』なのだ」
「おお、なるほど」 ぽんと手を打つへー。
「じゃ沙乃たちと一緒に山でもいいじゃない。女の子が3人なんだから」
人の話を聞いてないな。水着の女の子と言ってるだろうに・・・。
「分かってないな。『女の子+水着』に意義があるんじゃないか」
「水着で山に登るのは変ですよ」 とそーじ。
「蚊に刺されそうだね」 同じくへー。
・・・なぜ、そうなる?
「じゃ、そーゆーことで俺は海に向かうから、これで」
「馬鹿言ってないでさっさと行くわよ!」
槍が突き付けられたままである。ちぃ、ごまかしきれなかったか。
「あ、島田くん」
「近藤さん」
俺たちがふろんとで
「島田か、何を騒いでいるのだ?」
「近藤さんは海に行かないんですか?」 近藤さんと土方さんはナイスバディである。この2人が水着にならないのは海と太陽に対する
「えっ!? だってあたし金づちだし」 むぅ、それならば致し方なし。
「土方さんは?」
「私は泳げるぞ」
「いや、そーではなくて」 さすが土方さん。微妙に
「で、なんで騒いでたの? 他のお客さんの迷惑だよ」
「新選組隊士として節度ある行動を心掛けろと言っておいたはずだがな」
土方さんがギロリと俺を
「島田の馬鹿が湖に行くって言ってきかないのよ」
「う〜ん、自由行動だから別にいいんじゃないかな?」
近藤さんが首をかしげる。
“そうだ、そうだ〜”と俺は心の中で近藤さんに声援を送る。声に出したら槍で刺されそうだからだ。
「島田さんの目当ては、水着の女の子なんですよ。ナンパ目的の不純異性交遊です」 と、そーじ。俺はそこまでは言っとらん。というか、俺はみんなからどういう目で見られてるんだ?
「ふむ、犯罪防止の観点からも島田、お前は原田たちについて山へ行け。副長命令だ」
「そんなぁ〜」 っていうか俺は犯罪者かい!?
「それに、女の子が3人なんだよ」
「・・・
「そうじゃなくて、女の子3人だけだと危ないかもしれないから、島田くん、お願いね☆」
近藤さんからこう頼まれては断れるものではない。
「そ〜よ、か弱い乙女が3人、熊にでも襲われたらどうするのよ」 沙乃が得意げだ。
「それは大変だな」
「でしょ」 沙乃が更に得意げだ。
「罪もない熊が襲われるかもしれない」
「どーゆー意味よ?」
「えっ、私たちじゃなくて熊が襲われるの?」 とへー。
「熊ぐらいあっさり倒しそうじゃん」
「アラタじゃないんだから・・・」
「じゃ、悲鳴を上げて逃げるか?」
「馬鹿言うんじゃないわよ! やっつけるに決まってるじゃない!」
「ほら。罪のない熊が襲われてしまう」
「熊は存在そのものが罪なのよ」
「沙乃ちゃん、それは言い過ぎですよ」
「じゃ、そういう事で、俺は海に向かいますので・・・」
「ええい!
「放せ〜、ビーチが、ビキニのお姉ちゃんが俺を呼んでいる〜」
「絶対、誰も呼んでないです」 無情にもそーじが断言し、3人で俺を引きずって行く。武道の達人3人相手に勝てるはずもなく、しかも副長命令まで出てしまったので、俺も山登りが決定したのであった。
俺たち4人が台風の様に過ぎ去った後、ふろんとでは近藤さんと土方さんが話していた。
「やれやれ、どこに居ても騒々しい連中だ。それにしても温泉地に来てまで山登りをしなくても良さそうなものだがな」
「ほら、沙乃ちゃんは、おなかの
沙乃には、若い頃(つーか、沙乃の若い頃っていつだ?)切腹しようとした時の傷痕があるのだ。
「そうか、なるほどな」
「そーじもお日様に当たり過ぎるのは体に良くないだろうし」
「藤堂は付き合いだろうな」
「島田くんを連れて行ったのは、どうしてだろうね?」
「たまたま目についたからだろう」
「島田くんも気の毒に」
「あいつは普段から遊んでるようなものだから、特に骨休めなど必要あるまい」
ひどい言われようである。
「山の空気は澄んでいておいしいですね」
「『まいなすいおん』もたっぷりだよ」
大麻神様の神社は、雄琴を見下ろす山の中にあるらしく、俺たちはてくてくと山登りしていた。幸いにして参道の草はキチンと刈られており、探検ではなくちょっとしたハイキング感覚だ。
「ああ、水着のお姉ちゃんが・・・」
「まこと、まだ言ってるよ」
「そんなに見たいんだったら、沙乃が明日、一緒に湖に行ってあげるから」 ちょっと頬を赤らめながら沙乃がそう言う。
「・・・・」 俺は無言で想像力を働かせてみた。
・・・・(5秒経過)・・・・
スクール水着以外思いつかなかった。
「な、なによ」
「それは積極的に遠慮致します」 お子様の水着を見てもなあ。
「今、沙乃の事、子供って思ったわね」
「いや。お子様と思った」
「・・・・」
「・・・・」 沙乃が曖昧な微笑を浮かべていたのだが、
「同じだ! 馬鹿ぁ!」
「ぐはぁ!」 案の定、吹っ飛ばされた。
更に沙乃の槍が振り回される。
「槍は
「やかましい! 問答無用!」 容赦なく槍が迫る。
「うおー!!!」 俺はダッシュで逃げるしかない。沙乃が走って追って来る。
「2人とも、先に行っちゃいましたね」
「元気だねえ」
「あー、死ぬかと思った」
山を登り、100段近い石段を登った上にある大麻神様の神社は存外小さかった。
「まことは無駄に走ってたもんね」
「走らなきゃ、槍で突かれるだろ」
「
「自業自得よね」
「って、何で沙乃は平気なんだよ」
「鍛え方が違うのよ」
「まことも見習わないとね」
そう言われるとぐうの音も出ない。
「・・・善処します」
本殿と拝殿が一緒になった建物の奥に、御神体らしきものが立っている。
「あ、あれが大麻神様みたいだよ」
「・・・
「鎧というか、
「なんでコレが麻婆豆腐の神様なんだろう?」
「昔の中国に
「ほー」
「で、あるとき豆腐を使った辛い料理を料理人に命じて作らせて、それが麻婆豆腐になったんだって」 料理担当のへーの言うことだが説得力があるような、ないような。
「本当かよ?」
「って、山南さんが言ってた」
「うーむ」 多分、嘘八百だな。
「ま、何はともあれ、お参りして行きましょ。願いが
「そうだな。えーとお賽銭を・・・」
俺は財布を取り出し、
「あ、小銭がない」
「じゃあ、大きいのを入れればいいじゃない」
そう言うと、沙乃が俺の財布から1枚しか入ってない小判を抜いて、無情にも賽銭箱に放り込む。
1両の小判は、ゴトンと音を立てて(金だから重い)、賽銭箱の中に滑り落ちた。
「うあー、俺の1両が〜〜〜!!!」
「3人分のお賽銭になったわね。じゃ、お参りしましょ」
沙乃、お前は鬼か! いや、それよりも3人って何? 俺を含めて4人では!? いや、待て、そんな事を言っている場合ではない。一度賽銭箱に入れたお金は戻って来ないから、ここはいち早くお願いせねば! 俺の金だし!
“あ、でも、ここの大麻神様は願いを
【大麻神様に何を願う?】 |
・金 ・女 ・出世 |
金・・・は、俺の保険金になりそうだからパス。
女・・・は、土方副長のような性格の悪い女に惚れられても困るからパス。
出世・・・は、二階級特進しそうだからパス。
3つとも駄目じゃん! 他に望みは・・・うーん、うーん、あ、これにしよう”
考え事で時間を食い過ぎたので、一番俺に損害の少なそうな選択肢にない4つ目の考えを急いでお願いして・・・。
「島田、島田っ!」
「えっ? おおっ?」 目の前に沙乃の顔のアップがあった。
「あんた、何を
「何を願おうか一所懸命考えてたんだ」
「水着の女の子じゃなかったんですか?」 とそーじが
「それ別に神様に願うほどの事じゃないしなあ。明日泳ぎに行けばいいだけだし」
「そうですね」 俺の答えにそーじも納得する。
「お金とかは?」 次はへーが訊いて来る。
「俺が死んだ保険金とかになりそうじゃん」
「あはは、確かに」
「出世は? 島田は神様にお願いしないと出世しそうにないじゃない」
「二階級特進したらどーすんだよ?」
「
確かに。新選組には階級が上から、局長・副長・副長助勤・伍長・平隊士の5つしかないので、二階級特進制度があったら、みんな副長助勤になってしまう。
「そうか、だったら出世を願えば良かったのか!」
「出世した途端に新選組が解散する可能性はありますね」
将軍家茂公が京から江戸に帰った時、局長の近藤さんが『新選組を解散して江戸に帰る』と駄々をこねたことがある。あのときは、危うく本当に解散する所だったのだ。
「怖いこと言うなよ、そーじ」
「そーよ。縁起でもない」 これには沙乃も俺に同意する。
「剣が強くなれば昇進できるから、剣が強くなりたいとかじゃ駄目だったの?」
「そしたら、一気に銃の時代が来そうじゃん」
「島田さん、考え過ぎですよ」
「それで何を願ったのよ」
「ずばり、神風!」
「特攻隊の?」
「それだと俺が死んじゃうじゃないか」
「それもそうね」
「じゃあ、元寇の方ですか?」
「そー、それ。
神風が吹いて黒船が吹き飛ばされれば、キンノーもおとなしくなって一挙両得」
「それで、島田さんにどんな得があるんですか?」
「そう言われると、特にないような気もするな」
「あの神風って台風だったんでしょ? 台風の被害はどーすんのよ?」
もっともな問いだ。
「俺には家も畑もないから、俺に対するダメージはない」
財産のない人間の強みだ。得もなければ損もない。願いとして完璧だと思ったのだが・・・。
「でも、島田さん本人が、土砂崩れに飲み込まれたりとか、濁流に流されたりとか、家ごと潰されたりとか、飛んで来た瓦に当たるとか色々あるんじゃないですか?」
そーじが冷静にひどい事を言う。だが言われてみれば確かにその通りだ。
「・・・そこまで考えてなかった。大麻神様、さっきの願いは取り下げます。なかったことにして下さい」
「あんたね〜」
お参りも済ませて帰ろうとした瞬間。突然、風が吹いた。ここは山の上なので下からの上昇気流だ。
「きゃーっ!」 悲鳴のした方を振り返ると、3人がスカートを必死で押さえている。マリリンモンローな状態だ。うむ、絶景かな!
ひらひら
「し・ま・だ〜!!!」 沙乃が槍を握り締めている。
「島田さん、最低です」 そーじも菊一文字の柄に手をやっている。
「まことのH」 同じくへーも斬馬刀を構えている。
「突風は俺のせいじゃないだろ! これは幸運な、いやもとい、不幸な事故だ」
「島田は大麻神様に何をお願いしてたっけ?」
「神風です」 沙乃の問いにそーじが答える。
3人の怒りの矛先が俺に向けられている。
「俺が望んだのは、こーゆー神風じゃない!」
「プチ神風かな?」 とへー。笑顔だがこれは怒ってる笑顔だ。
台風に比べると、随分と威力の低い神風だが、俺が一瞬、幸せになったのは間違いない。3人が怒った顔で包囲を狭めて来る。どうやら逃げられそうにない。願いが
「おしおき!」 へーが動いた瞬間には、俺の頭に斬馬刀が振り下ろされていた。
ゴン! 鈍い音が響く。
「ぐお!」
「大丈夫。峰打ちだから」
「斬馬刀で頭を殴られて大丈夫なわけないだろー!」
でもたんこぶが出来るぐらいで済みそうだ。俺って頑丈だな。
「今度、馬鹿な真似したら槍で刺すわよ」
「あたしは斬ります」
「だから俺は何もしてない〜!」
「ただいま〜」 夕方になる前に4人は無事に旅館に戻った。ちなみに無事なのは3人で俺はズタボロである。
「うわ、島田、ボロボロだね」 と風呂上がりの斎藤。
「いや、ちょっと神風がな」
帰り道、何を思ったか突風や上昇気流が吹きまくった。神風の規模こそ小さかったが、大麻神様は、ちゃんと1両分の願いは
「神風?」
「島田! 余計な事を言ったら刺すわよ!」 沙乃が槍を構える。そーじとへーも無言で武器を構える。
「斎藤、大麻神様には関わるなよ。不幸になるから」
「何だかよく分からないけど、分かったよ。それよりも宴会の前に、島田は温泉に入った方が良さそうだね」
「ボロボロだからな、そうする」
温泉には先客が居た。山南さん以下、海に行った男どもだ。みんな良く
「みんな良く焼けましたね〜」
「うむ、一日中ビーチにいたからな。島田君の方はどうしたね、そのケガは?」
「神風のせいで
湯船に
「神風?」
「かくかくしかじかです」 俺は沙乃・へー・そーじ3人のパンツの色と柄まで含めて起こったことを事細かに説明した。いつの間にか、他の野郎どもも話を聞いている。
「ふーむ、それは面白いな」
「3人からボコボコにされましたから、あんまり面白くはないですけどね。そっちはビーチで水着鑑賞だったんじゃないですか?」
「芹沢君のナイスバディな水着姿は一見の価値があったが、ビーチで水着になるのは当たり前じゃないか。スカートめくりの醍醐味には及ばないよ」
「別に俺がめくった
今の金額にすると約4万円ほどの大金である。
「島原で遊んだと思えば安いものじゃないか」
確かに言われてみれば、そうなのだが・・・・。そう言われてみると、その程度の金額で黒船を追い払うほどの台風を呼ぼうとする方が図々しいような気がするな、うん。金額に合わせてプチ神風を発生させた大麻神様の方が常識的だ。あ、だからお賽銭に小銭を入れても願いは
「でも1両でパンチラってのは高くないっすか?」
「では試しに、鈴音に1両渡してから『パンツを見せろ』とか言ってみたまえ」
「・・・殺されますよ」 瞬間みじん斬りにされる可能性が高い。
「僕もそう思う」
「すると1両で3人のパンツが見れた俺は、ボコボコにされたぐらいで済んで幸せなのか・・・」
「さすが大麻神様だな。
ふむ、僕も明日、参りに行こう」
「副長! お供します」
「自分もご一緒します」
「自分も」
「自分も志願します」
男達が次々に湯船の中に立ち上がる。こ、こいつら・・・・。
「なんてお願いするんですか?」
「後から襲ってくる不幸の事を考えて、不幸になっても後悔しないぐらいビッグな事を願わねばなるまい」 おお、山南さんが燃えている。
「しかも1両でその威力なのだから、お賽銭は奮発せねばなるまい」
俺も負けてはおれない。
「俺も明日こそ、ビーチへ行きます!」
「うむ。島田君、それでこそ
男湯は熱い熱気に包まれていた。
翌日、俺はビーチへ行けなかった。昨夜遅くから降り始め、今朝は土砂降りの雨だからだ。ビーチには太陽が必須アイテムなのだ。この雨ではビキニの姉ちゃんは期待できない。
そして、この豪雨の中、山南さん率いる大麻神探検隊は蓑笠に身を包んで元気に出発して行った(※含む、永倉
「なぜだ〜! 大麻神様の不幸はまだ続いてるのか〜!
やはり昨日、ビーチへ行っておくべきだったのに・・・」
「何よ、沙乃たちが悪いっての?」
「無理やり連れてったのは、そっちじゃないか〜。山南さん達は水着のお姉ちゃんたちを堪能できたのに俺だけ仲間外れだ・・・」
「じゃあ、まことはいい思いができなかったのかな?」
「あたしたちに、あんな
「へー、そーじ、誤解を招くような言い方はやめてくれ」
「な、何があったの? ドキドキ?」
「よもや、士道不覚悟ではあるまいな?」
ほら、誤解した人が来た。
「聞いてよ、ゆーこさん。山からの帰り道で、沙乃たち、島田から散々スカートをめくられたのよ!」
「俺じゃないだろ〜!」
「スカートめくりとは・・・お前は小学生か、島田」
「小学生なのは沙乃だけです」
「何ですって!」
「だって、お前だけ、猫さんプリントだったろ!」
「何よ、かわいいじゃない!」
「新選組幹部として、色っぽいパンツを着用すべし。そーじやへーを見習うべきだ」
「あたしのそんなに色っぽくないですよ?」
「だって、そーじはピンクだったじゃん。へーは純白だったし」
「しっかり見られてるよ」 へーが目に縦線だ。
「ってゆーか、島田に見せる為じゃない!」
「誰にも見せないんだったら、猫さんの必要もないじゃないか!」
「分かってないわね、見えない所に
「だったら、高級なロシアンブルーとかペルシアンとかにすべきだろう」
「まこと、ペルシアンは猫じゃないよ」
「ニャースの進化系ですね」
「ふっ。島田の知識も浅いわね」 沙乃から鼻で笑われてしまった。
「というか、猫が高級になれば良いんですか?」
「いや、そーじゃないだろ。レースだったり紫だったりシルクだったり、色々あるじゃん」
「で、沙乃ちゃんがそれを
「うーむ、それは全然似合わないような気がするぞ」
「どーゆー意味よ?」
「なんか論点がどんどんズレてるよーな気がする」 へーが呆れている。
「それで、一体何があったのだ?」
「島田が大麻神様に神風を願ったのよ?」
「人間魚雷の?」
「それは回天です」 近藤さんがボケたので、ここは突っ込んでおく。
「大麻神様が島田さんのお願いを
「おかげで島田のバカに見られまくったのよ」
「あれは事故で俺は悪くない」
「しかもお賽銭を1両も入れて」
「島田くん、太っ腹〜」
「沙乃が俺の財布から勝手に抜いたんじゃないか!」
「なるほど、大体、分かった」
「分かってくれましたか、副長」
「あまりにも下らないので、裁定する気にもならん」
「あ、やっぱり」 とへー。
「で。山南は島田のその話を聞いて、この雨の中を出掛けたのか?」
「みんな風邪を引かないといいけど」
「やれやれ、揃いも揃って、ウチの男どもは・・・・」
首を振りながら、土方さんがそのまま去る。
「あ、待ってよ〜、トシちゃん」
近藤さんがその後を追いかけて行く。
「沙乃も今日は温泉を堪能しよーっと」
「あたしも〜」
「じゃあ、私も」
こうして、3人も温泉に行ってしまった。
そして取り残される俺。
「じゃあ、俺も温泉に行ってやる〜」
居残り男組は、俺・斎藤・おやっさんの3人である。俺たちが温泉に浸かっていると、突然突風が吹き、女湯との境の竹を編んだ壁が倒れた。留めてた縄が
・・・まあ、後からボコボコにされはしたのだが・・・。
その夜、突然、地響きと共に宿屋が倒壊した。
「な、何だ、何だ? うお! 俺はいつの間に中庭に!?」
「島田は寝てたから、僕が連れ出したんだ」 隣に斎藤がいた。
つい先程まで旅館だった建物は、目の前に屋根がある所を見ると、2階と1階部分が完全に潰れているようだ。あの中に居たら俺も潰されてたな。
「助けていただき、かたじけない」
「危ういところだったね」
「みんな、無事〜?」
「点呼を取るぞ。各自、自分の組長の下に集合しろ。副長助勤は自分の組を確認後、私まで報告!」
近藤さんと土方さんがやってきた。2人とも無事だったらしい。
「何があったの?」 浴衣をはだけさせながら、カモちゃんさんが走って来た。
「カーモさん、大丈夫だった?」
「うん。アタシは一杯
「チッ。悪運の強い・・・」
土方さんが小声で舌打ちしてる。
「おーし、あたいの組に建物に潰されるような間抜けはいないな」 配下の無事を確認して永倉が満足そうに
「あたしの組も大丈夫です」 同じくそーじ。ちなみに俺と斎藤はそーじの1番組だったりする。
「儂の所も大丈夫じゃの」 井上さんの組も全員無事だったようだ。
「私のトコもみんな無事〜」 とへー。
どうやら全員無事らしい。さすが新選組だ。気配を察していち早く脱出したようだ・・・まあ、その、俺は気付かず寝てたけどさ。
「よし、では瓦礫を撤去し、旅館の人の救出にかかるぞ」
と、土方さんが号令をかけたのだが、沙乃の配下の10番組の連中が騒いでいた。
「副長、原田組長がおられません!」
「まさか、原田が・・・」
「そんな、沙乃ちゃん・・・ううっ」
「沙乃は小さいから、どっか隙間に
「島田、落ち着いてないで助けなきゃ!」
「全員、散開、原田を捜索する」 土方さんが凛と命じた瞬間、
「誰が小さいですって〜!」
瓦礫の中から現われたのは・・・巨大な・・・沙乃?
「うお〜、ジャイアント沙乃〜〜〜」
「・・・・」 俺の隣の斎藤は唖然としている。近藤さんや土方さんも口をポカンと開けたままだ。
沙乃が上から俺たちの方を見回した。
「何で、みんなが小さくなってるの?」
「お前が大きいのだ、原田」 と土方さん。
土方さんの言葉に、沙乃が建物の残骸の回りにいる俺たちを見回し、庭の植木の松の木や、離れの建物、隣の旅館などを見て、俺たちが小さくなったんじゃなく、自分が大きくなったんだと理解したらしい。
「な、なに、これー!」 パニックになって立ち上がる沙乃。
「うわー」
「安全圏まで退避! 沙乃ちゃん、いきなり動かないで」
「あ、ゆーこさん、みんな、ごめん」
「沙乃、お前、大麻神様に『大きくなりたい』って願ったんだろ?」
「(ギクッ)・・・そ、そんな事あるわけないじゃない!」
声が明らかに動揺している。
「大麻神様は、沙乃ちゃんの願いを
「でも、大きすぎますよ」 とそーじ。
「大きいの意味が違うような気がするな」 と土方さん。
「まあ、神風でスカートめくりしたり、女湯を覗かせたりする神様だからねえ」
とへー。笑顔だが、これは根に持ってる笑顔だ。
「願いが
「沙乃ちゃんは不幸にはなってないんじゃない?」
「いや、あのサイズは十分不幸だと思うが・・・」
「よいしょっと」
俺たちが十分離れたのを確認してから沙乃が立ち上がった。服についた瓦とかをガラガラと払い落とす。目測だが全長で8mぐらいか。隣の旅館の2階の屋根と同じぐらいの高さだ。ロボットで例えるとパトレイバーと同じぐらいの大きさで、ガンダムの半分ぐらいだ。
「旅館、壊れちゃったね・・・弁償かな?」
「うーむ。原田のせいなのは明白だからな」
「また借金が増えますね・・・」 どうやら、やはり不幸からは逃れられないらしい。
「願った本人だけでなく、まわりまで不幸になるのか・・・」
「それは島田さんの神風で証明済みです」
「大麻神様の馬鹿ーーー!!!」
沙乃が叫ぶが叫んでどうなるものでもない。
「しかし服や槍まで巨大化してるのは変じゃないか?」
服を着て寝ていたわけでもないだろうが、今の沙乃はちゃんと制服を着ており、
「さすが神様の神通力だね☆」 と笑顔の近藤さん。
俺のときもそうだったが、大ざっぱなようでいて、芸が細かいのが大麻神の神通力か。・・・神様はヒマなのだろうか?
「お!」 俺は沙乃を見ていて、あることを思いつき、ポンと手を打った。
「な、なによ?」
「喜べ、沙乃、胸でカモちゃんさんに勝ったぞ」
「胸囲3mはありそうだね」 とへー。
「驚異的だね☆」
「・・・近藤、下らない洒落を言ってると切腹させるぞ」
「ごめんなさい」
「新選組でトップを切ってたアタシが負けるなんて・・・」
「勝ってもあんまり嬉しくない・・・」
「沙乃は、そのまんま大きくなったみたいだから、143cmの身長が8m近くになってるって事は・・・」
「約5.6倍ですね」 瞬時に暗算するのは勘定方の河合耆三郎だ。
「って事は、元の沙乃の胸囲は64cmだから・・・」
「3m58cmになります」 またしても河合が瞬時に計算する。
「デカッ!」
「なんで島田が沙乃の胸のサイズを知ってるのよ!?」
「企業秘密だ」
「ああっ!」 山南さんが突然叫ぶと、頭を抱えて座り込んだ。
「山南さん!?」
「あっ!」「ああっ!」「しまった!」「そういう事かぁ!」
などと口々に言いながら、新選組の男たちもその場にへたり込む。
「な、なに?」 その突然の様子に近藤さんが戸惑う。
「俺が思うに、山南さんの願い事も沙乃の巨大化に関係してるんじゃないでしょうか」
「どーゆー事よ?」
「今の沙乃は、多分、日本一胸のデカい女だからな」
「なるほどね」 近藤さんが納得したように
「原田の『大きくなりたい』という願いと、山南たちの愚かな願いが合致したわけだな」
「まさか、こんな馬鹿な結果になるとは・・・考えに考え抜いたんだが・・・」
後悔をたっぷり
「俺も沙乃もそう思ってますよ」 やはり大麻神様は一筋縄ではいかないらしい。願い事は予想外の方向で
「ともかく原田が無事でよかった」
「この状態が無事なんですか?」
「建物に潰されるよりマシだろう」
「でも旅館を壊したのは沙乃ですよ」
「沙乃は悪くないもん」
「沙乃がここまで大きくなるとは、山南さんたちのお賽銭がよっぽど多かったんだな」
「という事は責任の一端は山南たちにもあるな」
「否定はできないな」 と、
「旅館再建の費用は山南たちで負担するように」
「でもトシちゃん、新選組の立場があるよ」
「ふむ、近藤の言う通りだ。今回の借金は新選組が被るが、返済はお前たちに任せるからな」
「沙乃は?」
「沙乃は旅館を破壊した張本人じゃん」
「沙乃は悪くないもん」
「原田も山南に協力して、借金返済に努めるように」
「はーい」
沙乃が渋々返事をする。
「それでは、旅館の・・・」
「旅館の人は全員無事だって〜」 とカモちゃんさん。大ざっぱでてきとーなようで(いや、大ざっぱで適当だけどさ)、それでいて細かな気の回る
「ふむ、それでは他の旅館に分宿させてもらう事にしよう」
「まかせて。宿割りは得意なんだから」 と近藤さん。
「沙乃は?」
確かにこのサイズでは旅館に泊まれない。
「寺の本堂でも借りるしかあるまいな」
「はーい」
沙乃が力無く返事する。
近藤さんの尽力で、新選組隊士は、あちこちの宿屋に分かれて泊めてもらえる事になった。沙乃はお寺の本堂である。
かくして今回の旅行は、巨大化した沙乃と、増えた借金と、落胆した男どもを除けば、何事もなく終わったのである。
(第2話に続く)
(分かる人だけ分かるおまけのSS)
[琵琶湖から京への帰り道]
【原田】 視点が高いと景色がいいわね。
【近藤】 うん。モコちゃんの気分だね☆
[近藤は沙乃の肩に座っている]
【土方】 モコ?
【藤堂】 モバイル・コンバット・オフィサー・タイプ・フィフティースリーの略だよ。
【土方】 何だ、それは?
【沖田】 ライアーソフトの『ピンクパンツァー』の登場人物ですよ。
【土方】 むう。
【芹沢】 歳江ちゃんは、あのゲームには出てないもんねえ。
【土方】 あんたも出てないだろが!
【芹沢】 ゆーこちゃんやそーじちゃんと一緒に出てるよ。
【土方】 それは声だけだろう。
【芹沢】 あれ、実はアタシたちが演じてるんだよ☆
【島田】 声が同じだから否定出来ないのがつらいところですね。
【土方】 うーむ・・・。