行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ
『武蔵坊弁慶』
元治元年春。ある日の朝礼。上座の中央に局長の近藤勇子。その両脇を副長の土方歳江と山南敬助が固めている。
「それでは朝礼を始めます」 近藤さんが、にこやかな笑顔で朝礼を始める。
「それじゃ、トシちゃんお願い」
「では報告を行う。新選組の名声は高く町民の評判も良い」
近藤さんの合図を受けて、いつものように土方さんが報告を始める。
「みんなががんばってるからだよね」
「問題なのは治安だが、奉行所より報告があった。最近五条大橋にて、夜、追い剥ぎが出るそうだ」
ふと気付いた。土方さんの刀がない。
「はい!」 俺は挙手した。
「何だ? 島田」
「土方さん、刀はどうしたんですか?」
「刀の時代は終わった。これからは銃の時代だ」 土方さんが遠い目をする。
「トシちゃん、その台詞はまだ早いよ。せめて鳥羽伏見までイベントを進めないと」
「冗談だ。実は黒谷からの帰り道で床伝から知らせを受けて、
痴れ者を懲らしめようと五条大橋に向かったのだが・・・」
「まさか負けたんですか!?」
「ちょっと調子が悪くてな。兼定を取られてしまった」
「取られてしまった・・・って」
「ちゃんと稽古しないからだよ」 と近藤さん。
「トシさんは天然理心流の免許を持ってないですから・・・」 これはそーじだ。
「こほん。監察方の山崎に調べさせたのだが、賊の名は武蔵坊弁慶。
佐幕派の武士や奉行所の役人ばかりを狙い、刀を奪っているらしい」
「ギネスブックにチャレンジでもしてるんですかね?」
「弁慶といえば、千本刀取りが有名よね」 と沙乃。
「でも何で弁慶がキンノーについて幕府側を狙うんだ?
徳川将軍は源氏の子孫じゃないか」
「弁慶の主君の義経を討ったのは頼朝だから、源氏を恨んでるんじゃないかしら?」
「どっちも源氏じゃん」
「それはそうね」 沙乃も首を傾げる。
「ともかくこのままにしておけば、幕府の威信に関わる。
早急に対処しなければならない。そーじ、お前が行ってこい」
「分かりました」
「弁慶が出るのは夜だけだから、そーじは昼寝をしておけ。
他の者はいつも通りの任務に就くように」
「はい!」 俺はまた挙手した。
「今度は何だ、島田」
「いつものように全員で出動して召し捕ればいいんじゃないんですか?」
「相手が橋の上で待ってるんだから、こっちも一人で行かないとね。
武士は正々堂々だよ」
俺の問に近藤さんが答える。
なるほどそういうものか。
「他に質問は?
ないみたいだな。それでは解散!」
ちょっと思ったのだが、弁慶に負けて刀を取られた土方さんは士道不覚悟で切腹しなくても良かったんだろうか? 最近、局中法度の運用が今一ついいかげんな様な気がするのだが・・・・。
翌朝、そーじが負けて帰って来た。
「菊一文字を取られちゃいました」
「うーむ、そーじまで負けるとは、弁慶おそるべし」
「じゃあ、次はあたしが行く〜」 近藤さんが挙手する。
「近藤は駄目だ」
「だいじょーぶ。あたしは天然理心流の4代目なんだよ」
「もしも局長の近藤が負けたら新選組の評判が地に落ちる」
「副長と剣術師範が負けるのはいいんですか?」
「島田・・・腹を斬りたいのか?」
「いえ」
「とりあえず、情報収集だ。その後、対策を立てる。解散!」
その日の朝礼は強引に終わってしまった。
さらにその翌朝。
「虎徹を取られた〜」 近藤さんが泣きながら帰って来た。
どうやら土方さんにも内緒で勝手に出掛けて、弁慶に負けたらしい。
「馬鹿者! だから近藤は出るなと言ったものを」
「虎徹〜!」
「ゆーさんの虎徹は偽物だから別にいいじゃないですか」
「違うもん。本物なんだもん。20両もしたんだもん」
「でも、これで試衛館は全滅ですね」
「島田・・・よっぽど腹を斬りたいらしいな」
「まだうちには北辰一刀流の山南さんやへー。神道無念流の永倉がいるじゃないっすか」
「今、島田が言ったのは全員、試衛館の門人だぞ」
「沙乃は宝蔵院流槍術じゃなかったっけ?」
「剣は試衛館よ」
「まあ、それはともかく弁慶の弱点が分かった」
「弁慶の泣き所だな」 と永倉。何というか、そのまんまだな。
「奴は美少年に弱いらしい」
「美少年ですか・・・・俺の出番ですね」 俺は勢い込んで立ち上がる。
「ちなみに美少年とは、美が少ない年寄りの略ではないぞ」
「ふくちょー、いくら何でも年寄り扱いはあんまりなんじゃないかと」
「では、島田、お前に色仕掛けができるのか!」
「うっ」
俺は言葉に詰まった。俺もそこそこ美形だとは思うのだが、巨漢の坊主相手に色仕掛けなんか使いたくないぞ。
「斎藤が適任だと思います」 こういう事は斎藤に押し付けてやれ。
「ええっ!」 俺から突然話を振られた斎藤が驚くが、
「ふむ、島田の言うとおりだな」
「適任ね」
と、あっさり承認されてしまった。
「と、いうわけで、武蔵坊弁慶は斎藤に任せようと思う」
「じゃあ、さっそくお化粧ね☆」
近藤さんとへーが嫌がる斎藤を引っ張って行く。
「わー」
お化粧・・・良かった。斎藤に押し付けて・・・。
しばらくして、斎藤が戻って来た。化粧をして、なぜか女装している。しかも似合っている。
「じゃーん。どお? すごいでしょ。どこから見ても美少女よね☆」
「うう、島田。恥ずかしいから見ないでよ」
斎藤は必死にミニスカートの裾を押さえている。
「うあ! そこらの女どもよりはるかに美人じゃん!」
女と見まごうばかりというより、近藤さんの言うとおり、どこからどうみても超A級の美少女だ。しかも色気では新選組の女どもを圧倒している。
「し〜ま〜だ〜」
「そこらの女どもって、誰の事かしら?」
永倉と沙乃が炎を背負っている。お前らの事だ、お前ら。
「島田くんの馬鹿ぁーーー!」 近藤さんの渾身のぐーがHIT。
「天誅!」 へーは斬馬刀を振り上げる。
「士道不覚悟ー」 土方さんは蹴りだ。
「はっ! しまった。 うあー」
そして本当の事を言ったばっかりに、俺はそこらの女どもによってボコボコにされたのだった。
その翌朝。なぜか斎藤が弁慶を連れて帰って来た。斎藤の話によると、牙突で楽勝だったらしい。やはり弁慶は重度のショタコンだったらしく、それが大いに影響したそうだ。弁慶は実力を出し切れず斎藤に敗れた。土方さんの作戦勝ちだ。兼定と菊一文字と虎徹も戻って来た。
が、
「それがし、斎藤殿に惚れてござる。ぜひとも、ぜひとも、この武蔵坊弁慶を家来に取り立てて下され、なにとぞ、なにとぞ!」
斎藤は断ったのだが、
「拙僧は、決してあきらめませんぞ!」
とか言ってついて来たらしい。それだと斎藤に選択の余地はないじゃん。
「どうします? 副長?」
「武蔵坊弁慶を新選組隊士として採用する」
「そんな、無茶なあ!」
「斎藤を副長助勤に昇格させ、弁慶を3番隊に配属すれば斎藤の部下になるから何の問題もあるまい」
「そういう問題ですか? 犯罪者を入隊させていいんですか?」
「強いのでよしとする」
「そんな馬鹿なあ!」
俺の叫びも空しく、武蔵坊弁慶は新選組に正式採用され、ここに巨漢の坊主の隊士が誕生したのである。ちなみに不条理のパラメーターが一気に跳ね上がったのは言うまでもない事だった。
(おしまい)
(あとがき)
若竹掲示板に『某大手警備会社就職者』様が書き込みされたのですが、行殺にもキンノーとして武蔵坊弁慶が出てくるのですな。(キンノーファイトでのみ)
以下、キンノー図鑑より転載。
『武蔵坊弁慶』 |
五条大橋に立ち、幕府役人から刀を奪い続ける不逞の輩。実は結構いい奴のはずなのだが、奥州で立ち往生までして義経に仕えたというのに、死後「弁慶なんて後世の創作だ」「僧兵の集団の事だ」などとその存在を否定されまくったことに腹を立て、わざわざあっちの世界からかえってきた。ホントは佐幕だろうが、キンノーだろうが斬れれば誰でもよかったのだが、キンノーの志士に「俺らが政権取ったら皇国史観を取り入れて、ありとあらゆる伝承は実際にあったことにしますんで協力して下さいよ」と頼まれ、ターゲットを幕府役人に絞ることに。本来なら新選組隊士のかなう相手ではなかったのだが(なんせ霊だし)、重度のショタコンであることを看破した土方副長の策略(ショタ系同人誌を使ったおとり作戦だったらしいが、資料が散逸してしまっているため、具体的には不明)により見事に撃退されている。 |
これを読んで、お! これをそのままSSにすれば面白いんじゃないかと思い立ち、さっそく書きました。
ちなみに近藤の虎徹が偽物で20両というのは、『新選組血風録』(司馬遼太郎)から、ラストの弁慶の台詞は大河ドラマ『義経』の弁慶の台詞を流用しています。
また、舞台を元治元年の春に設定してますが、実は五条大橋の事件を調べても事件の日時が分かりませんでした(創作という説もあるし)、ですが、大河ドラマでの五条大橋のシーンで桜の花びらが舞ってたので、春としました。あと、文久年間だとすると、カモちゃんが生きてて、カモちゃんさんはカモちゃん砲で五条大橋ごと吹っ飛ばしそうな気がしたので、彼女が暗殺された後の元治元年春の設定にしました。
弁慶がショタコンというのは、上記キンノー図鑑の情報ですが、だったらショタコン対策として斎藤に女装させるのはおかしいみたいですが、義経は女装してたのでそうしました。ショタコンの心理はよく分からんので、美少年が女装していたらショタコンに効果があるかどうかは不明です。誰かショタコンの方で分かる方が居たら教えてください。