** 病院の待合室で足の不自由なお婆さんが隣に座っているおじいさんにつぶやいているのが聞こえてきました。
** 「わたしはね、しゃんしゃんと歩いている年寄りをみるとね、腹が立って背中を蹴飛ばしてやりたくなるんだ……自分の足が不自由なことががみじめでみじめでたまらないんだ」
** 隣の席のおじいさんは「あんたより、もっと足の悪い人いるんだから、がんばらなきゃいけないよ」と慰めていました。(あまり慰めにはなっていないと思いますが……)
** わたしは、そのお婆さんの気持ちがよくわかります。子供のころ、年に何回も風邪をひいたり喘息になったりして学校を休みました。友達は風邪ひとつひかず、皆勤賞をもらいました。わたしはその友達のことを にくらしく思っていました。
** そして、自分の体の弱いことがみじめでなりませんでした。わたしの心は、ひがみとねたみでねじれていました。 もし、イエスさまを信じることがなかったら、今でもねじれたままだったと思います。
今回病気して体はつらかったのですが、嘆いたりみじめだという思いはなく、自分でも不思議なほど平安な気持ちでいられました。
** ここに書いた詩は全部肺炎の床で考え作ったものです。少し重い感じがしますが、字脚をそろえてみました。


ずっとずっと



ぼくが 神さまのこと 知らないときも
ぼくが 神さまに背を 向けたときにも
神さまはね そんなぼくのこと
ずっと ずっと 愛していたんだ

ぼくが つらい目にあい 神さまに向け
いっぱいつぶやいたけど 気づかなかった
神さまがね ぼくのそばにいて
ずっと ずっと 苦しんでいたこと

ぼくが 神さまのね 愛に気づいて
ぼくは 神さまのこと 愛したけれど
ぼくの愛は 神さまのよりも
ずっとずっと小さかったんだ

神は ぼくの罪をさ 赦すためにね
イエスの とうとい命 与えてくれた
神さまのね 愛はぼくのより
ずっとずっと 大きかったんだ

ぼくが この先のこと 不安になって
夜も 寝られなくなって しまったときに
神さまはね 言ってくれたんだ
ずっと ずっと いっしょにいるから

ずっと ずっと いっしょにいるから



まっすぐに



たとえ体が どんなふうにになっても
  たとえ余命が 半年といわれても
決して 悲観したり ひねくれたりせず
イエスさまを ただまっすぐに 
みつめていたい

たとえどんなに 激しい痛みがきて
息苦しくて 耐えがたいときでも
決して うらんだり 文句いったりせず
イエスさまの ひとみのなかに
たたずんでいたい

不思議なメロディー



こころの 浅いところに
悲しみの川 流れてる
避けられぬ 老いと死 病
人の世の はかなさ むなしさ

こころの 深いところに
喜びの川 流れてる
永遠に 変わらないもの
神さまの たしかな約束

悲しみの川が奏でる旋律と
喜びの川が奏でる旋律が
重なりあい
からみあって
不思議なメロデイーつくっている

病気すると



病気すると
自分がみじめで しかたなかった
弱い自分が なさけなかった
そして 病をにくんだ

キリストに
出会ってからは みじめな気持ち
少しもなくて 平安に満ち
ありがとうと言っている

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