色をなくしたインコ(1)
(一)
今から5000年ほど前、ノアは箱舟を作り、すべての種類の動物をひとつがいずつ乗せました。
ライオン、象、チータなどの大きな動物。リスやウサギ、犬やネコ。ヘビやカエル、虫や鳥を種類ごとに部屋に入れました。
箱舟の中でいちばんやかましい場所は屋根裏部屋です。そこは鳥たちの部屋でした。
チュンチュン、ピピピ、チチチ……と、鳥たちは歌をうたったり、おしゃべりしたりしています。
オオワシのダイゴがはねをバサバサゆすると風が起こり、ハチドリが風にあおられてひっくり返りました。
インコのヨエルは、部屋のまん中の横木にとまって、ツンとすましています。ヨエルのつばさは目のさめるようなコバルトブルー。背と腹は黄色。頭から胸にかけて赤いもようがあります。
天井の小さな窓から夕日が差しこみ、ヨエルのはねはいっそうあざやかにみえました。
「おれさまほどきれいなはねの鳥はいないぞ」
ヨエルはじまんげに胸を突き出しました。
「ホントにきれい。あなたは、ひときわ目立っているわ」
奥さんのレアがうっとりとした目でヨエルをみつめました。
(二)
とびらが開いて、ノアが桶いっぱいのトウモロコシと水を持ってやってきました。
「わーい、ごちそうだ!」
みんないっせいに桶のところにとんできて、争いながらそのふちにとまりました。
「おい、そこをどけ、おれさまが食べられないじゃないか」
ヨエルがハトのポポを追いやりました。
「みんな、どいてよ。わたしたち小さな鳥が先よ」
ハチドリがキーキー声を上げました。
「争ってはいけないよ。食べ物はじゅうぶんあるのだから。仲良くお食べ」
ノアはおだやかな声でいうと、部屋を出ていきました。
「いちばん偉い鳥から食べることにしないか」
ヨエルがみんなを見回していいました。
「いちばん偉い鳥ってだれだい?」
ポポが頭をくるりと回しました。
「そりゃ人間に喜ばれる鳥だよ」
「どんな鳥が人間に喜ばれるんだい?」
「はねが美しい鳥に決まってるじゃないか」
ヨエルは黄色いくちばしで自分の胸をつつきました。
「おい、ヨエル。お前は美しいものが偉いって思っているんじゃないか?」
ダイゴが口をはさみました。
「当然だよ。美しい鳥は、人間の目を楽しませ、喜ばせる。だからいちばん偉いのさ」
ヨエルはコバルトブルーのつばさを広げました。
「きれいなはねなんて、何の価値もありゃしない」
ポポがヨエルの頭をチョンとつつきました。
「ポポ。お前、おれさまのはねがあんまりきれいだから、うらやましいんだろう」
「うらやましいなんて思うもんか」
ポポは本気で腹を立てるとヨエルに向かってきました。
「やめろー!」
ダイゴが大声で叫ぶと、ポポは床に降り、ヨエルは天井までとんでいきました。
あたりはシーンと静まりかえりました。
ダイゴはゆっくりと桶の上に降り、中味をくちばしでつつきました。トウモロコシはパラパラと床にとび散りました。
「こうすればいいだろ」
小さい鳥たちはとび散ったのを食べ、大きな鳥たちは桶から食べ、争うことなくみんながおなかいっぱいになりました。
(三)
翌朝、ノアがやってきました。
「これから雨がふってくる。雨は何日も続くよ」
ノアは長い棒を使って、天窓をぴたりと閉じました。鳥の部屋は暗くなり、何もみえなくなりました。しばらくすると目が慣れて少しだけみえてきましたが、全体が灰色にぬりつぶされたようです。
「何日もって、どれくらい?」
ヨエルがたずねました。
「わしにもわからん。雨がやんでも、地がかわくまでは外に出られないのだよ」
ノアは白いあごひげをつまみました。
「えーっ、こんな薄暗いところにずっといないといけないのか?」
「ほかの動物たちもみんなしんぼうしている。外へとび出そうなどと考えてはいけないよ。この舟の中だけが安全なのだから」
(四)
ノアが部屋を出ていってまもなくザーザーと雨音が聞こえてきました。雨音はバラバラとたくさんの小石がぶつかっているように激しくなりました。音は何日も何日も続きました。
やがて舟がゆっくり傾き、シーソーのようにゆれました。相変わらず部屋は灰色の世界です。
ヨエルはじまんのつばさを広げてみますが、どんなに目をこらしても灰色にしかみえません。だんだん不安になってきました。
「どうかしたの? おまえさん」
元気のないヨエルのことをレアが心配してたずねます。
「おれさまのはねは、灰色になってしまったんだろうか……」
ヨエルはくちばしで胸のはねをつついています。
「クックックッ……」
レアは大笑いしたいのをこらえて、
「暗いからそうみえるだけよ。わたしのはねだって灰色にみえるでしょ。雨がやんで窓があいたら、きれいな色がみえるわよ」
「そうかなあ……だと、いいんだけど……」
レアの言葉にヨエルは少し安心しました。
(五)
雨音は今日も続いています。舟はゆれるたびにギシギシ音をたてます。外はどうなっているのでしょう。
このまま薄暗い部屋に閉じ込められたままなのでしょうか。最近では、鳥たちはおしゃべりする元気もなくなっていました。
「ああ……この世界の色が全部なくなっちゃったみたいだ」
ヨエルがため息をつきました。
「神さまが色を滅ぼしてしまったのかもしれないな」
ポポがグルルーグルルーとのどを鳴らしました。
「色が滅びるなんて、そんなこと、あってたまるか!」
「みんな灰色の鳥になってしまったんだよ」
「そんな! 灰色なんてきたならしくって、いやだよ。灰色の鳥なんか、何の役にも立ちゃしない」
ヨエルは叫びました。
「ぼくは、生まれたときから灰色だ……」
ポポはポツリというと、がっくり頭をたれて黙りこんでしまいました。
「ヨエル、いいすぎよ! ポポ、傷ついちゃったわよ」
レアがたしなめました。ヨエルはひどいことをいってしまったと心がズキズキ痛みました。じまんのきれいなはねの色がみえないのでイライラしていました。そのイライラをポポにぶつけてしまったのです。
(おれは、なんていやな鳥なんだろう……)ヨエルは落ちこみました。
つづく
Next→
|