色をなくしたインコ(2)
(六)
いつしか雨音が聞こえなくなり、静けさがもどってきました。
「雨がやんだんだ。もうすぐ外に出られるぞ!」
ダイゴが叫ぶと、
「やったー、チュンチュン」
「やったー、ピチピチ」
しばらくうたうことを忘れていた鳥たちが、いっせいにうたいだしました。インコとハト以外は、どの鳥もうれしそうにさえずっています。
インコ夫婦は右端の止まり木でじっとうつむき、ハト夫婦は左端の止まり木にとまって、やはりうつむいています。
ポポの奥さんのルルが何かを決心したようにヨエルのところにとんできました。
「どうしてくれるの! うちのだんなさんは、ヨエルの言葉に傷ついてもう三日もえさを食べてないのよ。このままだと死んでしまうわ。わたし、まだ卵も産んでないのに……死ぬってことは、ハトがこの世界からいなくなるってことなのよ」
「ごめん。おれ、本当に悪かったと思っている。ポポにあやまるよ」
ヨエルがポポの方へいこうとすると、ポポが頭を横にふって、
「こないでくれ。かえって具合が悪くなる」
と弱々しい声でいいました。
ポポの奥さんはヨエルをにらみつけてもどっていきました。
「どうしよう。おれのせいで……」
ヨエルは心から悪かったと思いました。
でも、口から出してしまった言葉をもとにもどすことはできません。あやまってもゆるされないなら、どうしたらいいのでしょう……。
「神さま。おれはポポの心を傷つけてしまいました。どうかポポを元気にして下さい。ポポの命を助けて下さい。おれのはねが灰色になってもかまいませんから」
ヨエルは祈りました。
(七)
「もうそろそろいいだろう」
ノアがやってきて、天井の窓を少し開くと、サーッと光がさしこんできました。久しぶりの日の光に、一同はまぶしくて一瞬何もみえませんでした。
しばらくしてみえてきたとき、レアが「ククククー」とおどろきの声を上げました。
自分にはちゃんと色があるのにヨエルが灰色一色になっていたからです。
「ヨエル……ああ、なんということ……」
レアはショックでふるえています。
「ポポが元気になるんだったら、これでいい」
ヨエルは神さまが祈りをきいてくださったのだと思いました。
それでもヨエルは美しい色がなくなってしまったことがショックでした。じまんできるものが何もなくなってしまったのです。ノアはもう自分のことをかわいがってくれないでしょう。
悲しくて、悲しくて歌もうたわず、おしゃべりもせず、うつらうつら寝てばかりいました。
ヨエルは、ノアが最初にカラスを連れて部屋を出て行き、次にポポの奥さんのルルを連れて部屋を出たことに気づきませんでした。
(八)
ルルがもどってきたときから、ポポは食事をするようになりました。
ノアは、水がどれくらいひいているのか調べるのにハトを使ったのです。一週間後に今度はポポを外に放つとノアが言いました。それを聞いたポポは、灰色の鳥でも人間の役に立てることを知って嬉しくなり、えさを食べはじめたのです。
ノアが、すっかり元気になったポポを連れて部屋を出ていったときも、ヨエルは気づきませんでした。
「ポッポッポッ、みんな、聞いて! 嬉しい知らせだよ」
ポポがノアのかたにとまって部屋に入ってきました。ノアの手にはつややかな緑のオリーブの葉がありました。
「ポポがこれをくわえてきた。外は大洪水だったが、このオリーブの葉は水がひいてきた証拠じゃ」
「もうすぐ舟から出られるの?」
レアがたずねました。
「そうじゃよ」
「また、大空をとべるんだな」
ダイゴがはねを広げました。
「やったー!チチチ」
「バンザーイ、チュンチュン」
鳥たちは大喜びです。
元気なポポの姿をみてヨエルはほっとしました。けれども、舟から出られると聞いてもちっとも嬉しくありません。
ノアは、浮かない顔をしてそっぽを向いているヨエルに気づきました。ノアは灰色になったヨエルをみておどろきもせず、ヨエルの頭をなでました。
「おれのはね、きれいな色じゃなくなっちゃったよ」
「ちっともかまやしない。お前は大事な鳥だ。わしはお前のことが大好きじゃ」
ノアはヨエルの灰色のはねにほおずりしました。
(九)
ついに箱舟から出られる日がきました。窓が大きく開かれ、いっせいに鳥たちがとび出しました。ヨエルは、灰色のはねでも大好きといってくれたノアの言葉で元気を取りもどしていました。
ヨエルはレアと連れだって大空をとびまわりました。ヨエルとレアが木の枝ではねを休めると、ポポとルルがすぐ隣の枝にとまりました。
「ポポ、ごめんな。おれが悪かったよ」
「ヨエル、ごめん。ぼくこそ悪かった」
二羽はお互いに心からあやまりました。
空に七色の線がすうーっと引かれ、虹が出ました。ヨエルは虹に向かって飛びたちました。
ヨエルの体が虹の中にすっぽり入りました。虹から出たとき、レアは驚いて目を丸くしました。ヨエルのはねが虹色に染まっていたからです。
ヨエルのはねは以前より美しくなりました。でも、ヨエルは決してだれにもじまんしませんでした。だって、はねの色は自分がつけたのではなく、染めてもらったものだからです。
ポポとルルにも虹の光が注がれました。
ハトの首に虹色の首輪がみえるのは、このとき虹の光を浴びたからでした。
おわり
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