ガン細胞のビビくん1


ある日、ふみかさんの体の中にガン細胞ができました。それは、もともと普通の細胞だったのですが、どういうわけか細胞をつくっているDNAという遺伝子の形が変化して、ガン細胞になったのです。

普通の細胞は体に栄養を送り、体を元気にします。でも、ガン細胞はほかの細胞をどんどんこわして増えていき、体の具合を悪くします。ガン細胞が体中にできると、体は死んでしまいます。
でも、体の中に免疫細胞というガン細胞をやっつける細胞たちがいるからだいじょうぶです。その細胞たちの名前はマクロファージ、NK細胞、B細胞です。彼等を免疫防衛隊といいます。
「ガン細胞発見、ガン細胞発見!」
体の中で見張りをしているヘルパーT細胞が声を上げました。
「大変だ、すぐにやっつけなくちゃ」
ヒトデのような形をしたマクロファージがガン細胞にいっせいに襲いかかりました。 マクロファージはガン細胞をつつみこみ、パクパク食べてしまいました。
「逃げろ、逃げろ!」
マクロファージからうまくのがれたガン細胞は、急いで逃げました。
「逃がすものか」
NK細胞が待ちかまえていて、逃げ出したガン細胞をつかまえて、かたっぱしからやっつけます。 B細胞も応援にかけつけました。B細胞はピストルという武器を持っています。
「おれは、ガンマン。百発百中。おいらの腕にかかったら、のがれられるものはない」
B細胞は得意気に歌をうたいながら、ガン細胞に向けてバンバンピストルを打ちました。ガン細胞はひとたまりもありません。
「よーし、ガン細胞全員退治したぞ!」
マクロファージ、NK細胞、B細胞の免疫防衛隊はガッツポーズをとりました。

ところが、たったひとつのガン細胞が、免疫防衛隊たちに気づかれずにふみかさんの体の中に残っていました。 そのガン細胞の名前はビビくんといいます。
「生き残ったガン細胞は、ぼくひとりだけみたいだ。よし、仲間を増やそう」
ビビくんの体がふたつに分かれました。そして、半分の形があっという間にもとの大きさになり、ビビくんはふたりになりました。 ビビくんは仲間ができたので大喜び。ベベくんと名前をつけました。
ビビくんとベベくんはそれぞれまた半分に分かれ、4人になりました。4人が8人、8人が16人、16人が32人……1日で1280人に増えてしまいました。

「大変だ! 大変だ! あそこにガン細胞がたくさんいるぞ、早くやっつけるんだ!」
ヘルパーT細胞が気づいて叫びました。NK細胞がビビくんたちにおそいかかってきました。ビビくんたちはいっせいにコーヒーカップのような形に変身しました。
「あれれ、ガン細胞はどこへいったんだ?」
「くんくん、いいにおいがするぞ。これは何だろう?」
NK細胞はカップの中をのぞきこみました。 そのとき、ビビくんたちはNK細胞を取り囲んでぱくぱくと食べてしまいました。

次にマクロファージがやってきました。
「おかしいな。NK細胞たちはどこへいったんだろう?」
NK細胞を食べて大きくなったビビくんたちは、パワーアップしていてマクロファージをあっという間にやっつけてしまいました。
「あと、B細胞さえやっつければ、おれたちの勝利だぜ」
ビビくんがいいました。
B細胞は、ピストルを持っているので、そう簡単にはやっつけられません。ガン細胞たちは、B細胞をやっつけるために作戦会議を開きました。
「まず、みんなでいっせいにB細胞に目隠しをしよう!」
ビビくんがいうと、
  「目隠しか。いい考えだね。でも、あいつらはピストルを持っているよ。目がみえなくてもやたらと打ってきたら当たってしまうかもしれない」
ベベくんが答えました。
「ピストルのたまをぬいてしまえばいいさ」
「それはいい、よし、作戦開始!」
 ガン細胞たちはいっせいにB細胞におそいかかりました。ひとりはB細胞の手を押さえ、ひとりは目隠しをし、ひとりは素早くピストルの弾をぬきました。

B細胞たちはおどろいてピストルのひきがねをひきました。でも、たまが入っていないので何の役にも立ちません。
「ガン細胞はいなくなりました!」
目隠しをされて、ガン細胞が見えなくなったB細胞は、ガン細胞が消えてしまったと勘違いをしてヘルパーT細胞に報告しました。
「攻撃やめ!」
ヘルパーT細胞はB細胞のいうことを信じて指令を出してしまいました。ふみかさんの体に残っていた免疫防衛隊は働きをやめてしまいました。

敵がいなくなったので、ビビくんたちは大喜びです。
増えろ、増えろ、どんどん増えろ
ビビくんたちは、ふみかさんの左のオッパイの中でゆっくりと仲間を増やしていきました。5年たって、ビビくんの仲間はもう2億個にもなりました。2億個といっても1.5センチほどの小さな固まりです。その固まりの中でガン細胞の仲間が押し合いへしあいしています。
「ああ、きゅうくつだなあ。ちょっと散歩にでかけようか」
固まりのはしっこにいたビビくんは、ベベくんといっしょに散歩に出かけました。
ちょうどそのときのことです。ギギギギーっとものすごい音が鳴り響いたかと思うと、今度はジリジリと音がして鋭いナイフのような刃物がせまってきました。

「うわーっ、逃げろ、逃げろ!」
ビビくんとべべくんはあわてて走りました。息もつかずに走って、筋肉の中に逃げこみました。すると、またすごい音がしてそこにも刃物が迫ってきました。 「うわー、もうだめだ!」 
ビビくんとべべくんは、体をかたくして目を閉じました。しばらくして、あたりはしーんと静まり返りました。

「いったい何が起こったんだ?」  ビビくんとべべくんは、筋肉から顔を出して、びっくりぎょうてん。いままであったところがごっそり切り取られてなくなっているのです。
「仲間たちはどうしたんだろう?」
 ビビくんとべべくんは、さっきまでいたところにもどりました。ところが、仲間たちの集まっている固まりが見当たりません。
「ああ、仲間たちが切り取られてしまった」
 ビビくんはおんおん泣き出しました。
「泣くなよ。ぼくらだけでも助かって良かったじゃないか」
 ベベくんはビビくんをなぐさめました。
「それにしても、くやしいなあ……」
「また仲間を増やせばいいじゃないか」
「そうだよな」

  増えろ、増えろ、どんどん増えろ
ビビくんとべべくんは、また筋肉の中にもぐりこむと、そこで歌いながら仲間を増やしていきました。
仲間が5万個になったとき、ビビくんがいいました。
「ここでみんな1か所に集まっていたら、また切り取られてしまうかもしれない。だから、あちこちに散らばろう」
「そうだ、そうだ、そうしよう」

 ガン細胞たちは旅じたくをはじめました。筋肉の中から出ると、目の前にリンパ液の川が流れています。
「よし、このリンパの川の流れに乗っていこう。みんな、それぞれ好きなところで川から上がって、そこでまた仲間を増やしていこうぜ」
「おう!」
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