森岡正博さんの「脳死・臓器移植」専用掲示板過去ログハウス 2002年01月02日〜01月06日

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「脳死の受容をめぐって」 投稿者:てるてる  投稿日: 1月 6日(日)12時13分03秒

以前、この掲示板で紹介した、「脳死の受容をめぐって」という掲示板にも、
ひろきさんの御投稿があって、メールで紹介の許可もいただきましたので、
再度、紹介します。

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脳死の受容 投稿者:てるてる  投稿日:12月12日(水)20時47分27秒

2ちゃんねるの心理学板に、「脳死の受容をめぐって」というスレッドがあります。
興味のある方は御覧ください。

http://yasai.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1007438531/l50


ひろきさん 投稿者:森岡正博  投稿日: 1月 6日(日)03時49分05秒

いま書き込みを拝見しました。
お兄さまのご冥福をお祈り申し上げます。

突然の急変で、まだこころの整理もついていないことと思います。
ひろきさんも、さぞかし大変だったでしょう。

また、いつか、何か書き込んでみてください。


ひろきさん 投稿者:なな  投稿日: 1月 6日(日)01時29分17秒

書き込みは読ませていただいておりました。 尊兄のご冥福をお祈り申し上げます。

ひろきさん 投稿者:りんご  投稿日: 1月 6日(日)01時20分37秒

お兄さまのご冥福をお祈り申し上げます。

>僕が到着したばかり
ちょうど親子4人だけが揃っていたときでした。

ひろきさんのことを待っていたかのようですね。


God bless you お兄ちゃん 投稿者:ひろき  投稿日: 1月 6日(日)00時28分59秒

今日は、この様子だとどうも長引きそうだな、と思って散髪屋に行ってから
2時10分ぐらいに病院に到着したら
ちょっと血圧が低めだということ以外は安定していて
今日も大丈夫かな、と思ってたら
段々と血圧が下がってきて、
父が「今日は泊りかもしれないなあ」
と言ってたのですが、
その後も急激に下がり
僕が到着してから30分ぐらいで
血圧も脈拍も限りなく0に近づきました。

実際の死亡判定時刻は2時56分ですが、
その5分、10分前には息を引き取っていたと思います。
奇しくも大勢いた友達が帰って、僕が到着したばかり
ちょうど親子4人だけが揃っていたときでした。
わざわざ待っていてくれたのでしょうか。
家族が心配しながら神経を使いながら一夜を過ごさないよう
昼のうちにケリをつけようとしてくれたのでしょうか。

これで日曜に通夜ということになり
友達は働いている人も多く
このタイミングも計ったかのようでした。

日曜に通夜、月曜に本葬、そして
火曜からは僕は大学が始まります。
もう、学校は休んでできるだけそばにいよう、
テストは諦めようと思っていたのでしたが
これも兄の叱咤激励かもしれません。
最後まで僕のことを気遣い本当にありがとうございます。

今回はいろんな貴重な経験が出来ました。
もっとも、いくら貴重な経験とはいえ、やはり知らずに済んだらどれほどよかったことか。
しかし、時間を元に戻さない以上は、この経験を糧にがんばるしかありません。
ここで腐ってしまっては兄に申し訳が立ちません。

また、ここに書かせていただくと思います。そのときはよろしくお願いします。


残念ですね 投稿者:ゆうみん  投稿日: 1月 5日(土)23時12分21秒

>ひろきさん

あなたやご両親の想いも空しく、25歳という若さでご逝去になられたお兄さまのご冥福を心よりお祈り申し上げます。   合掌


>みなさま

ご挨拶もせず、突然の書き込み申し訳ございませんでした。今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。


ひろきさん 投稿者:てるてる  投稿日: 1月 5日(土)17時03分07秒

おにいさまの御冥福をお祈り申し上げます。

病院です 投稿者:ひろき  投稿日: 1月 5日(土)15時29分22秒

ただいま亡くなりました。かなり急でした。僕が来たときは正常だったのに30分で急変しました。待っていてくれたのでしょうか。
みなさん色々とありがとうございました。

ひろきさん (2) 投稿者:ゆうみん  投稿日: 1月 5日(土)12時37分13秒

こんにちは、あなたのご投稿を読ませていただきました。

「イソゾール」というのは、「Thiamylal Sodium(チアミラール・ナトリウム)」という静脈内麻酔薬ですね。今、ざっと調べた範囲の情報です。何かのご参考になればいいのですが...。

これは伝え聞いた話ですが、患者さんは会話は出来なくても、耳は聞こえているとよくいわれますからね、今のお兄さんに対するあなたのその思いや、幼い頃の共通の懐かしい思い出話など、問わず語りに話して差し上げてはいかがでしょうか...。どうぞお大事にしなさってください。

http://www.kpu-m.ac.jp/CCN/topics/topics/w0010.html

話題0010 脳死判定について
Date: Wed, 4 Feb 1998 00:56:40 -0400
Subject: [CCN:00631] 「脳死判定」についての素朴な疑問

↑ 話題の論点は異なりますが、麻酔専門医のイソゾール(商品名)「thiamylal sodium(サイアミラール・ナトリウム)」に関するかなり専門的な話が載っています。何かのご参考になるやも知れません。

http://www.anesth.or.jp/drug/drug2/6999

チアミラールナトリウム
thiamylal sodium(JP)
バルビツール酸系全身麻酔剤

↑ このお薬の「医薬品添付文書」です。


Re 投稿者:ひろき  投稿日: 1月 5日(土)00時43分09秒

ゆうみんさん、お返事ありがとうございます。

「お兄さんは、一ヶ月間くらいの間、何らかの原因で生ずる痙攣を抑えるため、麻酔薬を点滴のような形で投薬治療を受けてこられたのですね。そして、麻酔薬の効果が切れると、再び痙攣が起こるという状態が続いておられたのですね。」

はい、そうです。その繰り返しのような一ヶ月でした。
かなりきつい麻酔薬(イソゾールと言う)で医者の側もできるだけ早く切りたかったそうです。
けど、痙攣が復活するから使わざるを得ず、それも極力少ない量で済むようにしてました。
案の定、一度薬の副作用か血圧が急激に下がり、白血球と赤血球や血小板も急減して
このときは医者の方も覚悟したそうです。その後、正常に戻りましたが。

>脳死の状態ではないか」と告げられたのは、何かお兄さんの状態に変化があったからなのでしょうか
はい、実はもうこの頃には前出の血液関係のトラブルも治り、
薬をある程度減らした上で痙攣が治まって、ようやく回復だ、と思った矢先でした。
今度は脈が減り始め、CTを撮ると脳に影が出来ていると言われました。
以前も影が出来ていたのですが、例の薬を入れると消えたので、今度も大丈夫と思ってたのですが
次の日に、影が消えていない、瞳孔が開いていて、尿の調節が出来ていない、
脳にゾウエキ剤?を入れたがCTに現れなかった、よって脳死だろうと言われて
ICUから個室に移されたのです。

勿論、前に述べたとおり薬を使っている以上断言は出来ないとのことでした。
それで、今日は全て抜ける頃なので厳密に検査してみようという話になったのです。

本当は色々と検査する予定だったのですが、前述の2つだけ3時間くらいかけて検査していました。
やはり医者としても、こういう運動が起こったので脳死じゃないかも、と思ったのでしょう。
しばらくは様子を見ると言っていました。

脊髄自動反射がどういうものかはわかりませんが、今日の兄の運動はかなり規則的で
震えるような運動でした。昨日まで開いていた口も今日は閉じており、
いつもは閉じている目も開こうとしていました。
心なしかいつもより顔色が良かったです。


ひろきさん 投稿者:ゆうみん  投稿日: 1月 4日(金)23時40分04秒

こんばんは、そしてお疲れさま。あなたにとっても、慌ただしい一日だったことでしょう。

>昨日の夜から「痙攣」みたいなのが始まったそうです。
>もともと脳の炎症を抑えるために、強い麻酔薬を使っていて、
>そのせいで脳死かどうかは判定できなかったのですが、
>1日にその薬を切り、ようやく今日薬の効果が抜け切るぐらいなので
>脳死の判定を行うと言うことでした。

>痙攣を抑えるために麻酔薬をいれ、治まったから薬をきり、するとまた痙攣が・・・
>というのをずっと一ヶ月繰り返してきたのです。今回も関係があるのではと思いました。

少し、確認させていただいてもよろしいでしょうか? お兄さんは、一ヶ月間くらいの間、何らかの原因で生ずる痙攣を抑えるため、麻酔薬を点滴のような形で投薬治療を受けてこられたのですね。そして、麻酔薬の効果が切れると、再び痙攣が起こるという状態が続いておられたのですね。

「脳死の状態ではないか」と告げられたのは、何かお兄さんの状態に変化があったからなのでしょうか?

>僕が見たのは、そのリンクで紹介されているほど激しいものではなく、
>ちょっと二の腕と指先が震えるような感じでした。
>初期には書いたように、寝返りを打つようにだるそうに動くときがありました。

>脳波を調べてみたら、ずっと平坦で、「痙攣」と平行して脳波に異常がなく
>やはり「痙攣」ではなく脊髄反射だろうと言われました。
>脳波以外は耳に超音波?を聞かせて脳の反応を見るテストで、
>これも反応無し、とりあえず今日のところはそれだけでした。

>脊髄反射と言うのはよくわかりませんが、別に刺激を与えたときに
>震えるのではなく、もう20秒間隔でひっきりなしです。
>ただ、以前の痙攣では唇は震えていたのですが、今回は腕だけなので
>脊髄で止まっていると言うのもありうる話だと思いました。

>脳死だろうと言われて5日目ですが、すごく安定しています。

『法的脳死判定マニュアル』、厚生省厚生科学研究費 特別研究事業、「脳死判定手順に関する研究班」平成11年度報告書、日本医事新報社、1999.

このP. 13 〜 P.15 に記載があるのですが、脊椎反射、脊椎自動反射、と自発運動との区別をすることが注意事項として挙げられています。また、「けいれん」が認められた場合は、脳死判定を行わないことになっています。

「脊椎反射」は、刺激に対して生じる反応と考えられ(下の杉本先生のご説明)、「脊椎自動反射」は、脊髄の変性によって刺激を加えないでも起こる反応で、『外科治療』Vol.64(4)、496- 497、1991.の中に「安定した循環動態のもとで長期に体の管理を行った際には、脳死後に自動運動が高頻度に起こることが確認された。内因性の刺激に対して反射として、このような運動が起こると推定されるが、脳死判定のうえで矛盾のある動きといえる。」とあります。

いずれにしても、このような研究はあまり行われていないようですし、専門家の間でも議論の余地のあるところではないでしょうか。ネットで、「法的脳死判定に関する情報」をざっと探してみたのですが、医療関係の運営するネットでさえも、誤解を招きかねない古い情報が記載されていて、何とも気がかりな印象を持ちました。医療側は、先ずこういうところから改善していかなければ、というかプロとしての自覚を持たなければいけないんじゃあないかと思いました。


帰宅しました 投稿者:ひろき  投稿日: 1月 4日(金)21時51分37秒

さっきはiモードからだったので、手短にしましたが、
今から詳しく説明します。

昨日の夜から「痙攣」みたいなのが始まったそうです。
もともと脳の炎症を抑えるために、強い麻酔薬を使っていて、
そのせいで脳死かどうかは判定できなかったのですが、
1日にその薬を切り、ようやく今日薬の効果が抜け切るぐらいなので
脳死の判定を行うと言うことでした。

痙攣を抑えるために麻酔薬をいれ、治まったから薬をきり、するとまた痙攣が・・・
というのをずっと一ヶ月繰り返してきたのです。今回も関係があるのではと思いました。

僕が見たのは、そのリンクで紹介されているほど激しいものではなく、
ちょっと二の腕と指先が震えるような感じでした。
初期には書いたように、寝返りを打つようにだるそうに動くときがありました。

脳波を調べてみたら、ずっと平坦で、「痙攣」と平行して脳波に異常がなく
やはり「痙攣」ではなく脊髄反射だろうと言われました。
脳波以外は耳に超音波?を聞かせて脳の反応を見るテストで、
これも反応無し、とりあえず今日のところはそれだけでした。

脊髄反射と言うのはよくわかりませんが、別に刺激を与えたときに
震えるのではなく、もう20秒間隔でひっきりなしです。
ただ、以前の痙攣では唇は震えていたのですが、今回は腕だけなので
脊髄で止まっていると言うのもありうる話だと思いました。

脳死だろうと言われて5日目ですが、すごく安定しています。


うーん 投稿者:森岡正博  投稿日: 1月 4日(金)19時21分10秒

脳波は脳死状態というのは、そういう言い方をしていいのか疑問があったりします。腕の動きなどについては、下の記事をざっと読んでみてはいかがでしょうか?

http://www.lifestudies.org/jp/noshiho01.htm


追記 投稿者:ひろき  投稿日: 1月 4日(金)18時20分28秒

検査結果は脳波はほぼ脳死状態だそうです。他のはまだ調べていません。やはり脊髄反射だろうと言われました。しかし脳死と言われて5日目にして初めてなうえ、朝からひっきりなしです。最初のうちは腕が寝返りを打っているようで、現在は腕がしゃっくりしてるようにビクッとなります。

脳死で痙攣? 投稿者:関西医大小児科杉本健郎  投稿日: 1月 4日(金)16時57分57秒

それはあり得ません。多分「脳死に近い状態」と医者が云ったのではないですか?
臨床的脳死と診断して痙攣は理論上あり得ません。脳神経細胞が生きている証拠です。痙攣は。脊髄反射はあくまで反射です。脊髄折り返しの。
反射性けいれんというのがありますが、それはあくまで、外からの刺激で脳神経細胞で異常発射がおこるという意味です。

痙攣 投稿者:森岡正博  投稿日: 1月 4日(金)15時25分48秒

素人考えでは、脊髄反射はあっても、痙攣はないような気がしますが、専門知識がないのでよくわかりません。
どなたか、ご専門の方おられませんでしょうか?

緊急 投稿者:ひろき  投稿日: 1月 4日(金)12時25分12秒

脳死と言われたのですが、いま痙攣が始まったそうです。
脳死状態で痙攣は起こるのでしょうか。
誰か教えて下さい。

今から、病院へ行きます。


Re 信頼 投稿者:ひろき  投稿日: 1月 4日(金)11時59分05秒

>>しかも、100%脳死だと言える状況なんてほとんどない。 >これは脳死に限らず、医療行為全般にいえるのではないか?

確かに世の中には白黒はっきりつけられず、確率的に片付けられるのが多いです。 しかし、宝くじなら「99、9%当たらない」のは捨ててしまっておしくないですが 命なら「99,9%助からない」からといって「0、1%助かる」可能性を あっさり切り捨てるのは惜しくないですか。最後まであがいてみたくないですか。

>脳死、といわれなく、通常死です、といわれたら、信じる人が圧倒的に >多いのではないだろうか? 脳死の患者からリアルタイムで正常な血圧や脈拍や呼吸数がモニタに現れ、 身体は温かく、心臓も動いています。 これを「死」だとあっさり信じられるのは難しいと思います。 普通に眠っている姿と何も変わらないのですから。

私は脳死患者の臓器移植の是非について述べるつもりは全くありません。 ただ、家族の側の脳死の受け止め方について述べているつもりです。 それで臓器移植について考えるときの助けになれば、と思っています。 この個人的な感じを普遍的真理にまで広げるつもりはありません。

日頃、理性で考えていた末の結論が、いざ自分が当事者になると あっさり崩れてしまうことがよくあります。 想像力が足りない、という問題ではないと思います。 理屈どおりに行かないのが人間なのだと思います。


信頼2 つづき 投稿者:yamabiko  投稿日: 1月 4日(金)10時13分21秒

>実際、毎日病院に行くたび、実は脳死じゃなかったというのを期待している。 臓器移植に賛成とか言っている人は、 よほど割り切った人かあまり考えたことのない人だと思う。

他人事、としか考えないと、移植などまともにモノがいえなくなるということは ありますね。池田清彦も、脳死されず、させず、といっているが、我が家族に 脳が欲しい人がでてきたら、考えが変わるかもしれない、といっている。 そういうものだろう。個人の意志決定というのは信頼がおけない(医者が信頼おけない のと同じコト)。どういう状態の個人の意志決定であるか、ということが問題。 でも、意志決定というのはイッパヒトカラゲ、ですよね。

>はっきり言います。 テロで見知らぬ4桁の人が亡くなろうとも、親しい一人が助かればいい。 みんなそう思うはずです。 そう思わない人は、いい意味でも悪い意味でも普通じゃないと思う。

上記。そういうことでしょう。医者も普通の人間だから高度の判断を期待するのは 無理でしょう。そう思うか思わないかは、どういう状態(家族の健康、わがみの健康) にあるか?どういう立場にあるか?によって日々異なります。 親しい人が生死の境目にある、というのは すくなくとも 普通のひと、ではありません。 たとえば。。 身内が死刑判決を受けるかもしれない状況における、死刑賛成反対、の判断。 知人家族がテロで死んだひとのみが、テロ撲滅対策を論じられる、のか?

わたしは、まったく、そういう状況から離れた、利害関係のないひと、の判断も採用 されてよい、とおもっている。 ある決定の、およぼす影響というモノは、意志決定者の想定をハルカニ越えているから。

余談だが。。 加藤周一が、テロで夫を失った女性が、ブッシュの戦争に反対しているのを夕刊で 大きく取り上げていたが、こういう取り上げ方も、問題ありだとわたしは思う。 加藤は元来、利害関係のない地点からの意見を尊重しているはずだ。一種の、 無責任、の立場からでないと、いえない意見というものがあるのであり、わたしは それを尊重したい。

>これが60近い父だと感じ方も変わってくるかもしれません。

年上を失う場合と、年下(子供)を失う場合では大違いであろう。 (正月の、瀬戸内晴海のNHKインタビュ(再放送)があつかっていた。逆縁、というのですか。。) 私のオヤジは昨年末、ある病気で、余命1年から3年という診断をクダされた。 これは治療法のない病気。本人も納得。 (入院した病院で、たいくつでしょうがなく、電話で株売買をやり儲けている。) 珍しい病気だから、献体して調べてもらいたい、と自ら、医者に提案している。

健康、には留意し、長生きしたい、という気持ちが自分にはあるが、 これは家族のため、と自分ではおもっている。 長生きはそれ自体よいこと、とはだんだん思わなくなった。これは成長、であろう。

廣松渉、が 臓器移植へのコメントで、 「人間、そうまでして生きなければならないものか?」 とのべていた。これを打ち止めコメント、としたい。私は。


信頼 投稿者:yamabiko  投稿日: 1月 4日(金)10時12分49秒

>脳死と言うのは、医者への完全な信頼があって始めて成り立ちます。

脳死、に限らず、治療全般は 医者(医学界)を信頼しているから成り立つ。 薬品がどのようにして認定され、市場に出回るか、を知っている人は、ホントに 薬を試用する気にならないのではないか? 学生がどのようにして医者になるのか?の実態を知れば、おいそれと、医者に掛かろう という気にもならないはず。牛のエサの履歴を公開して欲しい、と、同時に、 医者の履歴(治療内容、結果、カスタマサティスファクション。。)を公開したらどうか? 医者個人ではなく、医学界、とでもいうべきか? 患者が(労組、のような)団体でなく個人で、医者(および、弁護士+厚生省? これは、団体を組んでいる)を相手にするのだから、お任せ、の気分になる。

>しかも、100%脳死だと言える状況なんてほとんどない。

これは脳死に限らず、医療行為全般にいえるのではないか? これは黒猫です!いや、白とチャがほんの少しあるから三毛だ! いや、実質的に黒猫といっていい! 。。くらいの議論でも日常的に起こる。病名など、デジタルで決まるものではないだろう。

>遺族、というより家族としては、そのわずか数パーセントを信用したい 完全に脳死と言われても、判断ミスだってありうる、

重病でも軽い病気でも、複数の医者に掛かりたい、という要求はありますね。 私の場合、一昨年末、片腕が麻痺する症状が出て大いにあわてたが(自営翻訳業)、 近くの整骨医にかけこむと、もう一生治らない、リハビリしんさいね、ということだった。 首の骨がおかしい、とて、当日より、首吊り?リハビリを受けた我が身、つらかった。 診断に納得行かず(というか、藁をつかむ、きもち。大吉、がでるまで、おみくじを 引き続ける、の気持ち)少し離れた某医科大学付属病院で診察を受けると、単なる運動不足ですよ!というありがたき診断。ココロ晴れ晴れ。それにしても、。。。診断とはなんだ?という疑問。

>医学的にはどうであれ、こういう状況で目の前で眠っている人間が 再び目を覚まさないなんて信じられない。

おそらく、脳死、といわれなく、通常死です、といわれたら、信じる人が圧倒的に 多いのではないだろうか?いや、おれが脈と瞳孔検査に立ち会う!というひとが何パーセント いるだろうか? 上記のように、「死を信ずる」、というはなしであろう。 いかに自己をなっとくさせるか、ということ。


5日目です 投稿者:ひろき  投稿日: 1月 3日(木)20時57分09秒

すごく安定しています。 これが「死」と言われても全く信じることが出来ません。 普通に眠っている姿です。

友達が来たり、好きな音楽を聞かせると、呼吸数が上がったりします。 医学的には機械の誤差の範囲なのでしょうが、家族的には嬉しいです。

明日と明後日に、脳死と判定できるかどうかについて、検査するそうです。 それで何も変わることはないのですが、やはりはっきりさせておこうということでしょう。 両親も同意しました。


「身内が脳死になりました」を読んで  投稿者:ゆうみん  投稿日: 1月 3日(木)06時11分03秒

ひろきさんのご投稿を読ませていただき、どうしてもお返事させていただきたくて、突然こんな時間に書き込みをさせていただく失礼をどうかお許し下さい。

>ひろきさん

あなたは、お兄さんという最も身近な方の突然の脳死宣告に接しられて、とても率直にそして的確にご自身のお気持ちを表現なさっていると思いました。あなたがおっしゃっているように、「臨床的脳死」というのは医師が判断する「状態」あるいは「症状」ですよね。

>脳死は遺族が見て納得できないんですよ。 >目の前にあるのは「ほぼ死体です」て言われても >現に脈は打ってるし、心臓も動いている >身体だって温かいじゃないですか。 >何で、死んだなんて言えるのさ。

例え「人工呼吸器を外せば死ぬんです」と言われても、到底納得できるものではないというのが、森岡先生が言われている「家族のもつ患者に対するリアリティ」なのでしょうね。

>脳死と言うのは、医者への完全な信頼があって始めて成り立ちます。

正に、あなたがおっしゃっている通りだと思います。

脳死の問題から少しずれますが、私事を少し書かせていただきます。以前、父が入院して一週間で急逝してしまった際に、主治医から「死因が解らないので病理解剖させて欲しい」という申し出がありました。最終的には、父と最後まで共に暮らしてきた母が「夫は医学に理解があった人だから」ということで解剖を了承したのですが、当初は「昨日まで調子が良さそうだったのに、どうして...?」と何度も主治医に詰め寄っていました。主治医は、何回となく母に経過を説明していましたが、本当にご自分でも死因が解らないというご様子だったのです。私は、その時のやり取りの模様をずっとみていて、「医療側と患者側との信頼関係が、実は全てを決めるのではないか」ということを強く感じました。

脳死の問題に関しても、医療側は、普段から「脳死の状態」についてもっと具体的で詳しい情報を開示するべきと思いますし、また、わたしたちも、もっと日頃から自らの問題として感心を寄せることが必要なのではないかと思うのです

ひろきさんの思いからは、論点がずれてしまったかも知れませんがどうかご容赦ください。


お返事ありがとうございます 投稿者:ひろき  投稿日: 1月 3日(木)00時56分57秒

確かに「医師の目から見て脳死だと思う」というような説明でした。 特に、麻酔薬を使っているので何度も「断言はできない」と言われました。

しかし、ドナー登録をしていれば、これで死人扱いになっていた可能性もあったわけで やはり、納得できないものがあります。


追加 投稿者:森岡正博  投稿日: 1月 2日(水)22時25分08秒

臓器移植法改正ページは、↓です。

それと、脳死宣告を受けたとお書きになっていますが、ドナー登録をしていない場合、法的な脳死判定は行なえません。ですので、それは、いわゆる「臨床的脳死判定」つまり、医師の目から見て脳死だと思う、という意味です。

お兄さんは、法的には生きています。目の前にあるのは、法的には生者です。

主治医の方からは、どのようなご説明を受けたのでしょうか。

http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/ishokuho.htm
http://www.lifestudies.org/jp/ishokuho.htm


ひろきさん 投稿者:森岡正博  投稿日: 1月 2日(水)22時19分50秒

投稿ありがとうございます。ご心中お察しいたします。

上記枠外にリンクのある「臓器移植法改正ページ」HP内にも、身内を脳死を経て亡くされた方のレポートや、それ関連の文章、リンク先などがいろいろありますので、もしよかったら見てみてください。

とりあえず、ふたつご紹介します。

http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/keijiban/kanso018.htm
http://www.lifestudies.org/jp/kanso018.htm
http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/library01/noshi01.htm
http://www.lifestudies.org/jp/noshi01.htm


身内が脳死になりました 投稿者:ひろき  投稿日: 1月 2日(水)21時33分14秒

初めて、投稿します。気持ちの整理が出来ていない時期なので
色々とマナー違反をしてしまうかもしれないですが
大目に見てください。

兄が4日前脳死宣告を受けました。
それまで、脳死なんて一生関わらない問題だと思って
特に考えたこともなかったです。
ただ、ドナー登録とかはしてなかったので、
ここで議論されている問題とは、今、直接には関心がなく
筋違いなことを書くと思いますが、
僕としてはどこかに書かずにいられないことなので、
たまたま見つけたここに失礼させていただきます。
もっとふさわしい所があれば紹介してください。

脳死と言うのは、医者が判断する「死」です。
心臓死は当たり前ですが、心臓が動いていない
脈がない、こんなのは素人でもわかる。
丸一日心臓が止まったあと再び動き出すなんて
信じている人もいない。単純な問題です。

脳死は遺族が見て納得できないんですよ。
目の前にあるのは「ほぼ死体です」て言われても
現に脈は打ってるし、心臓も動いている
身体だって温かいじゃないですか。
何で、死んだなんて言えるのさ。
「でも人工呼吸器を外せば死ぬんです」
それって殺人だろ。溺れた人だって
人工呼吸しなきゃ死ぬけど、死体じゃない。

脳死と言うのは、医者への完全な信頼があって始めて成り立ちます。
しかも、100%脳死だと言える状況なんてほとんどない。
遺族、というより家族としては、そのわずか数パーセントを信用したい
完全に脳死と言われても、判断ミスだってありうる、
医学的にはどうであれ、こういう状況で目の前で眠っている人間が
再び目を覚まさないなんて信じられない。

私が4日間で得た感じはこんなのでした。
実際、毎日病院に行くたび、実は脳死じゃなかったというのを期待している。
臓器移植に賛成とか言っている人は、
よほど割り切った人かあまり考えたことのない人だと思う。
私自身あまり考えたことのない人だったから
どうせ助からない命は助かる命に廻せよ、と思ってました。

はっきり言います。
テロで見知らぬ4桁の人が亡くなろうとも、親しい一人が助かればいい。
みんなそう思うはずです。
そう思わない人は、いい意味でも悪い意味でも普通じゃないと思う。

ただ、僕の兄の場合はまだ25歳なので諦め切れないだけで
これが60近い父だと感じ方も変わってくるかもしれません。


タンタウィ総長 投稿者:てるてる  投稿日: 1月 2日(水)21時25分18秒

エジプトのアズハル大学の総長は、スンニー派のイスラム教の最高権威らしいですが、
その総長であるタンタウィ師は、先に紹介した1997年のAP通信の記事によると、
臓器提供は、本人の同意か、家族の同意、または、家族の同意がなくても、関係当局が
許可すればよい、としていることになっています。それは、臓器提供をふやすとして、
国営の新聞では、歓迎の論調で記事にされているとのこと。 (再掲) >In a ruling published in Cairo newspapers Sunday, Tantawi provided support for organ donations, saying it was permissible in Islam under certain conditions. Among them: that the person had given permission or that the person's family authorizes it.
>
>His ruling also included a more controversial provision: Doctors can take organs if the family is not available to authorize it. "Concerned authorities can permit that," he said.
これは、すごいことだ……
とにかく、エジプトでは、臓器売買が闇で横行している現状があって、それを改善するために、
死体腎移植をふやしたい、という事情があるのですね。
しかし、先に紹介した2000年の記事にもありますが、イスラム教の指導者のなかには、
臓器移植そのものに反対する人もいて、議論が続いているようです。

イスラムの見解(3) 投稿者:てるてる  投稿日: 1月 2日(水)21時05分28秒

2001年には、次のように報告されています。
Al-Ahram Weekly Online, 13 - 19 September 2001, Issue No.551
http://www.ahram.org.eg/weekly/2001/551/eg8.htm
Life and death
>Most doctors say clinically dead persons -- patients with a beating heart but whose brain functions have ceased -- will never recover and can only live through artificial means. But others claim that a person whose organs are still functioning is not yet dead. Once the heart has stopped, however, only a donor's skin, cornea and heart valve can be used for transplants.
……
>Maher Mahran, chief of the health committee, said that the sheikh of Al-Azhar, Mohamed Sayed Tantawi, and the grand mufti, Nasr Farid Wassel, will be invited to speak to the committee about the religious perspective. Both religious scholars have already spoken in favour of the draft law.
>
>According to the draft law, death would be ascertained by a three-member committee of specialised doctors, formed with the consent of the minister of health. If the committee approves the transplant operation, it will submit a report stating its reasons. Copies of the report would be made available to relatives and to the hospital where the operation will take place.

イスラムの信仰に基づいた医療倫理の議論が載っているサイトがあります。
"The Islamic Vision of Some Medical Practices"
http://www.islamset.com/bioethics/vision/dis_legal.html


イスラムの見解(2) 投稿者:てるてる  投稿日: 1月 2日(水)21時04分22秒

イスラム諸国では、ここ数年、脳死と診断された人からの移植について、議論が戦わされて
いるようです。エジプトのタンタウィ師は、比較的、臓器移植を推進する考えのほうらしく、
自身は、死後の臓器提供をするらしいです。

1997年に、次のように報告されています。
EGYPT-ORGAN DONORS, By Salah Nasrawi - AP Writer
http://www.bmarsh.com/upbeat/upbt9705.html
>Donating organs after death is allowed in some of the strictest Muslim countries, such as Iran and Saudi Arabia. But many Muslim scholars oppose the idea, saying human bodies are sacred and should not be violated after death. >
>One of Egypt's leading clerics, Sheik Mohammed Mutwali Sharawi, even opposes transplants from living donors to someone else, a practice permitted in this predominantly Muslim country.
>
>In a ruling published in Cairo newspapers Sunday, Tantawi provided support for organ donations, saying it was permissible in Islam under certain conditions. Among them: that the person had given permission or that the person's family authorizes it.
>
>His ruling also included a more controversial provision: Doctors can take organs if the family is not available to authorize it. "Concerned authorities can permit that," he said.
>
>Although not law, a ruling by the sheik of al-Azhar, one of the Muslim world's leading institutions of religious scholarship, carries weight among Egyptians and other Muslims.
>
>Tantawi's decision last week to be an organ donor and his ruling were welcomed by state owned newspapers, which support the effort to legalize the practice and find badly needed organs for thousands of patients on waiting lists across the country.

1999年には、次のように報告されています。
http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/details/science/jamjam/zouki/9903/10-2.html
> 腎臓(じんぞう)病患者が多いエジプトでは1978年以来、数千を超える腎臓などの移植が行われているが、脳死移植は一度も行われていない。臓器売買が後を絶たず、医師会は臓器移植法の制定を目指しているが、「人間の体は神からの贈り物」というイスラムの教えから、脳死移植への抵抗感は根強く、議論は決着しないままだ。
……
> 人口の約90%をスンニ派イスラム教徒が占めるだけに、スンニ派最高学府アズハルのタンタウィ総長が「生前、本人が臓器提供の意思を表明していれば、緊急の場合、無償の臓器移植は認められる」などと"勧告"を出し、自らも臓器提供の意思を打ち明けた。

2000年には、生体腎臓移植について、次のように報告されています。
http://www.egypttoday.com/et200001/feat01.htm
>After conflicting opinions left people perplexed, both Tantawi and Wassel agreed organs can be donated as long as a doctor declares the transplant will not endanger the donor's life and will be beneficial to the recipient. "Can the doctor guarantee the transplant wouldn't hurt the patient later? Who is a doctor, in the first place, to foresee the future and state what will inflict people the next moment?" questions another sheikh. And so the controversy goes on.


イスラムの見解 投稿者:てるてる  投稿日: 1月 2日(水)11時33分37秒

エジプトのアズハル大学のムハマド=サイエド=タンタウィ総長は、移植について、
次の見解を出しているそうです。

>脳死問題も「人間の体は神が所有している」と考えるムスリムの間では、極めて大きな議論を呼んでいた。これについてタンタウィ総長は、1999年に「(1)イスラム教徒の医師が移植を必要と判断する(2)提供者が健常者の場合、臓器提供後に健康面に影響が出ない(3)提供者が脳死状態の場合、家族、もしくは、当人が意識のある間に同意していることが前提で、かつ心臓の停止後に限り提供を許す(4)臓器売買は認めない−という条件付きで、臓器移植を認める」との見解を示した。
http://www2.justnet.ne.jp/~asia/islam/azhar.htm


んっ 投稿者:りんご  投稿日: 1月 1日(火)22時28分21秒

さっそくですが です。
濁点を忘れました(^^;。

移植医療センター 投稿者:りんご  投稿日: 1月 1日(火)22時20分58秒

みなさま、ことしもよろしくお願いします。
さっそくてすが、

Yahoo!ニュースより

<移植医療センター 学研都市に誘致へ 京都府、基本構想に着手>

京都府が、生体間移植を中心にした臓器移植専門の医療センターの関西文化学術研究都市への誘致を目指 し、基本構想の策定に着手していることが三十一日分かった。国の第二次都市再生プロジェクトに盛り込まれ た「大阪圏ライフサイエンスの国際拠点形成」の一環で、大規模な専門病院や患者、家族を対象とする長期滞 在型メディカルタウンなどを建設する計画だ。近畿の関係自治体などと連携しながら推進、実現すれば全国初 の臓器移植ナショナルセンターが誕生する。
(京都新聞)[1月1日9時57分更新]

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20020101-00000012-kyt-kin
http://www.kyoto-np.co.jp/kp/topics/2002jan/01/W20020101MWH1K000000012.html


日本の「脳死」法は世界の最先端
森岡正博, 『中央公論』2001年2月号
脳死移植について−母の脳死体験を通して
大野綾子, 99年度明治学院大学応募論文
脳死との出会い
森岡正博, 『生命学に何ができるか』(2001年11月)、 『現代日本文化論6・死の変容』(柳田邦男編、岩波書店、1997年1月)

[特集ワイド]海外の脳死移植事情
毎日新聞科学環境部「臓器移植」
A QUESTION OF FAITH
by Azza Khattab, photography by Mohsen Allam
アズハル大学
アジアの声「イスラーム」