果たして自筆か。
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歌舞伎座の1階。
東側ロビーの喫煙コーナーから、まずカーテンを手繰り、現れた重い扉を次に押し開け外に出ると、そこにお稲荷様が祀られている。劇場の中ではあまり観客たちの訪れない場所だ。
その小さなほこらにこのお神酒が手向けられていた。
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のし書きの文字に違和感を感じる。センターはズレてるし、バランスもよろしくない。どう見てもこれは書きなれた人の手によるものではない。
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こういうところだから筆の達者は多くいるだろうに、なのになのにこの字?
えっ、本人なのかなぁ。多分そうだろうな……勝手にそうとしか思わない私。それにしても……。手はもちろん服にまで墨を飛ばしてお習字に励む彼の真剣な表情を想い描く。
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にらみの見得の力強い「お姿」と、この頼りなさげな筆跡のギャップに頬がゆるんでしまった。そう云えば彼のサインは「えびぞう」と、ひらがなで書くらしい。
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舞台では、すでに雄渾とも云える風格を感じさせる役者である。祖父に倣い「海老さま」と敬われるのにもうなづける。でも、この筆っぷりが放つ天真爛漫さを見てしまうと、「さま」というより、愛着を込め「くん付け」で呼びたくなってしまう。贔屓の気持ちたっぷりに、「えびぞーくん!」。
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果たして自筆か?
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