てぬぐいの雑記


 思ったり、思わなかったり。
思ったことを記す。


…… ……

2    心施
更新日時:
2004.08.29 Sun.
一年ほど前。
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「ん?『あなたの人生を変える』……って、大げさな宣伝だな。云い切っちゃってるけど、そりゃないでしょ」
チラシに書かれたコピーに先ず懐疑的な感想を抱いた。しかし体験した後、私に起こった現象を思えば、決してそのうたい文句は拡げられた大風呂敷ではなかった。
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怪しい商品のお薦めではない、「レ・ミゼラブル」の話。
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イギリス生まれのミュージカル。日本では初演からすでに17年経ち、上演数は現時点で1876回にも達しているという。
昨年、2003年は7月〜9月の間上演された、以前に観たという知人の絶賛の言葉におされ、まあちょっくら観てみるかと軽い気持ちでひとり帝劇へ出向いてみた。そして呆然、ただ一度でやられた。恋に落ちるかのごとく作品に魅了されてしまった。
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喰わず嫌いはよくないが。
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舞台を観るのはもともと好きだ。ミュージカル映画の数々にも感動してきた。しかし、芝居の場面と音楽の場面が映画のように上手く融合されない実演のミュージカルというのはどうにも苦手だった。
軽くてコミカル、そして華やかで陽気。表現される感情は解りやすく、ステレオタイプの爽快感が売り物……それまでに観たいくつかのミュージカルに対して持っていた断片的な印象も足を遠ざけさせていたのだろう。
「レミゼ」はことごとくが違った。これほど胸をうつ作品があったのか、と先入観を悔やんだ。
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重厚で悲壮ともいえる物語が紡がれていく。
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パン一つを盗んだため収監されてしまったジャン・ヴァルジャンが19年の刑期を経て仮出獄を許される。しかし世間は前科者を容易には受け入れない。
望み無い日々に、再び犯す新たなる過ち。一夜の宿を供された教会から銀食器を盗み出すヴァルジャン。すぐに捕らえられるものの、当の教会の司教はその罪を咎めない。そればかりか「お忘れです」と銀の燭台までさしだし、人としてのありかたを諭す。
その博い心に触れ、彼は人の愛に気づく。
そして、罪深き己の身にさえ注がれる慈愛に心打たれる。呆然と過去の自分を省みればたちまち襲ってくる太刀打ちできぬ程の後悔の念。
ヴァルジャンは誓う、過去を捨て、名を捨て、仮出獄の許可証を破り捨て、今生まれ変わり歩きだそうと。
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ここまでがプロローグとして演じられる。
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以降、ヴァルジャンを執拗に追う警察官吏ジャベールとの対立を骨に、幼い娘を遠くに遺し死んでいく母、学生たちの起こす革命と敗北、その中で育まれる恋などを血肉として絡め物語は描かれてゆく。
原作は古典なので話の次第は周知の方もおられよう。「レミゼ」で展開されるのはミュージカルという言葉から連想される一種あでやかなイメージとは程遠い昏い世界である。
世俗の泥を被り、這うように暮すしたたかな人々の生きてゆく力が各場面の根底を支える。下品な言葉や卑しい行為など、泥を臆さず表現することにより、ヴァルジャンの真摯で誇り高いその後の生が一層尊く輝いて映る。
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心施(しんせ)。
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仏教の言葉だときいた。「心をこめて、心を尽くし、心を伝える」という意味を持つらしい。一言では言い表せないこの作品の感銘を説明するのに、なかなか相応しい言葉ではないかと思った。
物語の要素のことだけではない。観客に対して、作品の思いを届けようとする舞台の側の姿勢にこの心施という言葉がよく合っている。
観劇後の心理は、いい舞台を観て得る昂ぶりと云うより、思いもよらぬ親切に触れたときのような感動に近かった。
手を差し伸べられ、望外の幸せを与えられた気分になった。
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そしてはまった。
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2003年・帝国劇場
9/11ソワレA席\9000
9/16マチネA席\9000
9/16ソワレA席\9000
9/24マチネA席\9000
9/27マチネ当日(抽選)\11000
通い、費やしたり。
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まだ語り尽せない。
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全ナンバーそらんじられるくらいCDを聞き込んだ。ふと口ずさむ瞬間、たちまちレミゼの世界が私を多い尽す。
……未だに。
※来年、2005年の帝劇公演は3月からとのこと。
この項続く、(たぶん)。
 
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