『夜明けの雪』

見上げれば、その部屋の窓は黒々として、夜の闇に暗く沈んでいる。

「来ると思うか?」

古びたアパートの階段を見つめたまま、高耶が囁くように呟いた。

「思わなければ、ここに居ません。」

同じように声をひそめ、けれどキッパリ言い切った直江の答えに、高耶は無言で前方を睨んだ。

辛そうな目をしている…
高耶の横顔を視界の端に捉えて、直江は胸の奥でざわめくものを感じていた。

警視から警部補に降格され、城北署で初めて顔を合わせた時は、まだ木枯らしも吹いていなかったのに、 今はもう雪が降っても珍しくない毎日だ。
それだけの日々を共に過ごしながら、直江にとって高耶は謎のままだった。

高耶の表情から感情を読むのは、それほど難しくない。
けれど、その先は…
その瞳が何を見つめ、その心が何を思っているのか、 わからないまま直江は高耶の視線の先を見つめた。

月の無い空の下で、時間だけがひっそりと動いていた。

事の発端は、高耶が退院したばかりの頃、城北署管内で発生した強盗事件だった。
白昼の高級住宅街で起きたその事件は、目撃者も遺留品も多数あり、すぐに犯人の目星もついて、
あとは捕まえるだけ…となった矢先、事件の裏に潜んでいた新たな事実が判明したのだ。

 

小説のコーナーに戻る

TOPに戻る