『闇夜の灯火−4』

 

翌朝、名残惜しげに手を振る子供達と良元に、別れを告げて旅立った。
しばらく歩いたところで、景虎が立ち止まって直江に言った。
「直江。昨夜のことはそなたのおかげだ。礼を言う。」
澄んだ瞳がまっすぐ直江を見ている。どきんと跳ねる鼓動を抑えて、
「いいえ。それを言うなら、あの笛のおかげです。景虎さまがおっしゃらなければ、良元殿に気付きもしなかったでしょうから。」
直江は素直な気持ちで答えた。景虎が喜んでくれたことが、なにより嬉しかった。

最初にあの庵に行った時、ここに景虎を連れて来たいと思った。
すすきの原で見た表情のわけも知りたかったが、それ以上に、あの青ざめて震えていた景虎に、ここの暖かさを感じさせてやりたいと思ったのだ。
そんな気持ちが通じたのか、良元が泊っていけと誘ってくれた。
良元との出会いに感謝しているのは、直江も同じだったのである。
「そう…だな。そなたと笛のおかげだ。」
景虎は、そっと遠くを見るような眼をすると、晴れやかな顔で直江を見つめかえした。

そして1ヶ月ほどが過ぎ、景虎たちは再びこの地を訪れた。
「良元殿は、どうなさっておられましょうか。」
「せっかくこの地に参ったのだ。挨拶をしていこう。」
色部、晴家、長秀の3人も一緒に、良元の庵へと向った。

そこで見たのは、見る影も無く壊され、廃墟と化した庵だった。
「どうして…。何があったのだ!」
茫然と立ち尽くした直江と景虎をそのままに、色部たちは周辺を見て廻った。
「これは…山賊か何かに襲われたらしいな。」
「ああ。こっちに子供の亡骸が…。」
長秀の声に、ハッと顔を上げて景虎が走ってきた。

「どこだ! どこで見たのだ!」
「見ないほうがいい。もう半月は経ってる。もう・・どうにもならぬ。」
わずかに俯いた長秀は、沈痛な面持ちで目を伏せた。
それほどまでに酷いありさまなのか。衝撃でとっさに声が出なかった。
「どんな姿であろうと弔ってやらねばなるまい。」
いつのまにか横に来ていた直江が、真っ青な顔で言った。食いしばった唇が震えている。
「案内してくれ。」

着いた先は、庵のすぐ裏手だった。亡骸のそばで、晴家が黙々と穴を掘っていた。
獣に食い荒らされたのだろう。小さな亡骸が見るも無残に散らばっていた。
そのひとつひとつを胸に抱きしめて、景虎は目を閉じて冥福を祈った。
それ以上、出来る事などなにひとつ浮かばなかった。

晴家の掘った穴に静かに亡骸を納めると、直江がそっと土をかぶせた。
色部が弔いの経を唱える。
たった1ヶ月前には、この場所に笑顔が満ちていた。
なぜ。どうして。こんな現実があっていいはずがない。
やりきれない思いが、胸の中でとぐろを巻く。
だがこれも現実なのだ。

亡骸は、全員ではなかった。せめて彼らは無事に逃れたのだと思いたい。
どうか無事でいてくれ。そう願うことしかできない景虎たちであった。

 

 

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