『闇夜の灯火−3』

 

「遅い!」
提灯を下げて走ってきた直江に、景虎の不機嫌な言葉が飛んだ。
もうとっくに日も暮れて、あたりはすっかり暗くなっていた。
細い下弦の月だけが、ほんのり白い光を投げかけている。
「申し訳ござらん。あのご坊が是非にと申されて…。」
睨む景虎を見ても全く慌てず、直江は爽やかに微笑んだ。

僧は名を良元といい、山の中ほどにある家に帰るところだったのだが、心配して追いかけてきた直江に感謝し、一夜の宿を申し出たというのだ。
眉をひそめた景虎だったが、提灯まで貸してくれた僧の好意を無にするわけにもいかない。
それに野宿には寒い季節、屋内で眠れるのはなによりであった。
引っ掛るものを感じながらも、直江の案内で、ともかく僧の庵へと向った。

暗い山道の向こうに、小さな灯りが見えた。赤い光がチラチラと揺れている。
「来たよ〜。良元さま、お客様が来たよぉ〜。」
庵の前で6歳くらいの子供が、出迎えてくれた。
その手には、火のついた炭をのせた鍋がある。灯りと思ったのはそれだった。
「ようお越しくだされた。さあ、中へどうぞ。」
にこにこと良元が招き入れてくれる。
「かたじけない。お言葉に甘えて一晩お世話になります。」
挨拶をして中に入ると、3歳から8歳くらいの子供たちが次々に顔を出した。

武家崩れだという良元は、この庵に戦で親を亡くした子供たちと暮らしていた。
粥と汁の夕食をごちそうになり、一息つくと、
「お兄ちゃんも笛が吹けるの?」
「どこから来たの?」
「明日になったら遊んでくれる?」
子供たちが嬉しそうに話しかけて来る。つられて思わず笑顔になった。

そしてふいに気付いた。
直江が自分をここに連れてきた理由に。
この小さな庵には、暖かい空気が満ちているのだ。
子供たちの無邪気な笑顔と、貧しくても穏やかな生活の匂いに心が和む。
いつのまにか胸に積もった棘が、ほんの少し柔らかくなっている。
直江も同じ思いでいるのだろうか。
そっと覗き見ると、ちょうどこちらを向いた直江と目が会った。

気付かぬふりで視線をはずして、
「すまぬな。朝には向うの村に行かねばならぬのだ。」
だから今夜は一緒に遊ぼう。そう言って微笑んだ。
子供たちと笑いあう景虎を眩しそうに見つめる直江は、自分のまなざしの優しさに、まるで気付いていなかった。


「この子達は、みんな戦で親を亡くしましてな。あのすすきの原も、元は林だったのですが、焼け野原になってしもうて。今の世では、珍しくもないことですが…。」
子供たちを寝かせたあと、囲炉裏のそばで茶を飲みながら、三人は色々な話をした。
良元は、いかつい大きな体に似合わず、優しい目をしていた。顔や姿はまるで似ていないのに、なぜか氏照兄の面影が重なり、景虎は不思議な懐かしさを覚えていた。
「このあたりも最近はぶっそうになって、隣の山では山賊が出るという話です。あちらの方へ行かれるなら、どうぞお気をつけて下され。」
良元の忠告に頷いて、
「良元殿もお気をつけて。子供たちの世話もあるし、これから寒くなると辛うござるな。」
直江がいたわるように言葉をかけた。

「ありがとうございます。本当に、子供たちが待っていると思うと、拙僧も頑張らなければと元気が出るのですよ。不思議なもので、独りだと挫けそうになる心が、この子たちのおかげで日々に感謝して生きることができる。まだまだ死ぬわけにはいきませぬな。」
わっはっは。と豪快に笑う良元に、
「静かに、良元殿。子供達が目を覚ます。」
唇に人差し指を立てて、景虎が小声でたしなめた。
「あ、こりゃあしもうた。」
慌てて口に手をあてて蓋をすると、声を出さずに笑おうと苦心し始めた。
直江は必死で笑いをかみ殺し、景虎は額に手をあてて俯いた。くすくす笑いが込み上げる。
優しい夜が、ゆっくりと更けていった。

 

 

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