何が違うというのだろう?
あの時、高耶は確かに「俺はてめえと違って初めてなんだよ。おまえだったから…良かった…」と呟いたのだ。
今の話の流れで、他にどんな意味が…?
怪訝な顔の千秋から目を逸らし、高耶は困ったように俯くと、
「ヘッドロックなんて関係ない。そんな事どうでもいいんだ。おまえじゃなきゃ誰がンな事…ッ!
あれは…おまえが笑ったから…ホッとしただけで…」
最後はもごもご呟いて、とうとう顔半分を手で覆い隠してしまった。
「おいおい、訳わかんねーこと言ってんぞ?」
話の繋がりが、さっぱり見えない。
千秋は本気で首を捻った。
「わからなくていい! いっそ忘れろ。さっきまでのこと、全部忘れっちまえ。
俺とおまえは今まで通り、何も変わらない…それでいいだろ?」
もう勘弁しろとばかりに千秋を押しやって、高耶がくるりと背を向ける。
その一瞬、初めて二人の目と目が合った。
ドキッとするほど真摯な瞳が、何かを訴えかけるように千秋を見つめ、答えを待たずに視線を外す。
忘れろ…って…
突っ込みを入れかけた口を閉じ、千秋はキッチンの小さな椅子に腰掛けた。
ようやく全てが腑に落ちた。
忘れたかったのは、おまえなんだろう?
バカだな。もし俺が本気でおまえを攻める気だったら、
こんな事してチャラになんて出来るはずがないのに…
本当は危うく崖っぷちだったりしたのだが、それでも踏みとどまったのは、
やっぱり俺も今の関係を壊したくないと望んでいたからで、
だからこれでおまえの気が済んだなら、それで良いとも思うけど…
「なあ、おまえマジで他の奴にするなよ。」
フライパン片手に、真剣な顔で卵チャーハンを作っている背中を、トンと指で弾いた。
「だからっ!おまえだけだって言ったろうが!
二度としねえからな。 あんなの生涯一度で充分だ。」
フライ返しを振り上げて、高耶がビシッと言い放つ。
次は無いと釘を差したつもりだろうが、千秋は別の意味で優越感に浸ってしまった。
貰った箱を開くと、白と黒のチョコが3つ並んでいる。
甘いホワイトとビターの組み合わせが、なんだか笑えて食べずにそっと蓋をした。
窓の外は、雨が雪に変わって、ゆっくり白く染まり始めている。
「出来たぞ。食え!」
湯気の立つ皿をドンと置いて、高耶が「美味いぞ。」と胸を張った。
ピリッとスパイシーな香りが食欲をそそる。
バクバク頬張って、美味さにグッと親指を立てた千秋に、高耶が嬉しそうに笑った。
やっぱりずっと、このままで良い。
その方が良い。
けど俺は忘れないだろう。
あのフワリと優しい感触を…
甘くて痛い、この想いを…
「冷えてきたな」
「ああ」
穏やかな時間の中で、交わされる何気ない会話が、なぜか暖かく胸に染みていた。
(完)
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