タイガースアイ『前進』−1


穏やかな小春日和の火曜日。
ぽかぽかとした午後の日差しが、暖かい陽だまりをつくる。
そんな日の五時間目が子守唄のような英語ときては、寝るなと言う方が無理ってものだ。
窓際の一番奥の席で、気持ちよく眠っていた仰木高耶は、飛んできた紙つぶてが鼻先に当たってハッと目が覚めた。
「・・っんだよ。誰だ?」
見廻してもわからない。顔をしかめたまま不機嫌に紙を開いたとたん、
「あんの野郎〜っ!」
ぎりりと奥歯を噛み締めて、教壇を思いきり睨みつけた。
見事にペケが並んだ単語の小テスト。そこには御丁寧にも朱書きで、
『個人授業を御希望ならそのままどうぞ。』と書かれている。
(ふざけやがって!)
無視して寝ていたら本当に個人授業をしかねない。アイツはそういう奴なのだ。
かといって、起きるのはコレに従ったようでムカツク。
高耶は机に突っ伏したまま顔だけ上げた。
(俺はお前に従ったりしねえからな!)
激しい反発を込めて睨んだ高耶を、鳶色の瞳でちらりと一瞥した直江信綱は、
涼しい顔で視線を受け止めると、満足そうな微笑を浮かべて平然と授業を続けた。


「あいつ・・・許さねえっ! 絶対見返してやる!」
憤然と言い放って、高耶は単語帳を開いた。
銀杏の葉が風に舞う。どんよりとした雪雲に鮮やかな黄色が散った。
いつもなら隠れてバイクで通う道を、早起きして歩くのもこれで三日目だ。
並んで歩きながら、成田譲と千秋修平は顔を見合わせた。
「これって直江の思うツボなんじゃねえの?」
「…だよね。」
声に出さずとも考えることは同じだ。ぷっと吹き出した二人に、
「なんだよ。俺が勉強してっとそんな変か?」
むっとした顔がまた笑えるのだが、ここで笑うとさすがに本気で怒り出しそうだ。
「まあね。でも俺は高耶と一緒に歩けて嬉しいよ。」
譲が無邪気に笑った。こうまで素直に返されては怒れない。
単語帳に見いったまま、ズンズンと早足で歩き出した高耶の頬が少し赤くなっていたのを、千秋は見逃さなかった。
「待ってよ、高耶。」
慌てて譲が追いかける。
(成田、お前のそういうとこ…。ホント貴重な奴だぜ)
俺には真似できねぇよ。と呟いて、千秋は二人の背中を眩しそうに見送った。

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