千秋の顔に、笑みが浮かんだ。
「カワイイこと言ってくれるぜ。おまえ、頭が変になるほど俺を想ってたんだ…」
そっと高耶の手を握り、愛を囁くように甘く見つめる。
高耶が瞬間フリーズした。
「プッ…ククッ…アハハハハ」
たちまち吹き出した千秋に、高耶の顔にみるみる血の気が戻った。
「ふざけんじゃねぇ!からかいやがって…バカ野郎!」
バッと手をはねのけ、真っ赤になって睨む高耶を、千秋は笑いながら、悪戯っぽい瞳で見つめ返した。
「ハハハ。なに怒ってんだよ。俺ばっか見てた…つったのは、おまえだろうが。」
「ンなこと言ってな…つか言ったけどッ! あれはそんな意味じゃなくて…って、わかってんだろ?
あぁ〜ちくしょう!心臓バクバクしちまったじゃねえか。」
悔しがる涙目が可愛い。
とか思ってしまう自分は、つくづくコイツに毒されている。
もしかしたら本気の恋愛をする気になれないのも、コイツがいるからなのだろうか?
なかなか人に馴れないくせに、時々とても無防備で危なっかしくて、
たまに本気で捕まえたい衝動に駆られるけれど、手を出したら痛い目に遭うのは間違いない。
というより捕まえてしまったら、今の関係が変わってしまう。
たまらなく甘い果実の誘惑と、けして失いたくない大事なもの。
俺が本当に欲しいのは、どっちだ?
答えは決まっている。
ただ誘惑に負けたくなるだけで…
千秋は眼鏡を指でちょっと押し上げると、
「…で?ホントの理由は何だ?その手に持ってるデジカメも、てめえにしちゃ珍しすぎる。
なんかあるんだな?きっちり説明してもらおうか。」
キラリと目を光らせて、高耶の右手首を素早く掴んで捩じ上げた。
「んんッ…アッ!」
手首に巻いたバンドのおかげで、千秋にカメラを取り上げられなかったものの、
これではもう隠し撮りどころではない。
高耶は千秋の手を振り解き、しっかりカメラを握りしめると、
「悪い。俺おまえを隠し撮りしてたんだ。どうしても欲しいものがあって、その為に…
すまない。本当に悪い。けど…悪い、これだけは持って行かせてくれ。」
ギュッと目を瞑って、頭を下げた。
「誰に持って行くんだ?」
訊いても言わない気がしたが、高耶は頭を下げたまま黙っている。
「何と交換するかも、言わねえんだな?」
顔を上げず、申し訳なさそうに小さく頷く姿に、千秋はフウッと溜息をつくと、腕組みをして少しの間考えている振りをした。
高耶のことだ。
いくら欲しいものがあっても、信用の置けない相手なら、こんなことをするはずがない。
だったら…
相手が何を思って俺の写真と言ったのかは知らないが、隠し撮りの1枚や2枚、欲しけりゃいつでもくれてやる。
それに多分このデジカメは成田のだ。詳しい話は成田に聞けば簡単にわかる。
それよりも…
「仰木、頭上げろ。怒っちゃいねえよ。」
千秋の声に、高耶が躊躇いがちに顔を上げる。
こんな顔、滅多に見られるものじゃない。
にんまり笑いたくなる気持ちを抑えて、千秋は厳かに言葉を継いだ。
「けどな、俺だけが隠し撮りされるってのは不公平だろ?
俺にもおまえの写真を撮らせろ。それで勘弁してやるよ。」
「それでいいのか?」
ホッとして目を輝かせる高耶から、
「まあ、まずはおまえが撮った写真をプリントしようぜ。
どんな写真か、見る権利はあるだろ?」
千秋はニッと笑ってカメラを借りた。
まず1枚。安心している高耶をカメラに収めて、近くの写真屋に向かう。
デジカメは、フィルムと違って何十枚でも撮れる。
しかもシャッター音が殆ど無いから、それこそ隠し撮りも楽々だ。
成田に頼めば、データは簡単に手に入る。
日頃は撮れない高耶の写真を、今日は撮りたいだけ撮って遊べると、千秋は上機嫌で歩き出した。
追っていたはずの千秋に追われる羽目になるとも知らず、ファインダーに収まった高耶は、
美弥の喜ぶ顔を思い浮かべて、照りつける日差しの中で嬉しそうに笑っていた。
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