仰木高耶拉致作戦−2

 その頃直江は、定期検診に呼ばれて、中川の部屋に来ていた。
 この機会に、高耶の最近の様子を聞き出そうと思ったのだが、
 高耶は剣山に篭りっきりで、中川の診察もろくに受けていないらしい。
「仰木さんは、もっと休養しないといけないんです。それなのに、言う事を聞いてくれなくて。
 私もまた京都に行かなくてはなりませんし、せめてその前に診察をしておきたいんですが。」
 心配そうに溜息をつくと、中川は直江におだやかな笑顔を向けた。

「橘さん、体の具合はいかがです?無理してないでしょうね。」
「俺は大丈夫だ。体力には自信がある。」
(あの人を守り抜くためには、鬼八の毒などなんでもない)
 そんな直江を見て、中川は小さく吐息すると、
「あなたと仰木さんは、本当によく似てますね。」と言った。
 直江は驚いて中川を見つめた。似ている?あの人と自分が?

「ええ、二人ともちっとも大丈夫じゃないのに、必ず大丈夫だと言うところがそっくりですよ。
 どちらも休息が必要です。どうです、今から剣山に行ってみては。
 あそこは聖域ですからね。せめて一日くらいゆっくりとしたほうがいいですよ。」
 中川の真意がはかりかねた。何を言おうとしているのだ?
 なにか言いたそうで言えないという感じだ。

 怪訝な顔をする直江に、
「剣山へ行ってらっしゃい。仰木さんに、ゆっくり休養してくださいと
 伝えてください。頼みましたよ。」
 と早く行けと言わんばかりの様子だ。
「わかった、伝えよう。」
 そう言うと、直江は部屋を出た。
 ドアがしまった後、中川はひとり微笑んだ。

 どうもおかしい。剣山でなにかあるのだろうか?
 ともかく行ってみればわかる。
 剣山へは、もうずいぶん行っていなかった。
 早くあの人の隣に立つ為に、赤鯨衆での地位を上げる。
 それには離れた場所で頑張るしかなかった。  だが、それだけが理由ではない。

 会えばまた責めてしまう。

 裂命星を高耶の延命に使えなかった無念は、いまだに直江の中で燻っていた。
 太陽の見えない空を、直江は睨みつけた。
 この四国を怨霊の居場所にする為に、どれほど多くの犠牲を払ったことか。
 そのことで一番深く傷ついているのは、高耶自身だろう。
 あの人はそうやって全てを抱えて、それでも前を見つめている。
 その生き方こそが、四百年間焦がれ続けた景虎の姿だった。

 けれど、その強さはあまりに痛ましくて、哀しくて、許せなかった。
 許せないのは、それを止められない自分であり、それをさせるこの世界そのものなのだ。
 行き場の無い怒りを高耶の体にどれだけぶつけても、想いが尽きることなどありはしない。
 直江の苦しみには、底がなかった。

 剣山で、直江は思いもよらない事実に驚愕した。

「高耶さ…いや、仰木隊長が留守って、どういうことなんだ、卯太郎!」
 血相を変えて詰め寄る直江に、卯太郎は
「えっと、あのう、仰木さんは、ちょっと出かけちょるがです。」
 必死にごまかそうとするが、そんなものが通じる相手ではない。

「ちょっとって、どこへ行ったんだ? いつ戻る。」
 畳掛けるように問い詰める直江に、卯太郎は躊躇したが、本当のことを言うことにした。
(橘さんなら、仰木さんは喜ぶかもしれない。)
 高耶が橘といる時の、どこか心を許している感じが、卯太郎に決心させたのだ。

「連れていった場所はどこだ?」
 卯太郎は、秘密の場所としか聞いていなかったので、いくら聞かれても答えようがない。
 潮と黒豹が一緒だから大丈夫だと言うばかりだ。
 直江にしてみれば、自分の知らないところで、高耶を眠らせて連れて行くなんて、
 到底許せるものではない。
 それが仲間として信頼している潮であってもだ。

 それに、高耶の体も心配だった。
 会うのを怖れていたことも忘れて、直江はいてもたってもいられず、表に飛び出した。
 外に出ると、すぐに水蛇の法を施す。
 発信機は今回着けられていないので、役に立たない。
 直江は水蛇を追った。

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