初夏にも関わらず、相変わらず晩秋のような毎日が続く。
ここ白地に、三好の残党が暴れているらしいと聞いてやってきた高耶だったが、
彼らの動きはたいした事も無く、後をまかせると、すぐに剣山へと戻ってしまった。
慌しい再会に、潮はほとんど話す暇も無かった。
「なあ仰木さあ、ここんとこ働きすぎだと思わねえか?」
えさを食べる黒豹の前に座り込んで、潮が語りかけた。
もちろん、豹が人間としゃべるはずがない。
けれど、潮はこの黒豹が好きだった。
なんだか自分の気持ちをわかってくれているような、そんな気がするのだ。
今も、もぐもぐ口を動かしつつ、眼の端でこっちを見ている。
まるで続きを言ってみろと催促しているようだ。
「あいつ毎日ほとんど寝てないんだ。いくら休めっていっても、
俺の言う事なんか全然聞いてくれなくてさ。」
元々自分を痛めつけるかのように、戦の中に飛び込んでいくところがあったが、
裏四国を成してからは、いっそう休むことをしなくなった。
四国呪法の影響で、体がそのまま四国と繋がっているということもあるだろうが、
なによりも全てが自らの罪だという思いが、高耶を責めたてるのだろうと潮は感じていた。
自分の命よりも、赤鯨衆や死遍路、そして生き人を優先してしまう。
どんなに高耶自身が否定しても、その行動をみていればわかる。
そんな高耶が心配でならなかった。
「ばかだよ、仰木。俺も嘉田も、他の奴らだって、みんな仰木がなによりも大切なのに、
あいつが自分を大事にしないでどうするんだよ。あいつはそんなこと、ちっともわかってないんだ。
なあ、お前だってそうだろ?」
黒豹は、えさを食べ終わり、寝そべって前足を舐めている。
それをじっと見つめる潮にちらっと視線を向け、周りに他に誰もいないことを確かめると、
潮を見上げて大きく頷いた。
びっくりして思わず退いた潮だったが、すぐに笑顔になり、
「やっぱわかってるんだな、お前。俺と同じ気持ちなんだ!」
嬉しそうにそう言うと、今度は真剣な顔で考え始めた。
どうすれば、高耶をゆっくり休息させることができるだろう?
しばらくして、潮はいたずらを思いついた子供のように、瞳を輝かせて黒豹にささやいた。
数日後、潮は剣山に高耶を訪ねた。
いつものように早朝の行を終えて自室に帰った高耶は、部屋で待っていた潮に驚いた。
「よお、一緒にコーヒー飲もうと思って、待ってたんだ。」
ひとなつっこい笑顔で明るく言った潮に、
「こんなところに来てていいのか?白地はどうしたんだ。」
とそっけない返事が返ってきた。
こういう時、素直に喜ばないのが高耶である。
「白地なら大丈夫だよ。俺がここに来ちゃ迷惑か?」
少し傷ついたように潮が言った。
「いや、そんなんじゃない。迷惑なんかじゃないんだ。」
案の定、高耶は潮を傷つけたかと心配している。
潮は高耶がとても優しいことを知っていた。今がチャンスだ。
「良かった。じゃあ、コーヒー飲もうぜ。俺が淹れたんだ、美味いぞ。」
高耶は苦笑しながら、カップを手に取った。
(よし、いいぞ。そのまま飲み干せ)
心で願いながら、潮もカップに口をつけた。
実はコーヒーには、中川に貰った眠り薬が入っている。
高耶に限らず、戦場に身を置いていると、とても用心深くなる。
たとえ仲間が淹れたコーヒーでも味が違えばすぐわかる。
しかし、今のように相手を気遣ったりすると、つい飲んでしまうものだ。
(飲んでくれ、仰木…)
潮は一気に飲み干した。潮のカップには薬は入っていない。
高耶は、半分ほど飲んだところで、おかしいと気付いた。
しかし即効性の薬は、すでに効き始めている。
「武藤、何を入れたんだ?どうして…」
猛烈な眠気が襲ってくる。立っていられない。高耶は床に崩折れた。
「すまん、仰木。こうでもしないと、お前全然休まないだろう?」
高耶を騙したことに罪悪感を覚えて、胸がぎゅっと痛んだ。
だが計画はこれからが勝負だ。高耶を支えて部屋を出ると、黒豹が待っていた。
黒豹の背に高耶を預け、卯太郎に留守を頼む。
「わかってますきに、あとのことはまかして下さい。」
「頼んだぞ、卯太郎。」
潮は卯太郎の肩をぽんと叩くと、素早く表に出た。
この計画を知っているのは、潮と卯太郎、中川、嘉田だけだ。
他の連中に言ったら、みんなが一緒にやりたがるに決まっている。
大袈裟になってしまうと、高耶を休ませるという目的が果たせない。
にぶい朝の光が木々の間から漏れている。
うっそうとした林の中を、潮達は秘密の場所へと急いだ。
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