うららかな春の朝、珍しく高耶から電話が入った。
「今晩うちに来いよ。スキヤキすっから。」
「お〜そりゃ豪勢だな。行く行く!」
聞けば、直江が肉を持参で、夕飯を食べに来るらしい。
なら遠慮なくお邪魔してやろう。
と、千秋は電話を切りながら、嬉しそうに笑った。
「何だよ!これは…」
肉の包みを開けたとたん、高耶は絶望の叫びを上げた。
驚いて台所に飛び込んだ直江に、高耶は見事なステーキ肉の包みを突き返した。
「今日は千秋の誕生日だから、ちょっといい肉って言ったはずだ。
なんでスキヤキにステーキ肉なんだよ!」
「えっ!? すみません…誕生日だからステーキかと…」
青くなって謝る直江を見て、
「お兄ちゃん、ステーキにしようよ!!すっごく美味しそうなお肉だよ」
美弥が高耶を宥めるように声をかけた。
高耶は、ひとつ溜め息をついて、台所の引き出しから財布を取り出すと、
「買いに行ってくる。」
と玄関に向かった。
「待って下さい! 私が行きます!」
直江が慌てて後を追う。
「いい。これは俺のわがままだから…」
首を振る高耶の手をとって、直江は優しく微笑んだ。
「わがままなんかじゃないでしょう?
間違えた私が悪いんです。行かせて下さい。」
本当は直江が間違えたんじゃない。
俺がちゃんと言わなかったんだ。
ステーキなんて、思ってもみなくて…
「悪りい。今日はどうしてもスキヤキにしたいんだ」
あいつはいつも一人で食ってるから…
ステーキはひとりでも食えるけどスキヤキは…
あれはみんなで食べるから美味いんだ。だから…
そんな高耶の思いに、直江は微笑んで頷くと、大急ぎで肉を買いに行った。
たらふく食べて、千秋は満足そうに、畳の上でゆったりと体を伸ばした。
「あ〜旨かった。スキヤキなんて久々だぜ」
千秋の笑顔に、高耶は隣に座る直江と顔を見合わせて微笑んだ。
「ごちそうさん。今日はありがとな。」
帰りがけに、千秋はいつものように礼を言ってから、ちょっと照れた顔になって、
「おまえ、俺の誕生日を覚えてくれてたんだな。
極上ステーキを振ってスキヤキにするの、てめえくらいなもんだぞ。」
と笑った。
「悪かったな。俺はスキヤキが食いたかったんだ」
照れくさそうに肩を竦める高耶が、なんだかとても嬉しくて、
千秋は胸が熱くなるのを感じていた。
「じゃあ、明日はステーキか。楽しみだな〜♪」
わざと大きな声を出した千秋の言葉に、直江がギョッと目を見開く。
「な、なぜ明日と決めつけるんだ。来週でもいいだろう?」
明日は仕事で来られない。
ステーキを惜しむ気はないが、高耶と一緒に食べるチャンスを、
むざむざ奪い盗られるのはあんまりだ。
焦る直江とは裏腹に、高耶はウ〜ンと考え込んだ。
「そうなんだよな。せっかくの肉を冷凍すんのは勿体無いし…
よし! 明日は直江んちでステーキにしよう。
直江、行ってもいいか?」
思いがけない展開に、直江は目をみはったままコクコクと頷いた。
なんなら今夜から泊まってくれてもいい。
むしろそう願いたい。
「わ〜ん美弥も! 美弥もステーキ食べたいよ〜!」
「わ〜ん俺も〜♪」
今日の為に買ったのだから、数は合う。
でも…でも…
溜め息を胸に押し込んで、直江はにっこり微笑んだ。
「では、明日。仕事を早く切り上げて、皆さんをお待ちしています。」
「じゃあな」
嬉しそうに帰った千秋は、チャチャッとメールを打った。
『明日は俺が美弥ちゃん連れて行くから、
高耶に伝えてくれ。今日はサンキュー』
見上げた空には、朧の月に桜の花びらがひとひら、フワリと風に舞っていた。
2007年4月3日
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