まだ夜明け前だというのに、二人分の弁当まで作って、
高耶は嬉しそうに、
「じゃ、行ってくる。」
と直江に告げた。
「んな顔すんなよ。大丈夫だって」
千秋と一緒だし、夜には帰るから…と宥めるように言いながら、
高耶はとうとう可笑しそうに笑い出した。
「笑わなくても良いでしょう。」
直江は憮然とした表情で、ボソボソ呟いている。
こいつがこんな顔をするなんて、思ってもみなかった。
魔法界の勉強として行くだけだと言ったのに…
でもそれがなんだか可愛くて、嬉しくて笑えてしまう。
…なんて、こいつに言ったらどんな顔をするだろう?
「いい子で待ってろよ」
チュッと唇を合わせて、直江が驚いている間に家を出た。
その時の高耶は、今日の日がどんなに長いか、ほんの少しもわかっていなかった。
* * * * * * * * * * * *
高耶が出た後も、直江はしばらく動けなかった。
唇に柔らかな感触が残っている。
照れた笑顔が蘇って、今更のように顔が火照った。
決してウブじゃないはずの自分が、
たったこれだけのことで舞い上がってしまう。
「だから行かせたくないんだ…」
溜め息をついて、直江は書斎の椅子に腰掛けた。
積み上げられた書類は、早急に処理が必要なものばかり。
千秋の言う通り、任せておくのが一番なのだと、頭ではわかっているのだが…
独占欲に悩む直江もまた、今日という日の長さを、このときはまだ知らなかった。
* * * * * * * * * * *
いつもの場所では、千秋が先に来て待っていた。
「お、弁当?気が利くじゃん。」
嬉しそうに笑った千秋は、高耶の顔を見て、
「フフン。どうやって直江を宥めて来たんだ?キスでも迫られたか」
意味あり気に瞳を覗き込んで、
ギョッとして思わず身を引いた高耶に、吹き出しながら歩き出す。
「あれ?今日は歩いて行くのか?」
隣に並んだ高耶が問いかけると、
「バァカ。今日はおまえの訓練だって言ったろ。
ここは直江のエリアだからな。
おまえに危険が及びそうな物は持ち込めないんだよ。」
何気に怖いコトを言われた気がする。
「ヘェ。そりゃ楽しみだ。」
高耶の瞳に、挑戦的な光が煌めいた。
2007・6・19
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