『熱波』

 打ち寄せる波が、砂浜を黒く染めては退いてゆく。
 濡れた砂は瞬く間に乾いて白に戻り、また黒に染まるのを待ちわびる。
 そんな夏のオセロも、臨海学校でやってきた高校生では、ゆっくり観戦してくれるはずもなく、
 青空に浮かんだ雲だけが、今日ものんびりと下界の眺めを楽しんでいた。

雲とは違って、高校生男子の関心は、たいてい女子に向かうものである。
砂浜で自称人間観察に励んでいる矢崎も、もちろん例外ではなかった。
「おおっ! ナイスバディ発見! 見てみろよ、仰木。」
ひと泳ぎして気持ちよさそうに寝そべっていた仰木高耶は、背中をつつかれてしかたなく矢崎の視線の先に目をやった。
が、その女子の向こうを見たとたん、ムッと顔をしかめてプイと横を向いた。

「な、いいだろ? あの隣の子もかわいいな。おまえ、どっちが好み?」
何も気付かず嬉しそうに話し続ける矢崎に、
「俺ならナイスバディの方だな。ま、あれじゃ俺らはアウトオブ眼中だろうけど。」
千秋が後から割り込んで二人の間に座った。
不思議そうに女子の一団を見直して、矢崎は彼女達が誰を囲んでいるのか、やっと気づいた。

「何? あれってみんな直江狙いなのか? うが〜教師があんなガタイしてるなんて許せねえ…
 ううう。女どもはあの笑顔に騙されてるんだ! うわあん。イタイケな少年の夢がぁ〜」
嘆く矢崎の肩を、よしよしと抱いてやりながら、千秋は寝転がったままの高耶に目をやった。
もしここに譲がいたら、こんな高耶を放っては置かないだろう。
いつもの調子で、さらりと高耶の心を引き戻してやれるに違いない。
でも譲は吹奏楽部の全国大会に出場するため、臨海学校には来ていなかった。

(わかってんのか? おまえ。ここんとこ隙だらけなんだぞ)
2学期の終わり頃から、高耶の雰囲気が少し変わった。
以前より近づき易くなったというか、纏う空気が柔らかくなった。
それはいいのだが、さっきのように不安そうな危うい顔をされると、つい手を出したくなるのだ。
(バカだな俺も。放っておいても大丈夫だったのに…)

矢崎のように、友達として近づいてくるのならかまわない。
けれどここには、高耶を敵視している奴らも来ている。
今までは怖くて手を出せなくても、今なら何かを仕掛けてくる可能性だってある。
それほど今の高耶は、ガードが甘くなっていた。

高耶の傍にずっといて、他の奴らを近づけないようにすることは簡単だ。
だが、千秋はそうしなかった。
(おまえは守ってもらわなきゃならないような奴じゃねえ、だろ?)
踏みこんでしまえば、自分は今のままでいられなくなる。
そうなることが良いのか悪いのかわからないまま、千秋は高耶の背中を見つめていた。


「泳いでくる。」
むくっと起き上がった高耶は、ザッと砂を払うと、ひとりで海へ歩き出した。
「待てよ。俺も行く!」
矢崎が慌てて追いかけた。
少し遅れて、千秋も立ちあがって後を追う。
その姿を、直江は女子に囲まれながら、じれったい思いで見送っていた。

 

これは浅草オンリー「NWF」で出した桜木通信No.2に載せたお話です。
私の書いた『タイガースアイ』の続編になってるの(^^)
楽しんで頂けると嬉しいです〜♪

思ったより長くて続きものになっちゃった…ごめんなさい〜(><)

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