「なんだ仰木、その格好は。風邪をひいたから泳げないとでもいうつもりか?」
大嫌いな体育教師の嘲りを込めた口調に、
高耶はギッと瞳を上げた。
「そうなんです。私が付いていながら、風邪をひかせてしまって…」
すかさず直江が口を挟んだ。
パーカーを着ているのは、もちろん直江のせいだ。
だが、高耶以外にも砂浜にいる生徒も大勢居る。
何よりこの臨海学校は、泳ぐことより海に親しむという意味合いが強く、
無理に泳がなくてもよいという規定になっていた。
それなのに、こうして高耶だけを目の敵にするような体育教師のやり方は、
たとえ高耶の体に何もなくても、納得できるものではなかった。
「直江先生は黙っていて下さい!
こんな奴は、甘い顔をするとつけ上がるんです。
ろくに泳げもしないのに、あんな島なんぞに行くから悪いんだ。
たった一晩で風邪をひくとは、弱ッちぃなぁ、仰木」
もう我慢の限界だった。
あんたはそれでも教育者か!
と言おうとした直江は、高耶の行動に目を瞠った。
「うっせぇな。泳げば文句ないんだろ?
競争しようぜ、センセー。
どこまで泳げるか、先に沈んだほうが負けってことで。」
あっさりとパーカーを脱いで、高耶はまっすぐ体育教師の前に立った。
綺麗に日焼けした伸びやかな肢体に、赤い痣が消えずに残っている。
思わず絶句した直江と千秋の目の前で、
高耶は何も隠そうとせず、挑発するように体育教師を睨みつけた。
「うっわ〜。やっぱ島の虫って飢えてんだなぁ。
すっげ咬まれてやんの。」
半分感心している矢崎の声に、体育教師はハッとした顔でブルッと頭を振った。
「冗談じゃない。沈むまでの競争なんかできるか。
馬鹿らしい。泳げるなら勝手に泳げ。」
「冗談じゃないのはこっちだぜ。あれだけ言って逃げんのか?
俺みたいな弱ッちぃのに勝つ自信ぐらいあるんだろ?」
だがそれでも、体育教師は泳ごうとしなかった。
高耶はフンと鼻を鳴らすと、海に向かって歩き出した。
「あんな奴相手に、何ムキになってんだか。」
千秋が横から、ひょいと高耶の顔を覗き込む。
「うっせぇ。そんなんじゃねえよ。」
高耶は不機嫌そうに前を睨んだままだ。
首を竦めて、千秋も目の前に広がる海と空を眺めた。
「パーカー暑かったか?」
海を見回しながら、ついでのように言った千秋に、
高耶はちょっと目を大きくして、
「あったりまえだろ。夏なんだから。」
そういうと、ふっと後ろを振り返った。
俺の為に嘘なんかつくな。
我慢は…したほうがいいかもしんねえな…
クスッと笑って、高耶は海に入って泳ぎだした。
体を包み込む水は、昨日の腕のように優しかった。
9月17日