『熱波こぼれ話−1』

高耶が風呂から上がって体を拭いていると、ふいに浴場全体がパァッと明るくなった。
「おや、もう入られたんですか?
すいませんねえ、これからだと思ってたもんで、電気つけるのが遅くなって…」
気の良さそうな宿の主人が頭を下げた。
「い、いえ。こっちが勝手に入ったんで…」
驚いて口ごもりながら、高耶も慌てて頭を下げる。
「暗くて困ったでしょう。まだ皆さん来られてないで、ゆっくりどうぞ。」 ちょっと訛った言葉と笑顔が優しくて、高耶はペコリと頷くと、もう一度湯に浸かることにした。

明るくなった浴室で手足を伸ばしたとき、ふと二の腕の裏側にある赤い痣が目に入った。
手首と手の甲、踝の傷に付けたのは知っていたが、
こんなところに付けられては、迂闊に腕も上げられない。
おまけに足の付け根と太腿にまで見つけてしまい、
高耶はザバッと湯を跳ね上げて立ち上がると、凄い勢いで体を拭き出した。

「あの野郎…メチャクチャしやがって!!」
どうすんだよ。こんなの誤魔化せねえよ…
途方にくれて視線を泳がせた高耶は、後ろの鏡に目をやって愕然とした。
「な〜お〜え〜!!!」

高耶は大急ぎで着替えると、脱衣場を飛び出した。

 

 

ガラガラッと脱衣場の戸が開いた。
直江の瞳に緊張が走る。
入り口を塞ぐように立っていた千秋は、
「さあて、どうすっか見ものだな。」
ふふっと笑いながら直江の脇をすり抜けると、
すぐ脇の角を曲がって姿を消してしまった。

呼び止める暇もなく千秋を見送った直江は、
振り向いたとたん、高耶に凄まじい眼で睨まれて、思わず後ずさった。

「高耶さん、落ち着いて…」
「落ち着いてなんかいられるかッ! 
 他人(ひと)の体だと思って好き勝手しやがって…」

さすがにこんな場所で怒鳴りつけるわけにもいかず、
高耶は小声で叫びながら、直江の襟元を掴んで締め上げた。
「他人の体だなんて、思っちゃいません。
 あなたの体だと思うと、つい夢中になってしまったんです。」

「ばっ…ばかやろう!!! んな恥ずかしいセリフ言ってんじゃねえっ!」
あまりの恥ずかしさに、思わず声が大きくなる。
直江は襟元を掴んでいる手を右手で剥がし、左手で高耶の口を塞いだ。

「モガモガ」
「大人しくして下さい。落ち着いて…」
「モガ〜!」
暴れる高耶を腕の中に抱き込み、直江は脱衣場に雪崩れ込んだ。

 

「ハァ…ハァ…てめ、俺を窒息させる気か…」
ロッカーにもたれて荒い息を吐く高耶の横で、
直江は「すみません」と微笑んだ。

「これがキスマークだなんて、誰も気付きません。」
そう断言する直江に、高耶は疑わしそうな瞳を向けていたが、
いくら怒っても、そう簡単に痕は消えない。
時間が経つのを待つしかないと、高耶は半ば諦めの心境になっていた。

「風呂、入るのか?」
服を脱ぎ始めた直江の背中に問いかけて、高耶の目は一点に釘付けになった。
掻き毟ったような赤い傷が、ほんの少しだけれど出来ている。
わずかに血の痕が残っているのは、新しい傷のしるしだ。
その傷は、高耶の記憶をしっかりと呼び覚ました。

「どうかしましたか?」
手を止めて、直江は高耶を見つめた。
「いや、なんでもない。」
慌てて首を振ると、高耶は部屋に戻ると言って脱衣室を出た。

これじゃあいつを怒れない…

(つい夢中になってしまったんです)
直江の言葉が、胸に浮かんだ。

     9月20日

これは桜木通信 No.2 に載せた「熱波」を書いてるとき頭に浮かんだもの達です。
これで拍手を10種、書いてみようと思ったんですが、ちょっと無謀な試みでした(笑)
「熱波」を読んでなくても、まあ読めるんじゃないかな??と思います〜♪

ちなみに「熱波」&その続きは裏にUPしてますので、topページの隠し入り口からどうぞ(^^)

   

「こぼれ話ー2」を見る

  拍手ログに戻る

  小説のコーナーに戻る

TOPに戻る