『記憶』-8

 

 ザザァと梢が揺れる。
 その音に重なって、パタパタと衣のはためく音がする。
 それなのに、冷たいはずの風は、頬にも腕にも当たらなかった。

 「直江!
 後ろに立つなと言っているのが、まだわからぬか!」

 何度も叱った。
 その度に、直江は一旦引き下がる。
 だが何も言わずにいると、性懲りも無く、また後ろに立っていたりするのだ。

 なぜ…何故おまえは、俺を庇おうとする?
 主従だからと、おまえは言う。
 ならば、主人の命に従わぬのは何故だ?

 怖いのは、慣れてしまうこと
 誰かを信じてしまうこと
 そばにいて欲しいと…願ってしまうことなのに…

景虎の想いを、頭ではなく心で感じる。
これは俺の記憶…
戸惑いと、苛立ち、そして…

「おまえだったんだ」

小さく呟いた声に、直江が高耶の顔を見た。

直江から目を逸らして、高耶は高い梢の先を見上げた。
小さな空に、星は見えない。
今は月も見えなかった。
風に揺れる梢が、ほんの少しだけ光って見えた。

俺は…もう、願っているのかもしれない。
傍にいて欲しいと…
あのときも、心の底で想ってしまったように…

やがて、途切れた思念を心配したのか、それともまだ近くにいるとわかったのか、
奥の方から千秋と綾子が走ってきた。

「景虎!」

「良かった、直江も一緒だったのね。」

ホッと息をつく二人に、

「すまなかったな。よく見つけてくれた。」

直江が、ねぎらいの言葉をかける。

ありがとうの代わりに、柔らかな瞳で頷いた高耶を見て、

「なんだ。泣いてねえじゃん。」

千秋がニヤリと笑って、残念そうに言った。

「は? 誰が泣くか!」

思いきり眉を顰めて睨みつけると、

「でしょ? 泣いてたのは長秀じゃない。
 もうホントうるさかったのよ。見つからない、出て来ないって。」

綾子が腰に手を当てて、呆れた顔で暴露する。

「なんだと〜! あれは事実を言っただけだろうが!」

怒る千秋を見て、綾子はぺロッと舌を出した。

「いい加減にしろ! 何時だと思っているんだ。」

地を這うような直江の一喝に、首を竦めた二人を見て、とうとう高耶が笑い出した。

怨将の仕業だとわかっても、自分のした事が変わるわけではない。
心の奥で鈍く痛むものは、積もるばかりで消えはしなかった。

それでも…
凍りそうな心を、温めてくれる優しさが、ここにある。

だから…

歩いてゆこう。この先へ…

そこにどんな未来が待っていても、歩いてゆける気がするから…

                   fin

 

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