「高耶さん?」
遠くであのひとが呼んでいるような気がした。
小さな思念波。けれど今はまだその声に答えられない。
直江は北海道で、あるものを探していた。
もう少しで見つかりそうなのだ。
「待っていてください。高耶さん。」
もう十日も会っていない。
電話でさりげなく留守の言い訳をするつもりだったが、声を聞いたとたんに何もかも頭から消えてしまった。
会いたい。顔が見たい。声が聞きたい。あなたの廻りの空気に触れたい。
そんな思いが一気に渦巻いて、何も言えずに切ってしまった。
待っていて。必ずあなたのもとに行くから。
直江は今度こそ見つかるようにと願いながら、目的の場所へと車を走らせた。
千秋と別れて家に帰った高耶は、どうやって直江の動きを探ろうかと悩んでいた。
プライベートで動いているなら、軒猿を使うわけにはいかない。
霊査するにも北海道は遠すぎる。
待つしかないのか…。
直江と一緒にいるのは誰なんだろう。
なんでふたりで行ったんだ?
そこにカギがありそうだった。
知るためには、光巌寺に聞くしかないのだが…。
うーんと唸って高耶はごろんとベッドに寝転がった。
直江がいないとわかっていて電話をするなんてできない。
つきとめてやると言ったものの、陰でこそこそ嗅ぎまわるなんて最低だ!
ぐるぐる駆け巡る思いは、やりきれなさを伴なってますます高耶を苦しめた。
「直江のばかやろう!」
組んだ手で視界を覆った。涙がひとすじ滲んで落ちた。
いつのまにか眠っていたらしい。
電話の音に目覚めると、あたりは薄暗くなっていた。
「はい。仰木です。」
美弥の声だ。なんだか嬉しそうに話している。
「うん。わかった! お兄ちゃんに言っておくね。うん。バイバイ。」
ぼんやり起き上がると、高耶は台所に入った。
「あ、お兄ちゃん。目が覚めたんだ。今日はカレーだよ。」
そう言いながらお皿に盛りつけてテーブルに置くと、
「さっきね、おかあさんから電話があったの。」
にこにこ笑って話す美弥に、高耶は軽く頷いた。
懐かしさとせつなさがきゅっと胸を掠めた。
「あのね。あしたお兄ちゃんにお迎えが来るから、旅行の用意しておいてって。」
「お迎えって俺に?」
驚いて聞きかえすと、美弥は元気よく頷いた。
「私、お留守番できるよ。お父さんもお仕事頑張ってるし、もうちっとも怖くないもん。だからお兄ちゃんが旅行に行っても大丈夫。心配しなくていいからね!」
どんとまかせなさ〜い。と胸を張って笑った。
いつのまにこんなにしっかりしたんだろう。
闇戦国がらみで走りまわっている間に、いつのまにか眩しいほど成長した美弥に、誇らしさとほんの少しの寂しさを感じた。
知らないうちに俺の心配までするようになったんだな。
深い感慨を覚えながら、高耶はいつものように茶化して言った。
「ようし、まかせたからな。後で泣いたって知らねえぞ。」
「泣いたりしないよ〜だ。」
二人でひとしきり笑ってから、真顔になって尋ねた。
「けど…旅行なんていきなり言われても…お迎えってどういうことだ?」
話が全然つかめない。
美弥を置いて俺だけ旅行だなんて。
いったい誰と何処へ行けって言うんだ?
「うふふ。内緒。あしたのお楽しみだよ。お兄ちゃん、自分で用意できるよね?」
「当ったり前だ!…けど本当にどうなってんだ? 教えろよ、美弥。」
「ダ〜メ! ふふふ。明日が楽しみだなあ。お兄ちゃんビックリするよ!」
楽しそうに笑うばかりで教えてくれない。
直江のことが気になってしかたがないのに、そのうえこんなわけのわからない話が舞い込んでくるなんて…。
しかたなく旅の仕度をしたものの、高耶は眠れないまま朝を迎えた。
7月22日の朝。9時の時報と共に、その人は仰木家のドアを叩いた。