『かざぐるま』

  

「…やっぱ来たか。」
千秋は苦い顔で溜息をついた。
「ま、上がれよ。」
部屋に入っても、高耶は千秋の目をじっと見つめて逸らさない。
隠し事など許さないとはっきり示すその視線に、千秋は居心地悪そうに横を向いた。
そんな横顔を、高耶の真っ直ぐな目が追う。
百の言葉より雄弁なまなざしが、千秋を責めて放さない。
「おれとした事が…。なんでおまえに電話しちまったんだか。」
何度目かの溜息のあと、千秋がついに口を開いた。
「言っとくが、おれは直江のしてること全部知ってるわけじゃないからな。」
黙って目で先を促がす高耶にそう前置きすると、
「聞いたこと後悔すんなよ。」
千秋は真面目な顔で高耶を見つめ返した。

高耶がしっかりと頷くのを確認して、千秋はやっと先を続けた。
「直江は女と二人で北海道に行ってる。光巌寺に電話したら、奴の母親がそう言ってたから間違いないだろう。ここんとこあいつ一人でなんかやってるとは思ってたが、おまえが知らないなら、プライベートだったらしいな。…で、おれはそんなおいしい仕事をなんでおれに言わねえんだ!って文句言おうと、おまえに電話しちまったってわけだ。」
俯いて一気に話してから、そっと高耶を見た。
高耶はまさに『鳩が豆鉄砲をくらった』という顔だった。

直江が女と…プライベートで?
まるっきり思っても見なかった。不思議なくらい、頭に浮かばなかった。
さっきまでの勢いがどこかに飛んでしまって、高耶はぽかんと壁を見ていた。
呆然としている高耶の姿に、千秋の胸がちくりと痛んだ。
電話をしなければよかったと、あれから何度思っただろう。
知らなくていい事を知らせてしまった。
「…ま、あいつも男なんだし…おまえが全然相手にしてやらねえんだから、たまっちまってもしょうがねえだろ。嫌ならさせてやれよ。」
そんな言葉を吐きながら、窓際に座って空を見上げた。
タバコが苦い。
「そ・・っか。そういうことか。」
ぽつりと呟いて高耶が動いた。

玄関へ歩き出すのを慌てて追いかけ、肩を掴んだ。
「待てよ。景虎!」
掴んだ手を振り払いもせず、振り向きもしない横顔に、千秋は言葉に詰まった。
「じゃ、な。無理に言わせてすまなかった。」
礼まで言って出ていく高耶を引きとめる事もできなかった。
自分が話さなくても、光巌寺に聞けばわかることだ。それでも…。
「ああ〜っ。直江のばかやろう!んな遠くまで内緒で女と行きやがって。何考えてんだよ。」
胸の痛みが増していく。頭の中で直江に散々毒づいて、ふと気付いた。
女を抱きたくなっても不思議じゃない。
けれどなぜそんな遠くに行ったんだろう。
おれは思いっきり勘違いしてるんじゃないか?

「景虎!」
らしくもない全力疾走で追いかけた。息が切れるまで走って、女鳥羽川で追いついた。
「はあ・・はっ・・。あいつ・・きっと何か考えがあって行ったんだ。
女がどうとかじゃなくて。ナンかある・・んだ。」
汗だくで切れ切れに言う千秋に、高耶は柔らかく微笑んだ。
「それ言う為に追っかけてくれたのか。」
待ってろ。と言って高耶は自販機に走ると、ポカリを千秋に差し出した。
自分も一缶開けて飲むと、
「そう・・かもしれねえな…。」
橋の欄干に手をついて、高耶は川を眺めながら言った。

「けどあいつは俺に内緒で動いてる。なにやってるか知らねえが、女と一緒ってのも事実なんだろ。いいさ。それならそれで。」
言葉と裏腹に、それでいいなんて少しも思っていないのが、硬い表情に現れている。
「目が据わってんぞ。景虎。」
高耶は怒っていた。
自分に内緒で動いている直江に。
女といる直江に。
何よりもそんなことに動揺している自分自身に。
「あいつがなにやってるかつきとめてやる。俺に内緒で動いたこと後悔させてやるからな。」

そんな高耶を見つめながら、千秋は今日何度目かの溜息をついた。
そうだった。こいつはショックを受けて泣いてるようなカワイイ奴じゃなかった。
心配して走ってきたオレってバカ? でもさっきは泣くんじゃないかと思ったのだ。
傷ついた哀しげな瞳が、今も千秋の胸に残っていた。

「なんかわかったら連絡すっから。じゃな。気をつけて帰れよ。」
「おう。さんきゅ。」
そう言って別れて歩き出した高耶は、遠くの山を見上げて心の中でそっと呼びかけた。
「北海道か…遠いな。なにやってんだ、おまえ。」
早く帰って来い。
おれのところに。
胸の奥で揺れている不安を消してくれ。
早く。…おまえの手で…。直江。

 

高耶さんを哀しませて、直江は一体何をやってるんでしょう

お誕生日までには完結するはず。しばらくおつきあいくださいませ〜♪

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