彼方からの呼び声−8

 その頃、直江はまだホテルにいた。
高坂の残した一言が、気になってしかたがなかった。
高耶になにが起きているというのか。
だが、約束の期日が迫っている。今夜を逃すわけにはいかない。
直江は無理やり今夜のことに集中した。

 直江の考えでは、真田昌幸は、武田とも織田とも直接繋がってはいないと思われた。
日本を立つまでの彼の動きからは、そういうものが一切感じられなかった。
武田は昌幸の留守の間に、信濃の豪族たちに働きかけて、仲間に引き入れたのだろう。
勝頼の代には、信濃一帯を支配していた武田だ。そうなっても不思議ではない。
 それが今は、織田が絡んでいるという。
 信濃と織田は、それほど繋がりが深くなかったのに、誰を仲立ちにしたのだろう。
いっそ昌幸が繋がっているというならまだわかる。ところがそうではないらしい。
それに、なぜ昌幸はこんな時期に海外へ行ったのか。
もちろん、行った理由は知っている。それでもどこか腑に落ちないのだ。

もしかしたら、昌幸は誰かに勧められて、海外に行ったのではないだろうか。
その誰かが、織田と繋がっていたのだとしたら?
はじめから仕組まれていたのだとしたら?
あの昌幸が信頼するほどの人物。そんな人がいただろうか。
しかもこんな短期間で、信濃の豪族達をまとめられる人物など、そういるものではない。
そこまで考えて、ふとある人物が浮かんだ。真田幸隆。昌幸の父だ。
だが幸隆には、そんなことを仕組む理由が無い。
直江は溜息をついた。考え過ぎだ。ナーバスになっている。
それでも、織田が介入してきた場合に備えて、準備は怠らなかった。
今夜の計画は、成功させねばならない。
冷水で顔を洗って気持ちを引き締め、直江は部屋を出た。

ホテルを出ると、外はもう夕闇が迫っていた。冷たい風が肌を刺す。
真田昌幸の飛行機が着くのはもうすぐだ。
八海とは、成田空港近くの空き地で待ち合わせている。
配下の軒猿たちが、そこまで昌幸を連れてくることになっていた。
あの男なら必ず来る。その自信はあった。
奴にとって、これは上杉を叩くチャンスだ。
ここで返り討ちにしておけば、将来の災いの種を絶つことができるのだから。
謀将であればこそ、なおさらこれに食らいつくに違いない。
問題は、本当に返り討ちにあうかも知れない、ということだった。
(ひとりで調伏してみせる。)
川辺で別れたときの、高耶の冷笑を含んだ目を思い出して、焼けつくような痛みを感じた。
あなたがいなくても俺だけで、必ず倒してやる。
闘争心を秘めて、直江の目が冴えた輝きを放っていた。

「そろそろだな」
腕時計を見て、直江がつぶやいた。
頭上をジャンボジェットが飛んでいく。轟音が響いた。
「上杉の。お招き頂いて光栄でござる。」
真田昌幸が姿を見せた。
八海と軒猿たちが、廻りを取り囲む。
予想どおり、真田も配下を引き連れている。
向こうは5人。こちらは直江を入れて4人だ。
数では向こうが上だが、憑依霊ばかりの真田より、こちらの戦力が勝っている。
「行くぞ!」
いきなり銃を出したのは、真田の方だった。
とっさに護身波を張って、銃弾をさける。まさか銃まで持ち出すとは、やはり真田は侮れない。
直江達は、一人ずつ狙い打って、銃を弾き飛ばした。

そのまま昌幸の配下を倒していくが、念の連射で、調伏するところまでいかない。
「直江殿、我らが御身を守ります。あなたさまは、攻撃に専念なさって下さい!」
「よし、頼むぞ八海!」
昌幸の配下を調伏で一掃すると、直江は昌幸への攻撃に専念した。
直江の繰り出した念が一直線に昌幸を撃った。
激しい攻撃に、昌幸の護身波が揺らぐ。
そしてまさに今、昌幸の護身波が消えようとしたその時、現れたのは高坂だった。

高坂が放った念が、間一髪で直江の攻撃を跳ね返した。
「高坂!昌幸を守りに来たのか。」
直江は高坂と昌幸の両者に向けて、強烈な念波をぶつけた。
うなりをあげて念が炸裂する。
「まだまだ!この程度では、やられはせぬぞ。」
高坂も昌幸も護身波で耐え抜き、今度は二人で一斉に直江を攻撃する。
八海たちが直江を護身波で包んでいるため、二人の攻撃は直江に傷ひとつ負わせられない。
「昌幸殿!あなたは蘇ってもまた信玄に仕えるのか!」
直江の言葉が、昌幸の胸を鋭く突いた。

 生前は長く武田に仕えて、自分が本当に成したいことも成せず、その後も家の滅亡は免れても、天下を動かす事はついにできなかった。
あのときは、それしか道が無かった。
しかしこの現代なら、自分の頭脳がもっと活かせる。国を動かす事が出来る。
 昌幸は武田に仕える気など全くなかった。
だがここで高坂の手を借りれば、武田に引き入れられてしまうに違いない。
どうすればいい?昌幸は迷った。

 突然、昌幸に向って念が弾けた。不意打ちをくらって昌幸が吹っ飛ぶ。
 直江も高坂も、驚いて念が放たれた方向を凝視した。
 視線の先にいたのは、森蘭丸だった。
「ふうん、景虎殿はどうしたんです?きっとこっちに来ていると思ったのに。」
「なぜお前がここに?何をしに来た!」
「もちろん、上杉殿のお味方をしにきたんですよ。」
 蘭丸は楽しそうに微笑した。
「さあ、さっさと調伏すればいい。なんなら高坂殿も共に調伏してはどうかな。」
「お前の指図は受けない。」
 直江が言うと同時に、蘭丸に念をぶつけた。

 護身波でかわして、蘭丸は高坂に威嚇の一撃を放った。
「手を引いたらどうです、高坂殿。こちらもまだ、あなたとは戦いたくない。」
「ふっ、そうはいかん。やすやすと織田の思う通りにはさせぬ。」
 高坂が続けざまに念を放つ。機関銃のような念に、蘭丸は身をかばって後ろに跳び退った。
「真田殿を調伏させて、その後に上杉を消そうという魂胆だろうが、そうはさせん。昌幸殿は武田がもらう。」
「あははは、さすがは高坂殿。笑わせてくれますね。武田が欲しいのは、信濃を束ねる力でしょう。それは既に我が手にある。今更、昌幸殿を何に使うと言われるのかな。」
「ふん、使うことしか知らぬ織田とは違って、我等には人を活かす道がいくらでもあるのでな。」
 高坂の目は、いつになく真剣だ。織田への敵意はどうやら本物らしい。
 痛烈な皮肉に、蘭丸の目が敵意を帯びた。

 蘭丸と高坂が話している間にも、当然直江たちの攻撃や二人の戦いは続いている。
 びしびしとコンクリートの破片が飛び散る中で、戦いながら会話をする蘭丸と高坂の余裕は、たいしたものと言うほかない。
「ここで時間をくっている間に、戸隠の景虎殿がどうなっていることか。さっさと片付けて、あちらに向ったらどうです、直江殿。」
 直江の念に右腕を掠られた蘭丸が、後ろに跳び退りながら言った。
 その言葉に、すぐさま反応を返したのは、やっと起き上がった真田昌幸だった。
「戸隠だと!なぜ上杉が戸隠に?」
「お父上が心配ですか?何も知らないとは、かわいそうに。」
 言葉とは裏腹に、蘭丸の美しい顔には、楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「まさか、織田と繋がっているのは、父上なのか!」
 蘭丸は答えなかった。昌幸はただ愕然と立ち尽くしている。

「幸隆殿は、そんなお人ではござらぬ。」
 答えたのは、高坂だった。
「しかし!」
 直江の推測どおり、昌幸に海外に行くように勧めたのは、真田幸隆だった。
留守中の出来事も、幸隆が絡んでいるなら筋が通る。いや、そうとしか考えられない。
「いま幸隆を名乗っているのは、生前幸隆殿の影武者であった忍び。ですな、蘭丸殿。」
「高坂弾正。やはり敵に回したくない男だ。」
 苦々しそうにつぶやくと蘭丸は、呆然としている昌幸に強烈な念を撃ちこんだ。

昌幸はその場に崩れ落ちた。
とっさに直江が護身波を張っていなければ、命は無かっただろう。
それでも昌幸は、もうほとんど虫の息だった。
 蘭丸は一斉に放たれた念をかわすと、
「今頃は景虎殿たちも、戸隠で苦戦しているだろうね。そろそろ洞窟に閉じ込められているかな。ふふふ、もう行っても間に合わないかもしれないよ。」
おかしそうに笑いながら、地面に向って機関銃のように念を連射した。
もうもうと土煙があがった。煙の中に、蘭丸の笑い声だけが響く。
「本当はこれを聞いたときの、景虎殿の顔が見たかったんだけどね。まあいいや。これで殿ご執心の景虎殿もお終いだと思うと、たまらない気分だよ。」
 舞いあがった土埃がおさまった時には、もう蘭丸の姿は消えていた。

 戸隠で景虎の身に何かが起きている。直江の耳に、蘭丸の声がこだましていた。
「知っていたのか、高坂。あの時の言葉は、このことだったのだな。」
直江の声は、怒りに震えていた。
「だから警告してやったろう。直江、それを無視したのはお前のほうだぞ。」
返す言葉がなかった。
「あの人は、簡単にやられるような人じゃない。織田の思いどおりになってたまるものか。」
偽りの無い直江の思いだ。そう、信じている。あの人は誰にもやられたりしない。
それなのに、自分の手の届かないところで彼が窮地に立っているのでは、と思うだけで胸が騒ぐ。
白くなるほど握り締めた拳が、小刻みに震えていた。

「しっかりしなさい、昌幸殿。」
倒れた昌幸の側に行き、声をかけた。うっすらと昌幸が目を開けた。
「上杉の。先程の貴殿の言葉、なぜあんなことを?」
「あなたなら、きっとどこにも仕えないだろうと思ったんです。あなたは自分で立つ人だ。違いますか?」
 昌幸の目から、一筋涙がこぼれて落ちた。
「あなたが何をしようとしていたのか、私は知らない。けれど現代を動かすのは、現代に生きる人間でなければならない。我々は関わるべきでは無いんです。」
直江の胸には、初めて換生した頃の景虎の姿があった。
死んでしまった者には、もはや居場所などないのだと知ったあの頃。
昌幸の無念は痛いほどわかる。だがこれは守らねばならない生死の掟なのだ。

「戸隠の洞窟。」
ふいに昌幸が言った。
「戸隠の奥社に続く参道から山の方へ入ると、戸隠流の忍びが使う洞窟がある。結界が張られていて、一度入ったら出られないといわれている。景虎殿はきっとそこにいる。」
 直江は驚いて昌幸を見た。
「貴殿の言葉への礼だ。」
そういって昌幸は、かすかに笑った。
「調伏を。するのだろう?さっさとするがいい。」
頷いて直江は印をむすんだ。
「バイ」
高坂が念で攻撃してきたが、八海たちが護身波で遮った。
「調伏!」
昌幸の魂は、白い光の中に吸い込まれていった。
見送って、直江は高坂を振り向いた。

「さっきの影武者の話、どういうことだ?」
「相変わらずだな、なぜこのわたしがそんなことを教えねばならんのだ。」
「織田の思いどおりに事が運んでもいいのか?」
 高坂は、ふふんと鼻で笑った。
「景虎殿なら大丈夫ではなかったのか?」
 睨みつけた直江の視線を、心地よさそうに受けとめて、
「まあよい、行けばわかることだからな。戸隠の忍びが、武田と上杉に復讐するために、真田幸隆の名をかたって、織田と手を組んだのだ。さっきの小僧の態度だと、織田は知っていて利用しているようだが。」
行くのか、と尋ねた高坂に、
「いう必要はない。」
直江は硬い表情で答えた。高坂はそれ以上訊かず、妖艶な微笑を浮かべて去っていった。

「どうなさいます、直江さま。」
 八海が心配そうに聞いた。
「戸隠に行く。その前に、この依代たちを病院に運ばなければ。」
「それは我々がやっておきます。直江さまは、一刻も早く戸隠へ。」
 八海の言葉に深く頷くと、直江は頼むと言い残して、戸隠へ急いだ。

 

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