彼方からの呼び声−6

 ―戸隠の洞窟にいる白い影に会いたい―
高耶の言葉に戸惑った綾子だったが、元々気になっていただけに、行くと決まれば真っ先に動き始めた。
そして彼女に半ば引き摺られるようにして、着いたのは蕎麦屋だった。
「お腹すいたでしょ。ここのお蕎麦おいしいんだから。食べてから行こ。」
「まずそれかよ。」
 千秋の言葉は無視して、綾子はさっさと店に入った。
「いける!ほんとに美味いぞ、この蕎麦。」
 綾子は満足気に千秋を見た。
「でしょ?ちゃんと食べなきゃ力も出ないってね!ほら、景虎も。」
「うわっ姉さん!自分の蕎麦を俺のに入れんなって!」
 賑やかな昼食を終え、3人はやっと奥社に向かった。

 明るい昼間だと、同じ景色でも印象が全く違う。しかも、今はあの呼び声がない。
 綾子は途中から、道がわからなくなってしまった。
「晴家、もしかして迷ってんじゃねえのか?」
 杉木立の中、同じところをくるくる廻って、さすがにおかしいと気付いた千秋の視線に、綾子は精一杯強がってみせた。
「大丈夫よ。ちょっと間違えただけなんだから。」
 内心は焦って背中に冷や汗状態である。さっきの杉の木までは、確かにあっていた。
 そのままもう少し行くと、ちょっと開けた場所にでた筈なのに…
「洞窟の入り口には結界が張られてたんだよな。それを霊査して探せないか?」
 高耶が言った。
「あっそうか!そうよね、やってみる。」
 自分から迷ったと認めたようなものだが、もはや綾子にはそれに気付く余裕も無い。
 心を落ち着けて、霊査に集中する。
 あった!洞窟はこっちだ!
 一時間後、3人は洞窟の前に立っていた。

 いろいろ調べてみたが、結界を壊す方法が見つからない。
 しかし、中に入らなければ、白い影には会えないのだ。
「あたしがもう一度入ってみるわ。」
 と綾子が言いかけたとたん、
「いや、俺も行く。」
 高耶がきっぱりと言った。
「千秋はここでなんとか結界を壊すんだ。なにか手があるはずだ。できるな、千秋。」
 難しいことは承知のうえだ。
「誰に言ってんだよ。この程度の結界、壊せねえでどうすんだ。」
 不敵に笑うと、千秋は洞窟の方を顎で指した。
「早く行け。また奴が来たらやっかいだぞ。」
「じゃ、行ってくっから。」
 洞窟の中に消えていく二人を見送り、千秋は真剣に霊査を開始した。

 戸隠には、天の岩戸の伝説がある。
 奥社の御祭神は、天照大神がお隠れになった岩戸を開けたとされる天手力雄命だし、中社、宝光社にも所縁の神々が祭られている。
 その時投げ捨てられた岩が、戸隠山になったという伝説まであるくらいだ。
 おかげで洞窟というと、自然に天の岩戸を連想してしまう。
「結界を開けたら光が戻って万々歳。ってなりゃいいけどな。」
 千秋は自嘲ぎみに笑ってつぶやいた。無事に戻れよ、と。

 

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