顔もスタイルも抜群で、知性と気品を漂わせた男性が、
憂いを含んだまなざしを遠くに向けて、じっと物思いに耽っている。
そんな姿が目の前にあったら、つい見てしまうのは、
同じ女としてわからなくもない。
だがここは宝飾店。
そこに男と一緒に来て、これから指輪のひとつも買って貰おうという女が、
他の客に見惚れてしまったのでは、男だって買う気が失せてしまう。
これでは商売にならない。
そこで店の女主人は、にこやかな笑みを浮かべながら、男性に声をかけた。
「お悩みですのね。よろしければ、お手伝い致しましょうか?」
こうすると大抵の人は、ホッとした顔になる。
反対に困った顔をした場合は、早々に店を出るから、それはそれで良いのだ。
だがその男性は、少し困った顔で微笑むと、
ショーケースの結婚指輪を見つめて、小さく溜息をついた。
「指輪を贈りたいと思って来たのですが、
あの人が喜んでくれないかもしれないと思うと、
不安になってしまって…」
こんな気持ちは初めてなのだと、臆面も無く告げる姿があまりに魅力的で、
女主人は思わずボウッと見つめてしまった。
なぜだろう?
この人を見ていると、その人への愛情が伝わってくるような気持ちになる。
いつもなら「まあ!喜ぶに決まってますわ!」とか言えるのに、
今日に限って、口から出たのは、
「大事な問題ですものねぇ…」という商売っ気の欠片も無い言葉だった。
すると彼は、ちょっと不思議そうな顔で、
「ええ。誕生日プレゼントを選ぶのは、私にとって大事な問題ですが…
わかって頂けるとは思いませんでした。」
と言って、にっこり微笑んだ。
誕生日プレゼント?
というか今の反応は、これが結婚指輪だと思っていないような?
数回パチパチ瞬きしてから、女主人は再び笑顔を浮かべた。
本当に、なんて不思議な人かしら。
でも…
「それなら尚更、その方に喜んで頂けるものが一番ですわね。
ご心配なら、プレゼントをふたつ、ご用意してはいかがでしょう?
ひとつはお客様が贈りたいもの。
もうひとつは、その方が欲しいとおっしゃるものを…
そうすれば選ぶ楽しみも、驚かせる楽しみも失わず、どちらも喜びが何倍にも膨らみますよ。」
プレゼントは指輪や宝石でなくても、喜んでくれるものを選べば良いと、
ふくよかな頬をほんのり染めて、女主人は嬉しそうに小声で言って微笑んだ。
「本当に贈りたいものは、少々迷っても買いたくなるものです。」
そんな言葉で、何も売らずに客を送り出すなんて、私もヤキが廻ったわね。
そう独り言を言いながら、女主人は笑って店のドアを眺めた。
久しぶりの青空が、ドアの向こうに広がっていた。
続きモノになってしまってすみません〜(滝汗) 拍手ログに戻る
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