光のかけら−9

「あなたにはかなわない。」
愛しさで胸がいっぱいになる。
もう気持ちを隠しておくことなどできそうになかった。
見つめているだけで、思いが溢れてとまらない。
何よりも、彼に対してだけは自分を偽りたくなかった。
この思いを告げる事で、軽蔑されるかもしれない。避けられるかもしれない。
それでも、高耶に裸の心を曝け出したいと思った。
見て欲しい。感じて欲しい。俺という魂を。

「あなたが好きだ。」
静かに告げた。
胸にある思いは、そんな言葉では足りない。けれど、ならばどんな言葉でなら足りるのか。
どれほど言葉を重ねても、この思いのほんの一握りにも満たない。
そうしてじっと高耶を見つめた。ただ心のまま、狂おしく高鳴る鼓動のままに。
冗談だろうと見返した表情がだんだん真顔になり、やがて高耶は苦しげに視線をはずした。
「やめろよ…。んなこと…なんで言うんだ。」
カウンターに置いた拳にぎゅっと力を込めてつぶやいた。伏せた睫が震えている。
声に哀しみと怒りが混じっていた。

「軽蔑しますか?」
覚悟していたとはいえ、高耶に嫌われるのはたまらなく辛かった。
「言わない方がよかったんでしょうね。」
杯を見つめながら直江が囁くように言った。苦いものが込み上げる。
「取り消せ。冗談だって言えよ。今なら忘れてやる。」
キツイ目で睨む高耶の視線をまっすぐ受けとめて、直江は悲しそうに微笑んだ。
「できません。この気持ちは本当だから。嫌われても嘘はつきたくない。」
穏やかな表情とは裏腹に、鳶色の瞳には熱い思いが金色の炎のように燃えている。
高耶は直江の情熱から逃れるように俯いた。

なんとも思っていない相手の言葉なら、こんな気持ちにはならないだろう。
どうすればいいのかわからない。
この胸の苦しさをどうすればいいのか。
「軽蔑なんてしてない…。けど…。取り消してくれ! 直江!」
耐えられない。
お前の思いが流れてくる。
流される。

他の誰かなら笑って済ませられる。相手が直江だからそれができない。
出会ってからまだ数ヶ月。その間に言葉をかわすたびに、不思議なくらいに満たされる。
今まで誰にも言った事のないことまで、言ってしまいそうになる。
二人で話しているだけで楽しくて、ずっとこのまま一緒にいたいと思ってしまう。
けれど、きっとその時間は、いつか終わってしまうのだ。
このまま心を預けてしまったら、俺はきっと戻れない。
お前のいない未来に耐えられなくなる。
本当の俺を知って離れていくお前を見たくない。
俺はお前が思うような人間じゃない。
弱くて…臆病で…精一杯虚勢を張ってるだけの人間なんだ…。だから…。
これ以上を求めさせないでくれ。

「わかりました。あなたがそうまで言うなら、好きだという言葉は取り消します。」
深い哀しみを胸の奥に沈めて、低く告げた。
言葉は取り消す。けれどこの思いは取り消さない。直江の声には決意があった。
それでは取り消す意味が無い。だがそれでも、それだけでもいいと高耶は思った。

別れを経験しない人などいない。
本気で愛しても、いつかその愛は冷めてゆく。
母が、父が、自分を残して去ったように、いつか直江も去ってゆく。
それが普通なのに、俺はきっとそれ以上を望んでしまう。
でも今なら…さっきの言葉を心の中から追い出してしまえば、ただの友達でいられるだろう。
この先お前の思いが変わったときも、俺はお前を責めずにいられる。
お前との距離を保っていられる。
今にも壊れそうな薄いガラスの壁でも、それに縋らずにいられなかった。
求めて喪うのが怖くて…。

 

 

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