光のかけら−5

ロケに使われる病院は、小高い山の上に建っていた。
緑の木々に囲まれ、小鳥のさえずりが聞えてくる恵まれた環境の中で、一見穏やかな時が流れているように見える。
けれどそこでは様々な病に苦しむ人々が、日々戦っているのだ。
その場所で白井は、初めて「病んだ光」に逢う。

まるで戦場に向かうような気がした。
そこに待つのは、暗い恐ろしい闇だ。見たくない、目をそらしてしまいたい現実だ。
自分の選択が引き起こした罪が、愛する人の変わり果てた姿となって迫ってくる。
病室までの一歩一歩が重かった。それでも白井は足を止めなかった。
このまま目をそらして逃げてしまっても、多分誰も責めない。
恋をして、そして別れた。ただそれだけのことだ。
それでも白井は、歩くのをやめなかった。

知らなければよかったと思ったことも事実だ。
けれど知ってしまった以上、逃げようとは思わなかった。
光が幸せにいたなら、二度と会わないでいようと決めていた。
だが光が苦しんでいるなら、会わずにはいられない。
白井にとって、光は美しい思い出ではなく、今でも一番大切な人なのだから。

隣を歩きながら、洋二はずっと白井の横顔を見ていた。
苦悩と決意が刻まれた表情は、厳しさと同時に不思議な憧れを感じさせた。
この人はどうしてこんなに一途な目をするのだろう。
白井は匿名の手紙を読んでから、一切の創作活動をやめてしまった。
酒を飲んで荒れて、血まみれになるまで何度も壁に拳を叩きつけたり、床に頭をすりつけて泣き叫んだり、哀れなくらいぼろぼろだった。
だがその間、彼は一度も手紙の差出人をなじらなかった。
彼が知りたがったのは、手紙の内容が事実かどうか、ただそれだけだった。
事実を知って散々荒れて、やがて落ち着きを取り戻すと、光に会いたいと言った。
どんな姿でもいいから光に会いたい。会わずにはいられないと。

洋二は請われるままに白井をここに連れてきた。
迷いと後悔をひきずりながら…。
僕はなぜこの人に手紙を書いてしまったのだろう。
彼だけが悪いのではないと知っていたのに…。

光は部屋の隅の椅子に座って、窓の外を眺めていた。
数年の歳月は、光をほんの少しやつれさせたようだったが、他は昔と変わらない。
懐かしい姿がそこにあった。
思わず手を伸ばした白井を洋二が止めようとした瞬間、光が叫び声を上げた。
恐ろしいものを見たかのように震えながら、搾り出すような悲鳴を上げ続ける。
「姉さん、落ち着いて。僕だよ、洋二だ。」
はっきりした声でゆっくりと洋二が語りかける。
近寄らないようにしながら、光の視界に入る位置に立つと、何度もゆっくり繰り返す。
白井はこのとき初めて、洋二が光の義弟だと知った。
だがそれさえショックに感じられないほど、光の反応は衝撃だった。
これほどに光は自分を拒絶しているのか…。
言葉も出ない。呼吸すら忘れて白井はそこに立っていた。

やがて光は叫ぶのをやめたが、汗びっしょりで小刻みに震えている。
瞳は大きく見開いたまま、何を見ているのかわからなかった。
「どうした、光。」
背後からどっしりとした男の声がした。
はっと振り向いた白井に軽く会釈すると、男は横を擦り抜け、震え続ける光の肩を抱いた。
少しずつ光の呼吸が落ち着いていくのがわかる。
「兄さん…。」
苦しげな洋二の呼びかけに目で頷いて、松井洋平は妻に優しく囁き続けた。
「もう大丈夫だ。大丈夫だから。」
白井は蒼白な顔で、ただ呆然と目の前の光景を見ていた。

 

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