光のかけら−41

休日が過ぎるのは早い。
直江と高耶が満ち足りた時を過ごしている間に、二人を取り巻く世界は大きく動いていた。
「景虎、やっとホンが上がったぞ。特別に見せてやるから来いよ。」
千秋から電話が入ったのは、松本から帰って3日後のことだった。

景虎というのは、千秋が創りたいと夢見ている映画の主人公の名だ。
そのイメージに高耶がぴったりだと言って、千秋は時々そう呼んでいる。
いつのまにか高耶も慣れてしまい、今ではすっかり違和感がなくなっていた。

「ああ、わかった。直江が一緒でもいいか?」
「直江と?そりゃかまわねえけど…ってことは何?あいつ今そこに居たりすんのか?」
驚いた声に、高耶は思わず訂正してしまった。
「今は居ねえよ。家に帰った。けどすぐ来るって言ってたから… 千秋?聞いてるか?」
いきなり沈黙した電話の向こうでは、千秋が笑いをこらえるのに必死になっていた。

あれからちっとも連絡がこないと思ったら、こういうことになっていたのか。
予想以上に早かったな。とか、直江のヤツどんな顔して迫ったんだ?とか、そんなことが頭の中を一気に駆け巡って、なんだか笑えてしかたがない。
高耶の正直すぎる返答に、ふたりの想いが見えるようで微笑ましくさえなってくる。
「聞いてるよ。んじゃ直江のも用意しとくから、いつもの撮影所に来てくれ。」
笑いながら電話を切って、千秋は新しい脚本を開いた。

シーンを考えながら読んでいた手が、ふと止まった。
最初に読んだときは何も思わなかったセリフが、今は違う意味に思える。
あいつはこれを、どの意味で書いたんだろう?
『私はセリフと場所を書いただけ。どうぞ監督の思うままにシーンを作ってください。』
そう言ってこれを渡された。

その真意は何だ?
これをどっちの意味で使えばいい? 
たったひとつの言葉なのに、それを言う心ひとつで別の意味になってしまう。

大丈夫だろうか?
初めて高耶の演技に不安を覚えた。
どちらの意味で使うとしても、高耶にとってこれは大きな試練になる。
もしかしたら直江にも…

4日前と同じ撮影所の椅子に座って、千秋は何も映っていないモニターを見つめていた。

 

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