「さあ、休憩は終わりだ。もっかい行こう!」
千秋の声が響いた。
目を閉じて集中する。
白井は毎日どんな気持ちで、この書斎に座っていたのか。
書き上げた小説を前に、何を思っていたのか。
目を開けた直江は、休憩前とは全く違っていた。
自分だけの『白井隆』が胸の中で静かに形作られていく。
あんなにわからなかった『白井隆』が、熱い感情を秘めたひとりの人間になってゆくのを、直江は今はっきりと感じていた。
その日から直江の演技にいっそう深みが増した。
どこがどう変わったというのではない。
ただ話し方やふとした仕草が、白井隆を本物の感情を持った厚みのある人間にしていた。
表面に出ている部分以外に、もっと奥がありそうで、それを見てみたいと思わせる。
直江本人が持つ心の深さが滲み出ていながら、直江を感じさせない絶妙なバランス。
それは計算だけでできるものではなかった。
白井ならどう思うか、ではなく、自分の中の白井がどう感じているかを常に問い続けることで初めて生まれたその感覚は、一歩間違えばひとりよがりになってしまう。
だから何度でも演じて問う。
監督の千秋は、それを待っていたかのように、直江の演技に厳しい注文をつけた。
納得がいくまでぶつかりあう。
その手応えは今まで感じた事のない充実感を生んだ。
高耶との出会いによって、呼び覚まされた本当の自分。
今の自分は高耶の目にどう映っているだろう。直江はそれが知りたかった。
高耶の演じる洋二と、直江の白井。
二人の強烈な存在感が周りのもの全てを巻き込んで変えていく。
スタッフや共演者までもが夢中になり、現場は連日熱気に満ちていた。
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