光のかけら−29

やがて気持ちが落ち着いたのか、美弥はゆっくりと頭を起こした。
「ごめんね。泣いたりして…」
照れ笑いを浮かべて顔を上げると、降ろした手がパタンと高耶の胸に触れた。
とたんに、ギョッと目を瞠った美弥は、
「うわ…シャツ濡らしちゃった!シミになったらどうしよう。
 お兄ちゃん、早く脱いで!」
叫ぶが早いか、有無を言わさず高耶のシャツを剥ぐと、
バタバタと洗濯しに行ってしまった。

あっという間に上半身を裸に剥かれ、呆然とその後姿を見送っていた高耶は、
真正面に座る直江の視線に気付いて真っ赤になった。
「こらっ! お客さんがいるんだぞ。なんてことすんだ!」
慌てて美弥の後を追って部屋を出たが、
「え〜。だってシミが残ったら困るよ〜。男なんだから平気でしょ?」
既におしゃれ着洗いの洗剤で手洗いを始めた美弥は、
すぐ終わるからお兄ちゃんはお客様の相手をしててね。と高耶を押しやった。

さっきまで泣いてたのに、この変わり身の早さは何だ?
憮然とする高耶を見て、美弥はおかしそうに笑った。
「お兄ちゃん、カワイイ。赤くなっちゃってさ。」
「か、かわ…」
絶句して、くるっと向きを変えると、高耶は憤然と部屋に戻って畳にドカッと座りこんだ。

「高耶さん? どうしたんです?」
呆気にとられて見つめる直江に、
「なんでもない」
と答えて、脱いでいた上着を引寄せて羽織った。
裸の上に着るのが気持ち悪くて、袖を通さずに肩に掛けただけで、ズズッと珈琲をすする。
直江は小さく吐息を洩らし、珈琲をひとくち飲むと、黙って窓の外を眺めた。

カップを置くと、高耶は火照った頬を隠すように、横を向いたまま机に頬杖をついた。
かわいいってナンだよ。ったく冗談じゃねえぞ。誰だってこんなことされたら赤くなる。
男だって恥ずかしいに決まってんだろ!
直江を意識したからじゃ…ない…
頬杖をついたまま、チラリと直江に目をやった。

すっと背筋を伸ばした姿勢が綺麗だ。
端正な横顔に傾きかけた日差しがあたって、鳶色の瞳が光に溶けて輝いている。
見つめていると、ふいに直江がこっちを向いた。
慌てて視線を外したが、ドキドキと鳴り出した心臓がうるさくて、落ち着かない。
ぬるくなった珈琲を飲み干すと、
「新しいの、淹れてくる。」
カップを掴んで、ついでにお前のも。と手を出した。

顔がまともに見れない。
直江が見ている。
痛いほどの視線に、指の先が微かに震えた。

直江の手が、すっと近づいた。
反射的に身を退きかけた高耶の腕を、もう一方の手で捉えると、
直江は動けずにいる高耶の、十字架のペンダントを手に取った。

「あれからずっと?」
頷いて、言葉を返そうとしたのに、緊張しすぎて声が出ない。
やっと見返した瞳を、直江の熱いまなざしが見上げた。

 

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