光のかけら−26

学校の前ではマズイだろうと、団地の近くで車を止めて待つことにしたが、
黒いベンツにこの服装では、どう見ても怪しい人にしかみえない。
「なあ直江。おまえホントにいつもこんな格好で出掛けてんの?」
マジで変な誤解されそうだ。っていうか、もうしっかり誤解されているに違いない。
サングラスで顔を隠しているとはいえ、これじゃ悪目立ちもいいところだ。

こいつはいつも、これでどうやってデートしてるんだろう?

ふと頭に浮かんだ素朴な疑問は、そのまま高耶の中ですんなり答えが出てしまった。
大人の男と女なのだ。ホテルの部屋にでも入ってしまえば、服なんて何を着てても関係ない。
「そう…か。いつもなら、すぐ脱いじまうんだ…」
ほんやりと口の中で呟いた言葉は、ひどく苦かった。

バカな。俺は何を思ってる。
直江とただの友達でいることを望んだのは俺だ。
あいつがどこの誰と何をしたっていいじゃないか。
なのにどうしてこんなに胸が痛い。どうして俺は…

「高耶さん、どうしたんです? やはりこの格好が気になりますか?
すみません。いい手だと思ったんですが…。」
俯いてしまった高耶の顔を、覗き込むようにして直江が声を掛けた。
「謝るなよ。いつもは女と会うだけだから、こんな目立っちまうなんて思わなかったんだろ。
んなことで怒ったりしねえよ! バカにすんな!」
叫ぶように言って背を向けた。

違う! 違う!! こんなこと言いたいんじゃない。
腹が立つのは、自分にだ。
お前のせいじゃない。
お前は何にも悪くない!
悪いのは俺だ。
俺が勝手に、お前を自分ひとりのものみたいに思って…

胸にやった手が、無意識に十字架を握り締めていた。
服の上から握っても、あのひんやりと心地良い感触は得られない。
同じだ。と高耶は思った。
欲しかったものが、すぐそこにあるのに得られない。

『求めない』なんて嘘だ。
  俺はもう、とっくにお前を求めていた。
こんなにまで…求めていたんだ…

「高耶さん?」
いたわるように、直江が高耶の肩に手を伸ばした。
その手が触れる寸前で、逃げるように車のドアを開けて飛び出した。
「危ない!」
グッと腕を掴んで、直江は思いきり高耶の身体を引き寄せた。
目の前を車が通り過ぎる。
落ちたサングラスが、後輪に踏まれてグシャリと潰れた。

ドクドクと、心臓が激しい音をたてる。
掴まれた腕と腹から、直江の体温が伝わっていた。
無理な姿勢で、倒れ込むように高耶を抱えた直江は、やがてヨッと身体を起こすと、
「車から急に飛び出しちゃいけないと、学校で習いませんでしたか?」
そう言って、高耶の腕を掴んだまま、長い足を持て余しながら助手席側から車を出た。

「ベンチシートで良かった。ですが、こんなことは二度としないで下さい。」
高耶を安心させるように微笑んではいたが、その瞳は真剣そのものだ。
「悪かった…」
俯いた高耶は、泣き出したい思いを、じっと堪えていた。

好きだ。
お前が好きだ。
気付いてしまった思いは、抑えようもなく胸に溢れてとまらない。
もう遅い。もう…
瞳を隠すサングラスも無い。
高耶は俯いたまま、顔を上げることができなかった。

「お兄…ちゃん?」
戸惑うような声が聞こえた。
ハッと振り向いた高耶の前に、制服姿の美弥が目を丸くして立っていた。

 

続きを見る

小説に戻る

TOPに戻る