光のかけら−24

中央高速を長野へ。黒のベンツが縫うように走り抜ける。
ハイスピードで飛ばしながら、直江は助手席の高耶に声をかけた。
「静かですね。ドライブはお気に召しませんか?」
車に乗ってからずっと、高耶は黙ったまま、時折こちらに刺すような視線を投げていた。
言いたいことはわかっている。こうなることを覚悟の上で、計画を実行に移したのだ。
「そんなに怖いですか? 松本に帰ることが。」
言ったとたん、ビリッと空気が震えた。

「…なんの権利がある…」
冷たい声だった。氷のようなまなざしが、直江に向けられていた。
「おまえになんの権利があるっていうんだ? わかったようなこと言うんじゃねえっ!
怖いだと? ほんのちょっと知ってるだけのおまえに、俺の何がわかるって言うんだ。
これ以上俺にかまうな! どうやって調べたか知らねえが、俺にも美弥にも。関わることは許さない!」

直江は、表情を変えることなく、その言葉を受けとめた。
心に突きたてられた刃が、そのまま深く奥まで沈んで、重い痛みを生んでいる。
けれど今。本当に胸が痛くて泣きたいのは。俺じゃない。この人なのだ。

「権利なんて有りはしません。あなたが嫌なら松本に行くのはやめましょう。俺はただ…。
あなたの育った町を、あなたの大切な人を、見てみたかったんです。あなたと一緒に。」
出過ぎたことを言いました。と謝ると、微笑んで高耶の瞳をまっすぐに見つめた。
高耶は大きく目を見開いたまま、息を止めた。

敵意でガードしたはずの心に、ためらいなくまっすぐに飛び込んでくる直江の心。
その強さに、なおさら自分の弱さを思い知らされる。

怖いんだ。お前の言う通りだ。
美弥に会うのが怖い。
今更どんな顔で会える?
帰って来ない俺を待って、待って…。もう帰って来ないと諦めたはずだ。
それが今頃になって会いに来られたら、また辛くなるだろう?

俺はもう松本には帰らない。美弥を迎えに行くのでもない。
会って…また別れるんだ。もう待ってろなんて言えない。
なのに。待たないでくれって言えない。
俺は…美弥が俺を待っててくれてるって思っていたいんだ。
そんなの俺の身勝手で。
本当に美弥が俺を待ってるなら、このままじゃいけないってわかってるのに。

会いたい。だけど…。
会わなければ、待ってるって言ってくれた笑顔を思っていられる。
でも会ってしまったら。もう俺なんか要らないってわかってしまったら。

 
「次のインターで降りますか?」
直江の声に、ハッとして顔を上げた。
しばらくじっと前を見据えて、高耶は静かに告げた。
「いや。…いい。このまま松本に行こう。」
もしああだったら、こうだったら。と怖れていてどうなる。
美弥に会いたい。ずっと会いたかった。
直江は俺の気持ちを知って、背中を押してくれたのだ。

「たいしたとこじゃねえけど。眺めのいいとこ、知ってっからさ。連れてってやるよ。」
そう言いながらサングラスを掛けた。
「はい。それは楽しみです。」
にっこり微笑んで頷いた直江に、高耶は心の中でありがとうと呟いた。

 

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