光のかけら−23

「ああ、大将なら今ここにいる。代わろうか?」
「は。…本気か? わかった。まかせろ。」
電話を切ると、千秋は立ち上がって自分のバッグの中を探り始めた。
舌打ちして、今度は衣装室へ入る。
何か言おうとして黙った高耶を、眼の端で確認しながら、千秋は知らぬ顔で作業を続けた。

直江からの電話だとわかったとたん、高耶の神経がピリッと研ぎ澄まされた気配がした。
いくら無関心を装っても、それくらいわかる。
あいつのことが気になってしょうがねえんだろ?
さっさと認めちまえ。
俺とあいつが何を話してたのか、知りたいって。聞きたいって。
言えよ。そしたら教えてやる。

衣装を探す手を止めて、そっと高耶の様子を覗き見た。
言いかけて、口元に手をやって、その手を拳に変えて、困ったように俯いて。
自分の気持ちを、どうしたらいいかわからない。…って丸わかりだ。
んな顔するなよ。放っとけなくなるだろう。
……ああもう…
わかったよ。教えてやるから、俯くな!

堪えきれなくなって、千秋は高耶に言わせるのを諦めて、用件を教えてやった。
「直江が来る。すぐ行くから、お前を引きとめておいてくれ。だとよ。」
パッと顔を上げた高耶は、千秋と目が合ったとたん、どぎまぎと視線をそらした。
「何しに来るんだ? 今日は撮影中止なんだし、用なら次の撮影の時でもいいのに。」
今すっげぇ嬉しそうな顔したくせに。ホント素直じゃねえんだから。
「撮影が中止になったから来るんだよ。あった! これならいけそうだ。」
千秋は、派手なシャツとダークスーツを手に、ニヤリと笑った。

「よおし、完璧。」
しばらくして現れた直江の隣に、着替え終わった高耶を並ばせ、千秋は満足げに頷いた。
仕上げに黒のサングラスを掛けると、どこから見ても、そのスジの人にしか見えない。
「なあ。まさかこれで行けって?」
「これなら誰にも気付かれねえだろ。」
「ってか目立ちすぎ…」
「いいんですよ。こういう格好をしてると、誰もこちらに目を合そうとしませんから。」
直江がにっこり微笑む。

この休みは、前から考えていた事を実行するのに、絶好の機会だった。
二人揃っての休みなど滅多に無いし、撮影が終わってしまえば、高耶を誘うことさえ難しくなる。
これが最後のチャンスかもしれない。
そう思った直江は、すぐ高耶に連絡をとろうとしたが、既に家を出た後だった。
千秋ならば。と電話したところ、高耶がそこにいたのである。

今回だけは、絶対に報道関係に知られずに行かなければならない。
直江の計画を聞いた千秋は、さっそく高耶に変装用の衣装を探した。
という訳で、二人はこの格好で出かけることになったのだった。

「お前、いつもこうやって出かけんの?」
疑わしそうに見上げた高耶に、
「まさか。今日は特別です。追い回されて、あなたに嫌な思いをさせたくないですからね。」
「やってるに決まってんだろ。でなきゃ女に会うこともままならねえんだからさ。」
ふたり同時に声をあげた。

高耶は二人を交互に見たあと、もう一度直江を見つめて、ぷいと顔を背けた。
「違います! そんなことしてません、本当です。 高耶さん!」
必死に弁解する姿に、千秋はにんまり笑みを浮かべた。
「ほれほれ。早く行かねえと日が暮れっちまうぞ。」
睨む直江の視線を軽く流して、
「大将、頑張れよ。美弥ちゃんによろしく。」
そう言って手を振った。

目をみはった高耶の背を、直江の手がそっと促がす。
出ていく二人を見送り、千秋はひとり撮影所に残った。

ぽつんと椅子に腰掛けた千秋の脳裏に、作るはずだったシーンが浮かんだ。

白い病室。黄昏が陰影を深くする頃、光が美しい箱根細工の宝石箱から、銀のペンダントを出して、白井にみせるシーン。
「お気に入りの人には、こうして見せてくれるのよね? 綺麗なペンダントね、光さん。」
優しく語りかける看護師に、光はわずかに頷いたようにみえた。
看護師が病室を出た後、箱に戻そうとして落としたペンダントを、白井が拾って光に着ける。
かつてのクリスマス、光の首に掛けてあげたように。
あの日がオーバーラップする。

不思議そうに、何度もその十字架を触っていた光は、やがて嬉しそうに微笑む。
今までほとんど無表情だった光が見せた笑顔は、輝くように美しかった。
十字架に手を触れたまま、安らいだ表情で眠る光を見つめて、白井は涙をこぼすのだ。
インストゥルメンタルだったドラマのテーマソングに、歌詞がついて流れる。

光のかけらを集めて
きらきら輝く虹をつくろう
優しい虹を
あなたの心を包むように 光がふりそそぐ

あのときの輝きは もう戻らなくても
光は色あせはしない

次々に生まれる光の虹を見つければいい
新しい虹を

光のかけらを集めて
きらきらと虹が生まれる
優しい虹が
あなたの心のように 私を包んでくれる

光のかけらよ
君の小さなかけらのひとつひとつが
今 僕を包んで煌いている
君の心が ふりそそいで
美しい虹が生まれる

次々に生まれる君の光を見つければいい
新しい君を

君は今も輝く光

優しく 暖かく 輝き続ける光

このシーンを撮るのを、どれほど楽しみにしていたろう。
ここで初めて、白井の贖罪が叶うのだと思っていた。
それを、脚本家はどう変えるというのか。
このドラマのテーマに関わる大切なシーンを、なぜ変えたいというのか。

千秋はゆっくり目を閉じると、生まれるはずだったシーンに別れを告げた。

 

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